4.イーヴィル・フォー・イーヴィル
トニー・ジャックマン博士はSCP財団の資料室で、資料を読み漁っていた。その様子を不思議そうに眺めていた助手のピーター・デフォーポストドクターは言った。
「ジャックマン博士、何か手伝いましょうか?」
トニー・ジャックマン博士は言った。
「私はおよそ2ヶ月前、異常事件課のブラッド・アトウォーター副局長に無駄な行動を起こさぬよう注意喚起を促した。しかし、彼は私の助言を無視し、シカゴ・スピリットの連中を挑発した。それにより、異常事件課の部隊の多くが死亡し、収容が予定されているジョン・デリンジャーも致命傷を負った。その上、彼は行方不明だ。彼の行動の所為で全てが悪化した。」
「シカゴ・スピリットはどう対処しますか?」
「これ以上、奴らが勢力を拡大する様を見たくはない。連中は隠匿性、いわゆる、ヴェールの放置が及ぼす影響に対して投函を付した。その所為で、現実改変能力の実在性を世間で実質的に表明している。しかし、シカゴ市警察や異常事件課を攻撃したユニットは解散した。」
「しかし、現在、シカゴ・スピリットの勢力は弱まっていると存じます。報告書には、ローランド・マックデル引退後のユニットの最優秀者であるドミニック・リッツォが、新たなユニットを率いていると記載されています。」
「その通りだ。彼はシド・キャシディやルーク・ハンズを従え、アーティファクトディーラーであるドノヴァンの倉庫を放火した。」
「ドノヴァンといえば、隠匿性を無視した悪質なディーラーのはずですが、彼の倉庫を破壊する行動は我々にとって有益なのではないですか?」
「シカゴ・スピリットが返って我々に有益をもたらすこともあるが、ドノヴァンといった個人で活動しているディーラーなぞ、外部の支援がなくとも謀殺が可能だ。」
「要するに、シカゴ・スピリットの行動は表面上は一見して有益に思われる側面を有するものの、実務的には我がSCP財団の収容および管理業務に過重な負担と不確実性を生じさせるため、結果としてありがた迷惑と申し上げざるを得ない性質を備えていると存じます。」
「そうの通りだ。その上、シカゴ・スピリットの行動の大半がSCP財団に悪影響を及ぼす。つまり、シカゴ・スピリットはSCP財団にとって、利益を全くもたらさない、非常識極まりない組織でしかないのだ。おっと、すまない。君に対して、シカゴ・スピリットについて話してしまった。君の両親にお悔やみを申し上げる。」
トニー・ジャックマン博士は十字架を切った。デフォーポストドクターは涙を堪え、言った。
「今の会話は単なる業務上の話です。従って、両親の話は気にしなくて大丈夫です。」
その時、廊下に数人もの足音が響き渡り、資料室のドアから、
「ジャックマン博士及びデフォーポストドクターに告ぐ。これより機動部隊π-1(シティ・スリッカーズ)は、
トニー・ジャックマン博士は微かにほくそ笑み、眼鏡を上げてから言った。
「良いだろう。」
機動部隊π-1(シティ・スリッカーズ)の一員は言った。
「では、Spicy Crust Pizzeriaに向かう。」
トニー・ジャックマン博士は言った。
「今回も
「何故かフロント名の略称はいつもSCPだが、理由は特にない。SCP財団は所々センスに満ち溢れている。」
一同は、
一同はサイトの隠し通路を通り、人目を忍んで裏口から出た。機動部隊らは手に持つリボルバーやアサルトライフルといった武器をリロードし、慎重に道を歩いた。周囲の人に機動部隊の存在は目撃されなかった。トニー・ジャックマン博士は言った。
「まさか、私がこの作戦の監修を担うことになるとは、思いもしなかった。私と助手を監修者に選んだ理由は何かね?」
機動部隊π-1(シティ・スリッカーズ)の一員は言った。
「貴方は異常事件課やシカゴ・スピリットなどの、都市や人工密集地域で活動している要注意団体に非常にお詳しい。おまけに、我々機動部隊π-1は都市や人工密集地域での
トニー・ジャックマン博士はデフォーポストドクターの顔を見ながら甲高い声で彼を嘲笑った。機動部隊π-1(シティ・スリッカーズ)の一員は言った。
