第四章 郵便局の再生

目覚めると、局舎が変わっていた。


 最初に気づいたのは、床だった。昨日まで古ぼけた木の板だったものが、滑らかな石に変わっている。触れると、ほのかに温かい。床暖房のようなものだろうか。


 次に、仕分け棚。木製の簡素な棚が、金属製の精巧な構造物に変化していた。棚板が自動で動き、手紙を分類している。


 窓口カウンターには、透明な結晶のようなものが埋め込まれていた。そこに文字が浮かび上がる。


『転生郵便局システム、アップデート完了』


 正配は呆然と局内を見回した。


「これは——」


《おはようございます、局長》


 頭に声が響く。局舎に宿る意思だ。


「お前の仕業か」


《はい。来局者の増加に伴い、設備の拡張が必要と判断しました》


「勝手に改築するな」


《申し訳ありません。今後は事前にご相談します》


 正配は溜息をついた。


 文句を言っても始まらない。確かに、昨日の状態では対応に限界があった。設備が充実するのは悪いことではない。


 玄関から声がした。


「局長、大変です!」


 ダルクが駆け込んできた。その後ろに、シルフィアとエリナが続く。


「どうした」


「外を見てくれ」


 正配は玄関に向かい、外に出た。


 そして、言葉を失った。


 局舎の周囲に、道ができていた。


 石畳の立派な道が、森の中を村に向かって伸びている。道の両側には、街灯のような柱が立っている。柱の先端には、淡く光る結晶。


「夜中に音がしたんだ。見に来たら、こうなっていた」


 ダルクの声は、驚きと畏れが入り混じっていた。


 正配は局舎を見上げた。


 建物も、変わっていた。


 昨日までの古びた木造から、白い石造りの堂々とした建築に変化している。三階建て。尖塔が一本。窓には美しいステンドグラス。看板には、『転生郵便局』の文字が金色に輝いている。


