第二話


 総合病院のNICU(新生児集中治療室)に朝が来た。

 ここに入院している患者は、全員が通常より早く生まれた新生児だ。宿直の看護師、桃田はコットの中でまどろむ赤ん坊たちの様子を、一人ひとりみて回っていた。

 あまりに早くこの世に出てきて、大きさもそれぞれ違う。とても小さい子だと、コットですら大きく見えるほどだ。


 1人の赤ちゃんがむずがっているのに気付いた。

 確か、そろそろNICUここから卒業する子だったはず。

 桃田は側に寄り、そうっと慎重にその赤ん坊を抱き上げた。そのまま抱っこであやしながら、コットの巡回を続ける。

 明け方のNICUは、授乳に来る母親も少なく、うっすらとした微睡の中で、コットの赤ちゃんに繋がれた計器の小さな光が、ちかちかと蛍のように光っていた。

 

 腕の中の赤ん坊が空腹なのか泣き出したので、桃田は急いで母乳保管用の冷蔵庫に向かった。


「えっと、飛田さんちの赤ちゃんね……待ってて、お母さんのおっぱい準備するからね」


 小さく語りかけながら、預けられていた母乳を温め、合間に他の子の記録をつけ、さらに腕の中で盛大に泣く赤ちゃんをあやした。桃田はまだ結婚もしていないが、実際にこどもが出来たら、こんな忙しさなのだろうかと、あやしながらぼんやり考えていた。

 腕の中の赤ん坊は、今生後3ヶ月だが、通常の月齢の赤ちゃん達よりは小さく、片腕で抱けるほどだ。だがこのNICUでは、一番大きなほうに入るだろう。


「明後日には出られるね。そうしたら、あと少しでおうちに帰れるからね」


 母乳を飲み干した赤ん坊は、げっぷをして落ち着いたかと思われたが、すぐにまた泣き出した。だが、どこか痛そうでもない。おむつでもない。


「甘えてんだろうなぁ」

「うわあ、先生。驚いた!」


 いつの間にか、同じく当直の若い医師が来ていた。首にかけてる黒い聴診器を外し、ぐいっと桃田の腕の中の赤ん坊に顔を近づける。


「はい、君。みんな寝てるから、泣き止みなーさーい」

「古河先生、赤ちゃんは泣くのが仕事ですよ」

「でも、ほら、泣き止んだじゃないか」

「ドス効かせて驚かすからですよ。もういいや、私は他の子見るんで、先生はこの子みててください」


 桃田にどやされながら、古河は赤ん坊を受け取り、NICUの一画にあるデスクであやしながら、記録を見始めた。

 腕の中の赤ん坊は、いつしか静かに古河を見上げている。古河の白衣のポケットには「不思議の国のアリス」に出てくる白兎のバッジがつけられていた。キラキラ光るように焼かれた、磁器のバッジだ。赤ん坊の視線に気づいた古河は、試しに白兎をちょいちょいと指で動かしてみた。

 赤ん坊がその動きを目で追っている。きらきらと光る、その美しい目。


「あう」


 小さな声に、古河は小さく微笑んだ。




               おわり

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2000グラムは空を飛ぶ マキノゆり @gigingarm

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