「甲高い声で笑うな。我々の存在が市民に明るみになればどうなる?」
トニー・ジャックマン博士はデフォーポストドクターをせせら笑った後、小さな声で謝罪した。
「すまん、すまん。」
その頃、俺は新たなユニットのメンバーと共にバーでワインを飲んでいた。ルークは言った。
「真昼間からワインを飲み干すとは、流石はドミニックだ。」
俺は赤ワインを飲んで赤くなった顔をワインのボトルに反射させ、その顔を見つめた。シドは言った。
「赤ワインを飲んで顔が赤くなるとは、実に面白い。」
「ギャグか?然程面白くない。」
「何だとこの野郎!」
酔った勢いでシドは席を離れ、何の躊躇いもなくルークの顔面を殴りつけた。ルークはドノヴァンとの一件を思い出し、彼に反発せずじっとしていた。シドはルークのワインコルクを握り潰してから言った。
「俺を殴れ!女みたいだな。漢は黙って殴り合いだ!」
ルークは言った。
「口で言い返す。この前の銀行員気取りの時とは別人だな。影武者か?」
シドはドノヴァンとの一件を思い出し、さらに怒りを募らせた。
「お前なんかこのユニットに相応しくない。さっさとこのバーから出てけ!」
その時、ルークとシドの喧嘩を眺めていた頑健な体格をしたドイツ系の男性が彼らに一言言い放った。
「俺を殴れと煽っておいて最後に出てけと言い返すのは筋が通っていない。 殴り合いたいのか追放したいのか、どっちつかずで意味が薄いよ。シドよ、君は矛盾している。ギリシャで昔使われていたやり方だ。喧嘩において矛盾はよ…」
「ギリシャ?ゲルマン民族みてぇな顔してくる癖に。」
「他国の良き面を取り入れて何が悪い。まあ、私は所詮この喧嘩の第三者。貴方とは喧嘩をしたくはない。」
ルークは目を細めて、ドイツ系男性を見つめた。彼は北欧諸国の顔と似たような特徴を有していて、金髪に南部ドイツ系のように霞んでいないくっきりとした青い目が見て取れる。いわゆる、金髪碧眼だ。彼は
「君は誰だ?」
「私の名前はカスパー・メッツィンガー。北部ドイツ系アメリカ人男性とでも言いたいところだが、君たちも組織の人間のようだ。」
「組織?お前もシカゴ・スピリットの人間か?」
「そうだ。このユニットに新たに配属されたSCP財団の情報を提供する者だ。」
シドは上がった口角を無理やり元に戻し、瞬きをしてから言った。
「仕方ない。今回の一件はカスパーが現場に居合わせていることを考慮して終わりとする。」
カスパーが口を開いた。
「早速だが、現在、SCP財団の機動部隊π-1(シティ・スリッカーズ)と博士やポストドクターと思われる人物らがフロントのSpicy Crust Pizzeriaに向かっている。」
俺は言った。
「どこからそんな情報が入手できる?」
「伝書鳩からだ。仲間が手紙を鳩に掴ませるのだ。過去にシークレットサービスがザ・ファズのアイゼンバーグキャプテンに向けて伝書鳩を飛ばしていたことがあるが、その鳩は後に私が入手した。」
「アイゼンバーグの野郎か。」
「尚、SCP財団はシカゴ・スピリットを攻撃するためにフロントに向かったという趣旨の情報も出ている。」
シドは言った。
「Spicy Crust Pizzeriaといえば、このバーの近くに最近建てられたイタリア系の中年男性が経営している店だ。」
ルークは言った。
「このバーを後にした方が良いな。」
俺は言った。
「同感だ。だが、このバーに誰もいないというのも不自然だ。誰かしらバーに残っていた方が良いんじゃないか?」
一同の目線はバーの片隅に拘束され三角座りをしていたアーノルド・ランドルフ副警視に向いた。彼の顔は狡賢く見え、丸いフレームと鋭い眼球の眼鏡がそれをより一層引き立たせている。彼の頬骨は張っており、顎のラインがシャープですっきりとした輪郭をしている。目尻には年齢を感じさせるしわが目立っている。彼の髪はサイドを短く刈り上げ、トップにボリュームを持たせたウェービーな髪型をしている。髪の色は、光の加減で白髪が混じっているようにも見える。カスパーは言った。
「この男は誰だ?」
俺は言った。
「過去に、シカゴ・スピリットが警察署を襲撃する前日、警察署の情報を全て提供する代わりに命を保証という旨の契約を結んだ副警視だ。」