「すごいな……」


 エリナが呟いた。


「これが、郵便局……」


 シルフィアも、目を丸くしている。


 正配は苦笑した。


「派手すぎる」


 だが、悪い気はしなかった。


   *


 新しい局舎の中は、さらに驚くべきものだった。


 一階は窓口と待合スペース。広々としたホールに、椅子とテーブルが並んでいる。壁には世界地図が掲げられ、各地の主要都市が光点で示されている。


 二階は事務室と倉庫。仕分け機が静かに稼働し、手紙を宛先別に分類している。倉庫には、様々な物資が整然と並んでいた。紙、インク、封筒、ロウソク、食料まで。


 三階は居住スペース。局長室、休憩室、そして局員用の個室がいくつか。


「これは……」


 シルフィアが感嘆の声を上げた。


「王宮より立派だ」


「大袈裟な」


「本当だ。私は若い頃、ヴァレン王国の王都に行ったことがある。その時の王宮より、この建物の方が美しい」


 正配は窓から外を見た。


 石畳の道が、森を貫いて村まで続いている。村の入り口には、小さな建物が新しくできていた。支局だろうか。


《村への往来を円滑にするため、支局を設置しました》


 局舎の声が説明した。


《また、近隣の集落にもポストを設置しました。ポストに投函された手紙は、自動的に本局に転送されます》


「勝手にやりすぎだ」


《申し訳ありません。ただ、これらの設備は配達業務の効率化に不可欠と——》


「分かった、分かった」


 正配は手を振った。


 文句を言っても仕方がない。この局舎には、独自の判断力があるらしい。良くも悪くも、自分の仕事をしようとしている。


 それは、正配にも理解できることだった。


   *


 午前十時、窓口を開けた。


 行列は、昨日より長くなっていた。


 立派な建物が評判を呼んだのか、隣村からも人が来ている。中には、かなり遠方から来たらしい者もいた。


「本当に、どこにでも届くのか」


「届く」


「魔王軍の支配地でも?」


「届く」


「死んだ人にも?」


「……死者には届けられない。だが、生死不明の場合は調べる。生きていれば届ける」


 正配は淡々と答え、手紙を受け付けていった。


 新しい設備のおかげで、処理速度は格段に上がった。仕分け機が自動で手紙を分類し、宛先の情報を整理してくれる。正配は、配達に集中できた。


 昼過ぎ、珍しい客が来た。


 小柄な男だった。身長は正配の腰ほどしかない。ずんぐりとした体型に、長い髭。手には金槌を持っている。


 ドワーフか。


「あんたが局長か」


 低く響く声だった。


「はい」


「俺はグロム。鍛冶師だ。村の——いや、元は王都の鍛冶師だった」


「何の御用で」


 グロムは、懐から金属の板を取り出した。


「これを届けてほしい」


 正配は板を受け取り、眺めた。精巧な彫刻が施されている。文字らしきものもあるが、読めない。


「手紙、ではありませんね」


「ドワーフの伝統だ。言葉は鉄に刻む。紙なんぞ、燃えたら終わりだからな」


 なるほど、とは思うが——


「これを、どこに届けますか」


「北東の山岳地帯。ドワーフの王国がある。俺の親父に届けてほしい」


 正配は目を閉じ、意識を集中した。


 地図が浮かぶ。北東の山岳地帯。深い地下に、光る点が一つ。


「届け先は確認できました。鉄山王国、ドルグ・アイアンハート殿ですね」


 グロムが目を見開いた。


「親父の名前を——どうして知っている」


「万物配達権の力です。宛先が分かれば、届けられます」


 金属板が光に包まれ、消えた。


 数秒後、グロムの懐が光った。返信だ。


 グロムは金属板を取り出し、読んだ。その顔が、見る見るうちに歪んでいく。


「親父——」


 涙が、長い髭を伝って落ちた。


 正配は黙って見守った。


   *


「俺も、ここで働かせてくれ」


 グロムは涙を拭い、真っ直ぐに正配を見た。


「働く?」


「俺は鍛冶師だ。武器や防具を作れる。それに、機械いじりも得意だ。この仕分け機とやら、俺なら改良できる」


 正配は考えた。


 鍛冶師。確かに、有用な技術だ。配達用の道具や、局舎の設備を作ってもらえるかもしれない。


「ただし、条件がある」


「何だ」


「ここで働く以上、郵便局員だ。鍛冶師の仕事だけでなく、郵便業務も手伝ってもらう」


 グロムは少し考え、頷いた。


「いいだろう。鉄を打つのも、手紙を届けるのも、結局は同じだ」


「同じ?」


「誰かのために、何かを作る。誰かのために、何かを届ける。どっちも、人の役に立つ仕事だ」


 正配は笑った。


「その通りだ」


 三人目の局員が、こうして誕生した。


   *


 夕方、窓口を閉めた。


 受け付けた手紙は、百二十通。配達完了は九十八通。残りは届け先調査中、または配達不能。


 スタッフ会議を開いた。参加者は、正配、ダルク、エリナ、シルフィア、グロム。


「今日の業務報告だ」


 正配はホワイトボード——これも新設備の一つだ——に数字を書いた。


「受付百二十、配達九十八。配達率八十二パーセント。悪くない」


「悪くないどころか、異常だ」


 シルフィアが言った。


「私の知る限り、この大陸に郵便制度があった時代でも、配達率は五十パーセントを超えれば上出来だった。途中で盗まれたり、届け人が殺されたりするからだ」


「今はそういうリスクがない」


「あなたの力があるからだ」


 正配は頷いた。


 万物配達権。この力がある限り、配達のリスクはほぼゼロだ。


 だが、問題もある。


「俺一人で配達できる量には限界がある。今日は百通近く処理したが、これが毎日続くと厳しい」


 全員が頷いた。


「対策を考えなければならない」


 グロムが手を挙げた。


「配達を分担することはできないのか。例えば、近距離の手紙は俺たちが届けて、遠距離だけ局長が処理するとか」


「そうしたいが、万物配達権は俺にしか使えない。通常の配達だと、時間がかかりすぎる」


「じゃあ、手紙の量を制限するか」


 エリナの提案に、正配は首を振った。


「それはできない。届けてほしいという人を、断るわけにはいかない」


 沈黙が流れた。


 その時、窓口から声が聞こえた。


「あのー、すみませーん」


 全員が振り返った。


 窓口に、一人の少女が立っていた。


 獣の耳と尻尾。猫のような瞳。亜人だ。


「窓口、もう閉まりましたか?」


 正配は立ち上がった。


「いや、どうぞ。何の御用ですか」


 少女は、おずおずと窓口に近づいた。


「あの、私、ミミっていいます。手紙を届けてもらいたくて……でも、お金がなくて……」


「お金はいりません。無料です」


「本当ですか!」


 少女の目が輝いた。


 だが、次の瞬間、表情が曇った。


「でも、届け先が……分からないんです」


「分からない?」


「私の家族は、戦争の時に散り散りになって……どこにいるか、生きているかも……」


 涙が、少女の頬を伝った。


 正配は紙とペンを差し出した。


「手紙を書いてください。届け先は、俺が探します」


 少女は震える手で、手紙を書いた。


 正配はそれを受け取り、目を閉じた。


 地図が浮かぶ。


 光る点を、探す。


 見つけた。南の港町に一つ。東の農村に一つ。西の山間に一つ。三人の家族が、三つの場所で生きている。


「見つかりました。ご家族は全員、生きています」


 少女が、崩れ落ちるように泣いた。


 正配は手紙を三通に分け、それぞれの宛先に届けた。


 返信が、次々と届いた。


 少女は、震える手でそれを読んだ。


「みんな……生きてた……」


   *


「あの」


 少女——ミミは、涙を拭いて言った。


「私も、ここで働きたいです」


 正配は驚いた。


「働く?」


「私、足が速いんです。猫獣人だから。それに、耳がいいし、鼻も利く。配達の手伝い、できると思います」


「でも、あなたはまだ——」


「十四歳です。でも、獣人は人間より早く大人になります。私、もう立派な成人ですよ」


 正配は考えた。


 十四歳。日本なら中学生だ。働かせるには、少し若い。


 だが、この世界の基準は違うのかもしれない。


「親御さんは、何と言っていますか」


「さっきの手紙で聞きました。いいって言ってくれました。むしろ、ここで働けるなら安心だって」


 正配はシルフィアを見た。シルフィアは肩をすくめた。


「私も、そのくらいの歳で働き始めた。珍しいことじゃない」


 正配は溜息をつき、頷いた。


「分かった。採用だ。ただし、危険な仕事はさせない。窓口業務と、近距離の配達だけだ」


「はい! ありがとうございます、局長さん!」


 ミミの尻尾が、嬉しそうに揺れた。


 四人目の局員が、こうして誕生した。


   *


 その夜、正配は局長室で一人、考え込んでいた。


 局員は増えた。設備も充実した。だが、根本的な問題は解決していない。


 配達能力の限界。


 万物配達権は強力だが、使うには正配の集中が必要だ。一日に処理できる量には、どうしても限界がある。


 このままでは、需要に応えられなくなる。


 かといって、手紙を断るわけにはいかない。


 どうすれば——


《局長》


 局舎の声が響いた。


「何だ」


《提案があります》


「言ってみろ」


《万物配達権の拡張です》


「拡張?」


《現在、配達は局長お一人で行っていますが、システムを改良すれば、局員にも一部の配達を委譲できます》


 正配は身を乗り出した。


「本当か」


《ただし、条件があります》


「何だ」


《局員に『配達員章』を授与してください。それが、万物配達権の一部を共有する鍵となります》


 配達員章。


 正配は思い出した。日本の郵便局でも、配達員には身分証があった。それを、この世界風にアレンジするということか。


「どうやって作る」


《グロム殿に依頼してください。彼の鍛冶技術なら、可能です》


 正配は立ち上がった。


 グロムの部屋に向かう。


 ドアをノックすると、すぐに返事があった。


「何だ、局長」


「頼みがある。配達員章を作ってほしい」


「配達員章?」


「局員の身分証だ。これがあれば、俺の力の一部を共有できるらしい」


 グロムの目が光った。


「面白い。どんな形がいい」


「任せる。ただ、丈夫で、失くしにくいものを」


「任せろ」


 グロムは早速、作業場に向かった。


 正配は窓から外を見た。


 二つの月が、静かに光っている。


 転生郵便局は、着実に成長していた。

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