第十四章 聖堂の反撃
清一の「公開実験」は、王都の中央広場で行われた。
日程は、三日後。
その告知は、「塵拾い新聞」を通じて王都中に広まった。
「聖堂の浄化と、塵拾いギルドの土壌改良——どちらが効果的か、公開実験で証明します。当日、どなたでも見学可能。結果は、あなた自身の目でお確かめください」
この告知は、瞬く間に話題となった。
民衆は、半信半疑ながらも興味を示した。
「塵拾いの兄ちゃん、本気か?」
「聖堂様と勝負するってことか?」
「見ものだな……行ってみるか」
当日、広場には数千人の群衆が集まった。
清一は、広場の中央に立った。
その周囲には、ギルド員たちが並んでいる。エルダ、トバル、そしてフェリクス——彼は、聖堂を離れ、正式にギルドに加わっていた。
広場の反対側には、聖堂の一団がいた。
ヴァルドルフ本人は来ていない。だが、彼の代理として、高位の浄化師が派遣されていた。
そして——
群衆の中に、リーゼロッテの姿があった。
お忍びでの来場だ。王女としてではなく、一人の観客として、この「勝負」を見届けようとしている。
「では、始めます」
清一は、広場全体に向かって声を張り上げた。
「本日の実験は、同じ汚染土壌を、聖堂の浄化と私の土壌改良で処理し、その効果を比較するものです」
清一は、二つの木箱を指さした。
「この二つの箱には、『緑区』から採取した同じ土壌が入っています。魔素濃度は、どちらも約四十五ppm。人体に危険なレベルです」
群衆が、ざわめいた。
「まず、聖堂の浄化をお願いします」
清一は、聖堂の浄化師に向かって頭を下げた。
浄化師は、傲慢な表情で前に出た。
「見ておれ、塵拾いども。これが——神の業だ」
浄化師は、両手を木箱の上にかざした。
口の中で呪文を唱え始める。
数秒後——
浄化師の手から、白い光が放たれた。
神々しい光が、木箱の土壌を包み込む。
群衆から、感嘆の声が上がった。
「おお……」
「これが、浄化……」
「神聖だ……」
光が消えると、浄化師は満足げに頷いた。
「終わった。見よ」
清一は、木箱に近づき、土壌を手に取った。
分解鑑定が、情報を表示する。
『土壌魔素濃度:45ppm → 3ppm 浄化率:93%』
確かに、効果はあった。
たった数秒で、魔素濃度を十五分の一にまで下げている。これが、聖堂の「浄化」の力だ。
「素晴らしい」
清一は、正直に評価した。
「聖堂の浄化は、確かに効果があります。即効性という点では、私の技術は及びません」
群衆が、どよめいた。
聖堂の一団は、勝ち誇った表情を浮かべている。
「では——」
清一は、もう一つの木箱の前に立った。
「私の方法を、お見せします」
清一は、三種類の粉末を取り出した。
王宮で国王に見せたのと、同じものだ。
「まず、中和剤」
粉末を振りかける。
「次に、吸着剤」
二番目の粉末を振りかけ、混ぜる。
「最後に、生物分解促進剤」
三番目の粉末を投入。
土壌が、わずかに熱を帯び始めた。
「以上です」
清一は、群衆に向かって言った。
「私の方法は、即効性がありません。効果が現れるまで、数日から一週間かかります」
群衆が、ざわめいた。
「じゃあ、聖堂の勝ちじゃないか」
「何が証明だよ」
「やっぱり、神様の力には敵わないんだ」
清一は、手を挙げて群衆を静めた。
「ですが——費用が違います」
清一は、黒板を持ち出した。
そこには、二つの数字が書かれていた。
「聖堂の浄化(金貨五十枚分の土壌):金貨五十枚」
「土壌改良(同量):金貨一枚」
「五十倍の差です」
清一は言った。
「聖堂の浄化は、確かに速い。ですが——金貨五十枚を払える人が、どれだけいますか?」
群衆が、静まり返った。
「私の方法は、遅い。ですが——金貨一枚なら、多くの人が払えます。そして、結果は同じです。汚染された土地が、再び使えるようになる」
清一は、群衆を見回した。
「皆さんに、選んでいただきたい。速くて高い方法を選ぶか。遅くて安い方法を選ぶか——それは、皆さん自身が決めることです」
沈黙が、広場を支配した。
そして——
「俺は、塵拾いの方がいい」
群衆の中から、声が上がった。
「金貨五十枚なんて、払えるわけがない。金貨一枚で同じ結果が出るなら——そっちの方がいいに決まってる」
「俺も」
「私も」
「うちの村も、塵拾いギルドに頼みたい」
次々と、声が上がった。
聖堂の一団の顔色が、変わった。
浄化師が、叫んだ。
「待て! 塵拾いの方法は、神への冒涜だ! 神の業を、卑しい技術で置き換えるなど——」
「冒涜ではありません」
清一は、静かに言った。
「私は、神を否定していない。ただ——『選択肢』を増やしているだけです」
清一は、群衆に向かって言った。
「聖堂の浄化が必要な人も、いるでしょう。それは構いません。ですが——私の方法を選びたい人も、いるはずです。その人たちに——選ぶ権利を、与えたいのです」
広場が、静まり返った。
そして——拍手が起きた。
最初は一人。次に十人。百人。千人——
やがて、広場全体が、拍手に包まれた。
清一は、その拍手を浴びながら、静かに立っていた。
これが、「世論」の力だ。
論理と証拠だけでは、人の心は動かない。
だが、「選択肢を与える」という姿勢——それは、人の心に響く。
清一は、群衆の中のリーゼロッテを見た。
王女は、涙を浮かべながら、拍手を送っていた。
◇
公開実験の後、情勢は一変した。
民衆の支持は、完全に清一の側に傾いた。
聖堂への不信感は頂点に達し、ヴァルドルフは追い詰められていた。
だが——
追い詰められた獣は、最も危険だ。
公開実験から三日後。
清一の元に、一通の書状が届いた。
差出人は——大司教ヴァルドルフ。
内容は、簡潔だった。
「レイド殿。直接お話ししたいことがあります。明日の夜、聖堂の本殿でお待ちしています。一人でお越しください」
清一は、その書状を見つめた。
罠だ。
それは、明らかだった。
だが——
清一は、行くことを決めた。
これを終わらせるために。
(第二部 不浄を清める者 了)
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