シドは言い放った。
「命と治安を優先した際に命を優先する、警察にとっては胸糞悪い裏切り者だ。」
「では、こいつをバーの椅子に拘束しよう。」
一同はポケットの中から拘束用具を取り出した。シドはアーノルド・ランドルフ副警視の手錠を外し、ルークと俺は彼を持ち上げ、椅子に座らせた。その瞬間、カスパーが一同が取り出した拘束用具で彼の位置を固定した。アーノルド・ランドルフ副警視は怯えた声で言った。
「警察署で稼いだ金はいくらでも払う。その代わりに俺の拘束を外してくれないか?」
アーノルド・ランドルフ副警視が言い終わる頃には、俺たちはバーを後にしていた。彼は過呼吸に陥り、周囲を確認した。シドは言った。
「向かい側の派手な装飾がされている店が見えるか?あの店がSpicy Crust Pizzeriaだ。」
俺は言った。
「全く見えない。」
ルークは首を縦に振って同感した。
「古着屋の隣に位置する店だ。あの古着屋の透けたガラスの壁から、スーツケースや茶色の洋服が見えるだろ?」
俺は瞬きをしてから首を横に振った。
「ステーキ屋は見えるか?少し離れたこの場所からもステーキの香ばしい匂いが漂ってくる。」
「確かにステーキの匂いはするが、ステーキ屋を目視できない。」
「ステーキ屋の隣には果物屋があるだろ?実はあの店は果物屋と称しながらもフルーティーな酒をジュースという名目で販売している実質的なバーなんだ。酒について詳しいお前なら分か…、あれは何だ?」
ルークは俺とシドの耳元で呟いた。
「SCP財団だ。」
俺は言った。
「機動部隊員の数があまりにも多い。ここは退散し身の安全を確保しよう。」
「時すでに遅し。」
その時だった。後ろからSCP財団の機動部隊員と思われる者がシドの首に黒く硬い棍棒を強く叩きつけた。シドは棍棒の勢いに乗って倒れた。その頃、俺はダークトーンのスーツを見に纏った一般人にぶつかった。機動部隊の一員は言った。
「シカゴ・スピリットの連中を発見した!」
その頃、3つの部隊に分かれていた内の1つの部隊はバーに向かい、シカゴでスピリットの連中を捜していた。機動部隊の一員は言った。
「お前か?近年シカゴで暗躍しているスピリットたるマフィアは。」
机に拘束されているアーノルド・ランドルフ副警視は言った。
「わ、私じゃないんです。」
「随分と演技が上手いようだな。マフィアではなく俳優の道を選んでいれば良かったのに。」
機動部隊の一員はアーノルド・ランドルフ副警視をすかさず射殺した。
「撤収だ。このバーは用済みだ。機動部隊π-1-Aに合流する。」
ルークは機動部隊の一員の腹を強く蹴り、彼を地面に強く叩き落とした。フロントに滞在している機動部隊は一連の様子を目撃していた。彼らはSpicy Crust Pizzeriaを後にし、シールドを構えてからアサルトライフルで俺たちを狙った。俺はポケットから拳銃を取り出し、数人の機動部隊員を射殺した。トニー・ジャックマン博士は言った。
「あの男が我々の情報を流出させているカスパー・メッツィンガーだ。彼を射殺しろ。」
アサルトライフルの弾丸はカスパーの胸目掛けて飛んでいった。カスパーは弾丸を避けようと踠いたが、惜しくもその弾丸は彼の肩に命中した。カスパーは気絶し、地面に強く倒れ込んだ。
俺は気絶した機動部隊員のアサルトライフルを手に取り、向かい側の機動部隊目掛けて乱射した。巡査ら目掛けて銃を乱射したあの時の俺と、今の俺がシンクロした。そして、SCP財団の機動部隊員は、かつての巡査らのように次々と倒れていった。
スティーヴン・ウォーカー指揮官は言った。
「撤退だ。今すぐ持ち場を離れろ!」
機動部隊π-1(シティ・スリッカーズ)はすぐさまフロントを離れていった。俺とルークは拳銃で彼らの踵や脹脛を射撃した。機動部隊員の数は減少し、Spicy Crust Pizzeriaの看板は跡形もなく壊れた。
店で食品の調理に使われていた火が看板に引火し、その火がトニー・ジャックマン博士の残り僅かな髪の毛に燃え移った。トニー・ジャックマン博士は慌てふためき、店内に入り、水道水で火を消し去った。彼は髪の毛を失いたくなかったのだろう。ルークはその様子を嘲笑い、捨て台詞を吐いた。
