第十三章 世論という武器

カシウスの逮捕から一ヶ月が経った。


 王国は、激震に見舞われていた。


 聖堂の不正送金疑惑。暗殺未遂事件。そして——「浄化利権」の実態。


 これらの情報が、「塵拾い新聞」を通じて民衆に広まり、聖堂への信頼は地に落ちていた。


 街角では、人々が噂話に興じていた。


「聖堂様は、俺たちの献金を、よその国に流してたのか?」


「浄化の金も、結局は聖堂の懐に入ってただけってことか」


「塵拾いの兄ちゃんが、全部暴いたらしいぜ」


 清一の名は、もはや王都の誰もが知るところとなっていた。


 だが、彼自身は浮かれていなかった。


「これで終わりじゃない」


 清一は、ギルドの本部で言った。


「カシウスは逮捕された。だが、ヴァルドルフはまだ自由だ。そして——聖堂の力は、王国内に深く根を張っている」


「どういうことですか?」


 エルダが訊いた。


「ヴァルドルフは、必ず反撃してくる。今は押されているように見えても——彼には、まだ切り札がある」


「切り札?」


「民衆の『信仰』だ」


 清一は、窓の外を見た。


「聖堂は、何百年もかけて、民衆の心に『信仰』を植え付けてきた。論理や証拠では——その『信仰』を簡単には覆せない」


 その言葉は、やがて現実のものとなった。


   ◇


 カシウス逮捕から二ヶ月後。


 ヴァルドルフは、王都の大聖堂で「説教」を行った。


 何千人もの信者が集まる中、大司教は高らかに宣言した。


「神の怒りが、王国に下ろうとしている!」


 その声は、聖堂の天井に響き渡った。


「塵拾いの邪悪な者が、聖堂を攻撃し、神の業を侮辱した。王はそれに与し、聖堂の正義を踏みにじった。このままでは——王国は、神罰によって滅びるであろう!」


 集まった信者たちの間に、恐怖が広がった。


「神罰……」


「王様は、間違ったことをしたのか……」


「聖堂様を敵に回したら、どうなる……」


 ヴァルドルフは、畳みかけた。


「しかし、神は慈悲深い! 今ならば、まだ間に合う! 塵拾いの邪悪な者を排除し、聖堂への信仰を新たにすれば——神は、王国を赦してくださるであろう!」


 群衆から、歓声が上がった。


「聖堂様、万歳!」


「塵拾いを追い出せ!」


「神の怒りを鎮めてください!」


 その夜から、清一への攻撃が始まった。


 ギルドの本部に石が投げ込まれた。ギルド員が、道端で暴行を受けた。取引先の商人が、「塵拾いとの取引は打ち切る」と通告してきた。


 「世論」という武器は——両刃の剣だった。


 清一が聖堂を攻撃するために使った「世論」が、今度は聖堂によって、清一を攻撃するために使われている。


「どうすればいいのか……」


 エルダは、途方に暮れた顔で言った。


「せっかくここまで来たのに……全部、崩れてしまう……」


「崩れない」


 清一は、静かに言った。


「崩れさせない」


「でも、民衆が聖堂の味方をしたら——」


「民衆は、『真実』を知らないだけだ」


 清一は、立ち上がった。


「だから——『真実』を見せる」


「真実?」


「聖堂の『浄化』が、本当に神の業なのか——それを、民衆の目の前で、証明する」


 清一の目に、決意の光が宿った。


「公開実験を、やる」

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