第十七章 北からの報せ

「緑区」浄化プロジェクトが始動してから、半年が経った。


 清一は、王都から北へ三日の距離にある「緑区」の拠点で、作業を指揮していた。


 現在の進捗——浄化完了率、約三%。


「……遅い」


 清一は、地図を睨みながら呟いた。


 半年で三%。このペースでは、五年で十五%にしかならない。


 目標達成には、程遠い。


「レイドさん」


 トバルが、報告書を持ってきた。


「今月の作業報告です。新しい班が三つ立ち上がり、処理速度は先月比で一・五倍になりました」


「一・五倍か……」


 それでも、足りない。


 問題は、「魔素汚染」の深刻さだった。


 周辺の農地と違い、「緑区」の中心部は汚染が深く浸透している。表層を浄化しても、地下水から新たな汚染が湧き上がってくる。


 まるで、傷口から血が止まらないように。


「汚染の『源』を、断たなければ——」


 清一は、地図の中心を指さした。


「ここだ。旧魔術研究施設。汚染は、ここから広がっている」


「ですが、あの場所は——」


 トバルの顔が、曇った。


「危険すぎます。魔素濃度が高すぎて、長時間の滞在は不可能だと——」


「分かっている」


 清一は頷いた。


 旧魔術研究施設——十年前に閉鎖された、かつての王国最大の魔術研究機関。そこで行われていた実験が暴走し、今の「魔素汚染」を引き起こした。


 施設自体は封印されているが、内部から魔素が漏れ続けている。


 これを止めなければ、いくら周囲を浄化しても意味がない。


「調査に行く」


「レイドさん!」


「俺一人で行く。お前たちは、ここでの作業を続けてくれ」


 清一は、マントを羽織った。


「三日で戻る」


   ◇


 旧魔術研究施設は、「緑区」の最奥部にあった。


 かつては堂々とした建物だったのだろう。だが、今は崩れかけた廃墟と化している。壁は黒く変色し、窓ガラスは全て割れている。


 そして——


『空気中魔素濃度:120ppm 極度の危険域 滞在可能時間:15分以内推奨』


 清一の「分解鑑定」が、赤い警告を発した。


 これは、予想以上だ。


 十五分しか滞在できないなら、詳細な調査は不可能だ。


 だが——


 清一は、施設の入口に向かった。


 封印は、既に緩んでいた。十年の歳月が、封印を風化させたのだろう。


 中に入ると、暗闘が広がっていた。


 懐中灯代わりの魔石ランプを灯し、奥へと進む。


 廊下には、実験器具の残骸や、朽ちた家具が散乱している。壁には、何かの呪文らしき文字が刻まれているが、意味は分からない。


 そして——


 施設の最奥部に、それはあった。


 巨大な炉。


 高さ五メートルほどの、金属製の構造物。表面には複雑な紋様が刻まれ、内部から淡い光が漏れている。


 そして——その光から、膨大な魔素が放出されていた。


『物体分析中……結果:古代遺物「終末の炉」 製造年代:推定1200年前 機能:魔素生成 現状:暴走中』


 清一は、息を呑んだ。


 「終末の炉」。


 そんな名前の遺物が、ここにあったのか。


 十年前の実験——それは、この「炉」を起動させようとしたものだったのだろう。そして、起動に成功したが、制御に失敗し——暴走した。


 以来、この「炉」は、止まることなく魔素を放出し続けている。


 これが、「緑区」の汚染の根源だ。


「……止められるか?」


 清一は、「分解鑑定」を炉に向けた。


 情報が、次々と表示される。


『構造解析中……コア部分:魔素結晶(超高純度) 外殻:魔法金属合金 安全停止手順:不明 強制停止リスク:爆発の可能性あり』


 強制停止は、危険すぎる。


 だが、このまま放置すれば——汚染は永遠に続く。


「……時間が必要だ」


 清一は呟いた。


 この「炉」の構造を、完全に解析しなければならない。どうすれば安全に停止できるか——その方法を、見つけ出さなければならない。


 だが、それには時間がかかる。


 そして、この場所に長時間滞在することは——


『滞在時間警告:10分経過 即時退避を推奨』


 清一は、施設から退出した。


 外に出ると、新鮮な空気が肺を満たした。


 といっても、「緑区」の空気も汚染されているが——施設内部に比べれば、遥かにマシだ。


「……リーゼロッテ殿下に、報告しなければ」


 清一は、拠点に向かって歩き出した。


 「緑区」の浄化は——想像以上に困難だった。


 だが、道は見えた。


 「終末の炉」を止める。それが、この戦いの最終目標だ。

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