「やはり、我々シカゴ・スピリットに勝る者はいない。」
後日、俺はバーで誰かしらと酒を飲み明かすために家の外に出た。家の外の道には、いつものように新聞配達員が号外だと連呼しながら新聞を通行人に手渡していた。俺はマフィアに対する世間の反応や様々なニュースを認知し今後の活動に活かすため、新聞を貰った。俺は、新聞の大見出しにマフィアについて記されていると思っていた。だが、俺の考察は外れた。大見出しには、天然痘と似た病原菌拡大か、と記されていた。俺は病原菌なぞ大したものでないと思い、新聞をくしゃくしゃに畳んでから新聞配達員の見えない場所でその新聞を投げつけた。
前日、シカゴ・スピリットに敗北し現場から撤退したSCP財団では、サイト内に冷たい空気が漂っていた。嫌味らしいトニー・ジャックマン博士も、いつものような余裕な雰囲気を醸し出していなかった。デフォーポストドクターは今回の敗北は自分に瑕疵があると思い込み、独り言を呟いていた。トニー・ジャックマン博士は場の空気を和らげたかったのか、デフォーポストドクターに一言呟いた。
「今回の敗北はお前に責任があるわけではない。お前が作戦の中心人物だと思い込むな。」
デフォーポストドクターはトニー・ジャックマン博士に怒りを募らせ、机に置かれていた資料の数々を彼に向かって勢い良く放り投げた。
「いつも調子に乗って人を嘲笑いやがって。お前の助手にならなければ良かった。」
「まあまあ、落ち着け。」
「落ち着けるかよ。」
「解雇されても知らないからな。」
デフォーポストドクターは拳を強く握り怒りを抑え、床に散乱した資料をまとめ上げ、杜撰な机に資料を置き直した。
「お前も中心人物じゃない。最近流行している天然痘と似た病原菌通称SCP-2680の対策も、奇抜なアイデアも何も浮かばないくせに。」
「分かった。私が君にとって満足いかない答えを言ってしまったら、君は私の助手から降りていい。」
「いいだろう。」
「アルコールで対処する。」
その時、デフォーポストドクターの目は一瞬輝き、彼は目を細めた。彼の怒りは自然と収まった。
「その話を詳しく聞かせてくれ。」
「報告書によれば、例のウイルスはマクロウイルスの一種であり、一般的にレトロウイルス科に分類される。また、このウイルスは、様々なタイプのアルコール飲料、とりわけビールの瓶と酷似した形状をしている。その中でも、瓶とキャップを構成しているのは、シリカとソーダ石灰ガラス、紙製ラベル、金属製ボトルキャップ王冠の特性を模倣する異常なケラチンだ。人にこのウイルスが消費されるとこの液体は摂取量と同量の場合の酩酊作用を齎す。その後、液体は消費者の体内で生理的異変を引き起こし、食道の溶解および拡大し、過剰食道組織をウイルスの溶液の生産に特化した線へと変貌させる。そして、感染者は自傷性皮膚症や狼咬症、反芻症候群を引き起こし、6週間後に消費者らウイルスを瓶とラベル、キャップに変化した状態で吐き戻す。その後、消費者はウイルスの溶液を瓶の中に嘔吐する。このウイルスが恐ろしいのは、消費者が逆行性健忘を引き起こし、ウイルスを通常のビールであると思い込んでしまう面だ。すまん、前置きが長くなった。趣味である未確認生物学を語り出すとついつい序文が長くなってしまうのだよ。ここからが本題だ。デフォーポストドクターが求めたように、私この対策案を思いついた。案が奇抜かと聞かれれば…まあ奇抜だ。時にSCP財団は科学的でないアイデアを見出す。今、その時がやってきたのだよ。デフォーポストドクターはこの先、私が何を言ってもどうか動じないでくれ。頼むよ。」
デフォーポストドクターは何かを察したような顔をしていた。トニー・ジャックマン博士は話を続けた。
「アメリカの通院率は低い。その主因は医療費の高さにある。高額な診療費のため、低所得層や中間層が軽い症状で医療機関を利用することは極めて難しい。そこで私は、患者の負担を抑えつつ医療提供の効率を維持する、現実的で手頃なアイデアを発案した。デフォーポストドクターよ、机を見ろ。そこにワクチンがあるだろう?
デフォーポストドクターは後ろを振り向き、机を眺めた。その机には、Agent Salkと記されてたワクチンが数本収納された箱が置かれていた。
「そのワクチンを利用する。流石にワクチンが安価で売られる病院は作らない。酒にワクチンを投入する。大衆は酒に飛びつき、娯楽を味わう。かつ、予防が完璧にできてしまう。君の過去は知っている。だが、これはアメリカ国民を思っての決断だ。SCP財団は、シカゴ・スピリットと一時的な協力を結び、密造酒にAgent Salkを調合する。デフォーポストドクターも存じているとは思うが、ワクチンの効果は実証済みだ。しかも、このワクチンはつい最近実装されたものだ。つまり、ウイルスには薬剤耐性がない。どうだ?奇抜かつ完璧なプレゼンテーションだとは思わないか?」
デフォーポストドクターは、内なる怒りと、SCP財団の職員としてのプレゼンテーションに感服した気持ちの狭間で葛藤していた。デフォーポストドクターはSCP財団の職員として怒りを抑え込んだが、次なる葛藤に彼は苦戦を強いられた。トニー・ジャックマン博士への嫉妬だ。彼は自分がSCP財団に相手にされない孤独感に苛まれていた。トニー・ジャックマン博士は毛の生えていない光が反射している頭を触った。彼は言った。
「君も立派な財団職員だ。落ち込むことはない。私が君を助手に迎え入れた理由を知っているか?最終的には君が決断したが、君は何十人といる新人職員の中から唯一ポスターに選ばれた逸材だ。私の先程の言葉は取り消してくれ。君は中心人物だ。」
デフォーポストドクターはトニー・ジャックマン博士を見つめ、首を縦に振った。
「小説でいうところの感動の場面はもう終わりだ。」
資料室に1人の男が現れた。その男はサイドをすっきりとさせたオールバックの髪型をしていて、サングラスをかけていた。冷徹で危険な香りが漂う彼のオーラを前にして、トニー・ジャックマン博士は怯えていた。トニー・ジャックマン博士は言った。
「君は誰かね?」
男は言った。
「私は君らに危害を加えない。怯えるな。私はもう表舞台から退いている。今はコンシリエーレとしての任務を全うしているまでだ。」
「もしや貴様は、かのローランド・マックデルか!?」
ローランド・マックデルはサングラスを外し、男性に多く見られる低い声で答えた。
「御名答。流石はSCP財団。勘が鋭い。」
デフォーポストドクターは言った。
「何の用だ?」
「ボスからの伝達だ。近頃流行している天然痘と似た病原菌をSCP財団の科学力を応用して抹消しようというわけだ。」
トニー・ジャックマン博士は言った。
「抹消とは、如何にもマフィアらしい言い草だ。丁度、私も同じことを考えていた。」
俺は新聞を放り投げてからというもの、無惨な光景を見かけた。俺の家含めて様々な家屋が立ち並ぶ通りを外れた場所に、想像を絶する光景が広がっていたのだ。人通りの少ない杜撰な場所に、多くの天然痘患者、いや、新聞に記されていた病原菌の患者が何人も横たわっていた。俺はそのうちの1人に声をかけた。
「おいおい、病院に行かなくて良いのか?」
患者は息切れしそうな薄い声で答えた。
「病院に入りたくても、入れないのだよ。」
「アメリカ合衆国は国民の安全を保障しなければならないのに、この様かよ。だから国は信用できない。」
俺は患者の元を離れようとしたが、患者は俺の足を掴んだ。
「それでも…ま、だ…希望はある。」
「…希望か。君の考えを否定するようで悪いが、希望なんてものは存在しない。唯一確証が持てるのは、君がまだ生きているということだ。」
俺が言葉を言い終わる頃には、患者は息を引き取っていた。
「また国の犠牲者が現れた。国は貧困という武器を使ってこの者を死に追いやった。マフィアにだって心はある。許せない。」
その時、聞き馴染みのある話し声が聞こえてきた。俺は声がする方向を向いた。俺の隣では、シカゴ・スピリットの構成員らが話し合っていた。
「風の便りなんだが、我らがシカゴ・スピリット内にまで、あのウイルスの感染者が現れたらしい。」
「まさか、感染者はお前じゃないだろうな?」
「消息筋だと言っただろ。」
「あの男じゃないか?」
シカゴ・スピリットの一員はそう言うと、俺の方を向いた。
「とにかく、現場から離れよう。」
俺は辺りを見回した。周囲には、ウイルスにより死亡した患者が何人もいたのだ。俺はその事実に対し、冷や汗を流した。俺は今まで、ウイルスはマフィアに一切影響を及ぼさない存在だった。ウイルスが我々に影響を及ぼすとしても、それはわずかなものだった。元々、スピリットは、ウイルスの影響を受けないよう、ボスやコンシリエーレなどの上層部に徹底的に管理されていた。その状況を政府が覆したのだ。俺は、政府とその下僕であるSCP財団に復讐しなければならない。
通りの奥に髪の毛が全くと言っていいほど生えていない40代後半の男性が立っていた。
「The last person.」
男はそう言った。俺は彼の左胸に白くSCP財団のマークが記されていた。俺は言った。
「てめぇ、SCP財団の野郎だな。俺が最後の一人だと?俺以外の組織員を全員殺してからその言葉を言え。」
「既にローランドとは話をつけてある。我々SCP財団とスピリットが協力し、ウイルスを共に
「名詞をくれ。」
「マフィアも名刺を取り扱うのか。驚きを隠せない。」
「マフィアを舐めんな。」
SCP財団の職員は俺に歩み寄り、胸ポケットから名刺を取り出した。
「SCP財団番外部門のトニー・ジャックマン博士と申す。そちらからも名刺を頂戴したい。」
「気難しい作業は時間の無駄だ。ローランド・マックデルの元へ向うとする。」
「社用車に乗ることをお奨めする。」
俺はトニー・ジャックマン博士の後を追い、黒い社用車に向かった。社用車は平らな鉄板を組み合わせた立方体だ。その車には気筒が12個も搭載されていて、屋根が一般的な木製ではなく鉄製のものであった。そのことから、SCP財団の技術力は相当なものであると分かる。社用車の中には、シドやルーク、カスパーといった、見慣れた面々が座っていた。シドは今にも一献傾けそうな顔をしながら、コルクを眺めていた。俺は社用車に乗り、SCP財団のサイトに向かった。トニー・ジャックマン博士はぎこちない手つきで社用車を起動した。俺はタバコを吸いながら退屈な時間をやり過ごした。
トニー・ジャックマン博士は言った。
「車から降りろ。」
含む一同は下車した。トニー・ジャックマン博士は言った。
「SCP財団は国家機密の組織だ。下車後は小声で話すようにしろ。スピリットにはサイトに向かってもらう。その後、倉庫に行き、例のウイルスのワクチンが内蔵されている箱を全て持ち運んでくれ。」
俺はシドやルークといったユニットのメンバーと合流し、サイトに向かった。シドは言った。
「我らがシカゴ・スピリットとSCP財団が手を組むとは、あり得ない話だ。」
俺はシドを見つめた。
「ドミニックよ、何か起こったのか?」
「ドノヴァンの一件を思い出しただけだ。」
「思い出しただけじゃないだろう。最後まで言い切れ。」
「サイトでこのユニットのメンバーは虐殺されるんじゃないか?ドノヴァンの一件と今回の件を対比した時、共通点が多いことが分かる。」
ルークは言った。
「トニー・ジャックマンたる者が道を外れた。ここでユニットは虐殺されるかもしれない。」
カスパーは言った。
「SCP財団はいつも怪しげな雰囲気を醸し出している。ユニットが虐殺されることはあり得ない。」
「なら、何故トニー・ジャックマン博士は道を外れた?」
「SCP財団のサイトは、人にその存在を認知されながらも、中身については誰も知らない。そのため、若干道を外れた場所にサイトが建てられているのも無理はない。」
