第五章 王都への招待
配達員章が完成したのは、三日後のことだった。
グロムが作り上げたそれは、手のひらに収まる金属のバッジだった。中央に羽のついた封筒の意匠。周囲には、細かな文字が刻まれている。
「どうだ」
グロムは誇らしげに言った。
「素晴らしい」
正配は心から賞賛した。細部まで丁寧に作り込まれた、美しい工芸品だ。
バッジを手に取ると、不思議な感覚があった。自分の力の一部が、そこに宿っていくような。
《転送完了。配達員章、有効化されました》
局舎の声が告げた。
正配はバッジを、まずダルクに渡した。
「これを持っていれば、お前も配達ができる。ただし、近距離限定だ。村の周辺、せいぜい半日で行ける範囲まで」
ダルクは恐る恐るバッジを受け取った。
「本当に俺が?」
「本当だ。試してみろ」
ダルクは手紙を一通手に取り、目を閉じた。
手紙が、淡く光った。
消えた。
「届いた——のか?」
「届いた」
正配には分かった。配達員章を通じて、ダルクの配達が完了したことが。
「すごい……」
ダルクは自分の手を見つめた。
正配は残りのバッジを、シルフィア、エリナ、グロム、ミミにも渡した。
これで、近距離の配達は局員に任せられる。正配は、遠距離や困難な配達に集中できる。
業務効率は、格段に上がるはずだった。
*
配達員章の導入から一週間。
転生郵便局の名は、近隣の村々に知れ渡っていた。
毎日、数百通の手紙が持ち込まれる。局員たちは手分けして配達に当たり、処理能力は開局当初の三倍に達した。
だが、それに伴い、新たな問題も生じていた。
「局長、大変です」
シルフィアが事務室に飛び込んできた。
「どうした」
「王国の使者が来ています」
正配は立ち上がった。
窓口に向かうと、立派な鎧を纏った騎士が三人、待っていた。
先頭の騎士が一歩前に出た。
「私はヴァレン王国第三騎士団、副団長のレオン・ヴァルトーラだ。転生郵便局の局長に、王よりの親書をお届けする」
騎士は、封蝋で封じられた書簡を差し出した。
正配はそれを受け取り、開封した。
中身を読み、眉をひそめた。
「王都への移転要請、ですか」
「そうだ。陛下は、この郵便局の働きを高く評価しておられる。王都に移転すれば、より多くの民を救える。資金も、人員も、王国が全面的に支援する」
悪い条件ではない。
だが——
「お断りします」
騎士が目を見開いた。
「断る? 陛下のご提案を?」
「はい」
正配は親書を騎士に返した。
「郵便局は、人が来る場所ではありません。届けに行く場所です。王都に移転すれば、辺境の民は切り捨てられる。それでは、郵便局の意味がない」
「しかし——」
「それに、王国の支援を受ければ、中立性が損なわれます。郵便局は、どの勢力にも属さない。だからこそ、どこにでも届けられる」
騎士は言葉を失った。
正配は続けた。
「代わりに、提案があります」
「提案?」
「各地に郵便ポストを設置する許可をいただきたい。王都にも、地方の村にも、等しく。それがあれば、誰でも手紙を出せます」
騎士は考え込んだ。
「それは、陛下にお伝えする。だが——」
「もう一つ」
正配は窓口から、一通の手紙を取り出した。
「王陛下宛の手紙です。辺境の民が、陛下に伝えたいことがあるそうです」
騎士は手紙を受け取り、内容を確かめた。
「これは——」
「魔王軍の侵攻で苦しむ民の声です。王都には届かないと諦めていた声が、今、ここに集まっています」
正配は騎士の目を見た。
「郵便局が王都に移転すれば、この声は届かなくなる。それでも、移転を望みますか」
騎士は長い沈黙の後、深々と頭を下げた。
「……失礼した。私の浅慮だった」
「いえ」
「ポストの設置については、必ず陛下にお伝えする。おそらく、許可されるだろう」
「ありがとうございます」
騎士は手紙を大切そうに懐に仕舞った。
「この手紙は、必ず陛下に届ける。私の名にかけて」
「頼みます」
騎士たちは、馬に乗って去っていった。
*
「大丈夫だったんですか」
ミミが心配そうに言った。
「王様の提案を断って、怒られないですか?」
正配は笑った。
「怒られるかもしれないな。でも、間違ったことは言っていない」
「でも——」
「郵便局には、守るべき原則がある。誰でも、どこでも、等しく。それを曲げたら、郵便局じゃなくなる」
ミミは不思議そうな顔をした。
「局長さんは、どこでそんなことを学んだんですか?」
「俺のいた世界で、だ」
正配は窓の外を見た。
二つの月が、夕暮れの空に昇りつつある。
「俺のいた世界の郵便制度は、何百年もかけて作られた。最初は王や貴族のためだけのものだった。でも、だんだんと広がって、最後には誰でも使えるものになった」
「誰でも?」
