第二十二章 塵拾いが変えた世界(エピローグ)

それから、さらに五年が経った。


 清一——今や「環境衛生伯爵」の称号を持つ彼は、王国環境衛生局の初代局長に就任していた。


 かつての「塵拾いギルド」は、王国の正式な機関に昇格し、全土の環境問題を統括する組織となっていた。


 清一の執務室には、窓から王都の街並みが見える。


 澄んだ空気。清潔な街路。緑豊かな公園。


 十年前には想像もできなかった光景だ。


 ノックの音がして、扉が開いた。


 エルダが、入ってきた。


 今や彼女は、環境衛生局の副局長を務めている。かつての痩せ細った少女の面影はなく、凛とした女性に成長していた。


「局長。今日の予定です」


「ああ」


 清一は、書類を受け取った。


「午前は『緑区』復興記念式典。午後は、新設された南部支局の開所式——」


「忙しいな」


「いつものことです」


 エルダは、微笑んだ。


「でも——いい忙しさですよね」


「ああ。そうだな」


 清一は、窓の外を見た。


 十年前、この世界に転生したとき——自分がここまで来るとは、思っていなかった。


 塵拾いから始まって、ギルドを作り、聖堂と戦い、「緑区」を浄化し、王国を変えた。


 長い道のりだった。


 だが——


「……後悔は、ない」


「局長?」


「いや、独り言だ」


 清一は、立ち上がった。


 執務室の壁には、一枚の額縁が掛けられている。


 その中には、古びた写真——いや、この世界では「魔法記録画」と呼ばれるもの——が収められていた。


 写っているのは、清一とリーゼロッテ。そして、エルダ、トバル、フェリクス。


 「塵拾いギルド」の、最初の仲間たち。


「行くか」


 清一は、マントを羽織った。


 そして、執務室を出ていった。


   ◇


 「緑区」復興記念式典。


 かつて死んだ大地だった場所に、今は華やかな会場が設けられていた。


 数千人の民衆が集まり、音楽が流れ、料理が振る舞われている。


 清一は、壇上に立っていた。


 隣には、リーゼロッテ——今は「清一の妻」でもある——が立っている。


 そして、その向こうには——元気に走り回る、二人の子供たち。


「皆さん」


 清一は、マイクに向かって話し始めた。


「今日、私たちは『緑区』の復興を祝っています。十年前、この地は死んでいました。魔素に汚染され、人が住めなくなっていました」


 群衆が、静かに聞いている。


「ですが、今——この地は、蘇りました。緑が戻り、人々が戻り、命が戻りました」


 清一は、一呼吸置いた。


「これは、私一人の力ではありません。皆さんの力です。共に働き、共に戦い、共に希望を捨てなかった——全ての人々の力です」


 拍手が、沸き起こった。


「私は——かつて、塵拾いでした。社会の最底辺で、誰にも見向きもされずに働いていました。ですが——」


 清一は、微笑んだ。


「どんな仕事にも、価値がある。どんな人間にも、可能性がある。それを、私はこの十年で学びました」


 清一は、群衆を見渡した。


「皆さん。これからも——共に、歩んでいきましょう。より良い世界を、作るために」


 歓声が、広がった。


 清一は、壇上から下り、リーゼロッテの隣に立った。


「……いい演説だったわ」


「そうか?」


「ええ」


 リーゼロッテは、清一の手を握った。


「あなたは——本当に、変わったわね」


「変わったか?」


「ええ。十年前——最初に会ったとき、あなたは『俺に約束はできない』と言ったわ」


「……言ったな」


「でも、今は違う。あなたは——約束を、果たす人になった」


 清一は、微笑んだ。


「それは——お前のおかげだ」


「私の?」


「お前が——俺を、信じてくれたから」


 リーゼロッテは、清一を見つめた。


 そして——微笑んだ。


「これからも——共に、歩んでいきましょう」


「ああ」


 清一は頷いた。


   ◇


 夜。


 式典が終わり、清一は一人で丘の上に立っていた。


 見下ろすと、「緑区」の平原が広がっている。


 夜空には、二つの月が輝いている。


 ——異世界。


 清一は、今でもこの世界が「異世界」であることを忘れていない。


 自分が、四十二歳の中年男として、日本で死にかけていたことも。


 だが——


「……悪くなかったな」


 清一は呟いた。


 前の世界では、誰にも評価されず、誰にも感謝されない仕事を続けていた。


 この世界では——その仕事が、「価値」として認められた。


 その知識と経験が、人々を救う力になった。


「ゴミは宝だ」


 清一は、微笑んだ。


「そして——どんな仕事にも、誇りがある」


 それを、清一は二つの世界で学んだ。


 風が、穏やかに吹いている。


 清一は、夜空を見上げた。


 ——堂島清一という男は、この世界で生き続ける。


  塵拾いから始まり、世界を変えた男として。


  そして——誇りを持って、仕事を続けた男として。


 清一は、丘を下りていった。


 新しい一日が——始まろうとしていた。


(完)

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転生ゴミ収集人は最強の錬金術師〜現代の廃棄物処理技術で異世界の汚染危機を救います〜 もしもノベリスト @moshimo_novelist

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