トニー・ジャックマン博士は言った。
「到着した。」
SCP財団のサイトはありきたりな工場の見た目をしていて、怪しい箇所は見当たらなかった。トニー・ジャックマン博士は懐から鍵を取り出し、サイトの内部に入った。俺たちも、それに続いて中に入った。彼はポケットから新たな鍵を取り出し、二重になっている扉を開いた。その行動が何回も繰り返された後、一同はサイトに入室した。彼はサイトの奥の倉庫を指差した。すると、SCP財団の若年のポストドクターが目の前に現れた。
「案内致す。」
一同はポストドクターの後に続いて歩いた。俺は、このサイトが永遠に広がっているかのように感じた。俺たちは倉庫に到着した。ポストドクターが、トニー・ジャックマン博士から授かったであろう鍵で倉庫を開いた。俺はワクチンが内蔵されている箱を3個持ち上げた。他の仲間も俺と同じ量の箱を持ち上げた。ポストドクターは言った。
「これより案内人はトニー・ジャックマン博士に置き換わる。」
トニー・ジャックマン博士は言った。
「ローランド・マックデル氏によれば、スピリットの年間のアルコール飲料の密輸量は6000万ガロンだ。その内の900万ガロンをSCP財団への投資に使っていただきたい。」
ルークは言った。
「投資だと?協力内容は病原菌の予防ではないのか?」
「言い方が飛躍した。すなわち、ワクチンの成分を900万ガロンの酒に投入して欲しい。」
シドは言った。
「酒の味は悪くなるばかりだ。しかも、900万ガロンだと?投資するにしては量が多過ぎる。」
「あなた方のボスが決定したことだ。投資は継続的に行ってもらう。必ず年内に済ますよう、そちらで密輸量を調整してもらいたい。」
「了解した。」
「では、スピリットに社用車を貸し出しす。その社用車にワクチンが格納された箱を置いてくれ。」
「了解した。」
ポストドクターは、トニー・ジャックマン博士から出口の鍵を授かり、俺たちと同行した。俺たちは箱を持ちながら出口に向かった。俺は、自分より歳が下なのにも関わらず、俺と同じ量の箱を持ち上げれるルークは中々素質があると思った。俺たちは何段階も鍵を使用しなければならない出口を潜り、出口の近くに停められていた社用車に乗り、箱を置いた。俺は運転席に座り、車のエンジンをかけ、速いスピードで道路を駆け抜けた。
後日、俺はシカゴ・スピリットの密造所を訪ねた。一見、人通りが少なく見えるが、酒目当ての客が意外といる。俺はワクチンを不思議そうに眺めているダルトンに声をかけた。
「何ヶ月ぶりだ?ダルトン。」
ダルトンは顔を上げて答えた。
「大体3ヶ月ぶりだ。調子はどうだ?」
「絶好調だ。ローランド・マックデルの件は存じているか?」
「存じているとも。彼の最後の戦闘に立ち会えなくて申し分ない。」
「それはローランドに言え。」
「君が新たなユニットを率いているという噂は本当か?」
「本当に決まっているだろ。」
「俺もそのユニットの一員になりたいが、このワクチン入り酒を大量生産しなければならない。全く、猫の手でも借りたい。」
「ワクチンの成分を投入した酒は美味いか?」
「美味い、不味いという二元論でこの酒の味わいを判断する行為は、まるで海を一杯の水で測ろうとするような愚行だ。香りの立ち方、舌の上で溶ける時間、喉を伝う余韻。酒は、それらが複雑に絡み合って初めて意味を成す。だから言うんだ。このワクチンは既存の尺度を超え、見慣れぬ杯を生み出してしまった。」
ダルトンの言葉に俺は笑いを抑えきれず、腹を抱えた。彼は自分が冗談を言ったとは露ほども思っておらず、数秒置いてからようやく顔を綻ばせた。
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