「子供でも、老人でも、貧しい人でも。誰でも、どこにでも、手紙を出せる。それが当たり前になった」
「すごい……」
「その当たり前を作るために、たくさんの人が努力した。俺はその恩恵を受けて、三十五年間郵便局員をやってきた。だから——」
正配は振り返り、ミミを見た。
「この世界でも、その当たり前を作りたい」
ミミの目が、きらきらと輝いた。
「私も、手伝います!」
「頼むぞ」
*
それから一週間後。
王国から、正式な許可が下りた。
ヴァレン王国全土に、郵便ポストを設置する権利。さらに、他の三王国との交渉権も認められた。
正配は早速、計画を立てた。
まずは、主要な街道沿いに十か所のポストを設置する。そこから徐々に範囲を広げ、最終的には王国全土をカバーする。
「でも、ポストを設置しても、回収する人がいなければ意味がないな」
正配はスタッフ会議で言った。
「局員を増やすしかないだろう」
ダルクが答えた。
「増やすって、どこから」
「募集すればいい。噂はもう広まっている。働きたいという者も、きっといるはずだ」
「その通りです」
エリナが手を挙げた。
「村には、仕事がなくて困っている若者がたくさんいます。郵便局で働けるなら、喜んで応募するでしょう」
正配は頷いた。
「分かった。募集をかけよう。ただし、選考は厳しくやる。郵便局員にふさわしい者だけを採用する」
「ふさわしい者って?」
ミミが尋ねた。
「正直で、勤勉で、責任感がある者だ。手紙を盗んだり、中身を覗いたりしないと信頼できる者」
「当たり前のことじゃないですか」
「当たり前のことを、当たり前にできる人間は少ない。それができる者だけを、採用する」
全員が頷いた。
*
募集を開始すると、予想以上の応募があった。
三日間で、五十人以上が応募してきた。近隣の村だけでなく、かなり遠方から来た者もいた。
正配は一人一人と面接を行った。
採用したのは、十人。
元冒険者、元商人、元農夫、元兵士。様々な経歴の者がいた。共通しているのは、真面目そうな目をしていることだった。
「これで、配達網を広げられる」
正配は新入局員たちを前に言った。
「お前たちには、各地のポストを担当してもらう。手紙を回収し、本局に届けるのが仕事だ。遠距離の配達は俺がやる。近距離は、お前たちだ」
新入局員たちは、緊張した面持ちで頷いた。
「一つだけ、約束してほしいことがある」
正配は全員を見回した。
「手紙は、必ず届ける。途中で失くしたり、捨てたりしない。どんな手紙でも、差別しない。中身を盗み見ない。それが郵便局員の誇りだ。守れるか」
「はい!」
全員が声を揃えた。
正配は満足げに頷いた。
「よし。明日から、訓練を始める。覚悟しておけ」
*
訓練は厳しかった。
早朝に起床し、まずは体力作り。次に、地図の読み方、天候の予測、危険地帯の見分け方。午後は実地訓練。実際に手紙を持って、指定された場所まで届ける。
脱落者が、三人出た。
残った七人は、二週間の訓練を終え、正式に配達員として任命された。
グロムが作った配達員章を、一人一人に手渡す。
「これを持っている限り、お前たちは郵便局員だ。誇りを持って、務めを果たせ」
「はい!」
新しい配達員たちは、それぞれの持ち場に散っていった。
各地にポストが設置され、配達網が広がっていく。
転生郵便局は、着実に成長していた。
*
ある夜、正配は局舎の屋上で、星を眺めていた。
二つの月が、静かに光っている。
この世界に来て、もう一か月が経った。
最初は途方に暮れていた。見知らぬ世界、見知らぬ言語、見知らぬ文化。すべてが異質で、居場所がないように感じた。
だが今は違う。
局員がいる。仲間がいる。届けるべき手紙がある。待っている人がいる。
これが、自分の居場所だ。
「局長」
声がして振り返ると、シルフィアが立っていた。
「どうした」
「報告です。明日、イストリア公国から使者が来るそうです」
「イストリア? 東の国か」
「はい。おそらく、ヴァレン王国と同じ提案でしょう。郵便網を自国にも広げてほしい、と」
正配は笑った。
「忙しくなるな」
「ええ」
シルフィアも笑った。
「でも、悪くない」
「ああ。悪くない」
二人は並んで、星を眺めた。
転生郵便局の物語は、まだ始まったばかりだった。
だが、その先に何があるのか、正配には見えていた。
この郵便局は、世界を繋ぐ。
分断された人々を、再び一つにする。
それが、自分に与えられた使命だ。
正配は、深く息を吐いた。
明日からまた、忙しい日々が始まる。
届けるべき想いは、まだまだたくさんある。
第二部 配達網の拡大
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます