第十二章 暗殺者の夜・再び
フェリクスを匿ってから一週間後。
清一は、彼の協力を得て、聖堂の内部資料の分析を進めていた。
フェリクスが持ち出した文書——経理記録の一部——は、聖堂の「送金」の実態を示す貴重な証拠だった。
だが、それだけでは足りない。
送金の「目的」を示す文書が、必要だった。
それがなければ、聖堂は「正規の献金だ」と言い逃れできる。
「浄化師団の本部に、そういった文書が保管されているはずです」
フェリクスは言った。
「ですが、厳重に管理されています。私のような下級司祭には、近づくことすら——」
「分かった」
清一は頷いた。
「方法は、考える」
その夜——
清一は、ギルドの本部で一人、資料を整理していた。
エルダたちは既に帰宅し、建物には清一しかいない。
夜更けの静寂の中、ペンを走らせる音だけが響いていた。
その時——
窓ガラスが、割れた。
清一は、反射的に机の下に身を隠した。
直後、部屋の中に黒い影が飛び込んできた。
三人。全員が覆面をし、短剣を構えている。
「塵拾いの親玉は、どこだ」
低い声。男だ。
清一は、息を殺して机の下から様子を窺った。
暗殺者たち——間違いない。聖堂の刺客だ。
フェリクスを匿っていることが、知られたのだろう。
「いないな……」
「探せ。どこかに隠れているはずだ」
足音が、部屋の中を移動する。
清一は、机の下で考えを巡らせていた。
三対一。しかも、相手は武器を持っている。正面から戦えば、勝ち目はない。
だが——
清一の目が、部屋の隅に積まれた樽に止まった。
あれは——「消臭剤」の原料だ。硫黄と、いくつかの化合物を混ぜたもの。刺激臭があり、目に入れば——
清一は、机の下から手を伸ばし、近くにあった石を掴んだ。
そして、樽に向かって投げた。
石が樽に当たり、蓋が外れる。
同時に、清一は叫んだ。
「伏せろ! 爆発するぞ!」
暗殺者たちが、反射的に顔を覆った。
その隙に、清一は机の下から飛び出し、樽の方へ走った。
樽を蹴り倒す。
中の粉末が、室内に飛び散った。
硫黄の刺激臭が、一瞬で部屋中に充満する。
「がっ……!」
暗殺者たちが、咳き込みながらよろめいた。
目を押さえ、鼻を押さえ——戦闘どころではなくなっている。
清一は、その隙に窓から飛び出した。
夜の闘が、彼を包み込んだ。
◇
清一は、夜通し王都を逃げ回った。
追手の気配は、何度も感じた。だが、二十年の現場経験で培った体力と判断力が、辛うじて逃げ切らせてくれた。
夜明け前、清一は王城に辿り着いた。
リーゼロッテの私庭——あの「離れの庭園」だ。
「レイドさん!」
王女は、清一の姿を見て顔を蒼白にした。
「何があったのですか!」
「……襲われました」
清一は、息を切らせながら答えた。
「聖堂の刺客です。おそらく——フェリクスのことが、知られた」
「フェリクスさんは?」
「別の場所に隠してあります。無事だと思いますが——」
清一は、壁にもたれかかった。
疲労が、一気に押し寄せてきた。
「……カシウスは、本気だ」
清一は呟いた。
「俺を、殺そうとしている」
「許せません」
リーゼロッテの声が、震えていた。
「王国公認の技術者を暗殺しようとするなど——これは、王家への反逆です」
「ですが、証拠がない」
清一は、苦い笑みを浮かべた。
「暗殺者たちは覆面をしていた。聖堂との繋がりを示すものは——」
その時、清一は自分の懐に手を入れた。
あの夜、最初にトバルたちが襲われた時に拾った金属片——聖堂製の短剣の破片。
それが、まだ残っていた。
「……いや」
清一の目に、光が宿った。
「証拠は、ある」
「え?」
「殿下。王家の鑑定士を、呼んでいただけますか」
清一は、金属片を取り出した。
「これが、聖堂製であることを——公式に証明してもらいたい」
◇
三日後。
王家の鑑定士による正式な報告書が、国王に提出された。
金属片は、間違いなく「聖都鍛冶ギルド」製の短剣の一部であり、聖堂以外には流通していない特殊な合金で作られていた。
これを持っていたのは、聖堂の人間以外にあり得ない——それが、鑑定士の結論だった。
同時に、清一は別の証拠を提出した。
フェリクスが持ち出した経理記録。
そして、商人たちの証言をまとめた文書。
これらを総合すれば——聖堂が、暗殺者を送り込んだことは、ほぼ確実だった。
国王アルベルト三世は、報告書を読み、沈黙した。
そして——
「大司教ヴァルドルフを、呼べ」
◇
大広間で、再び対峙が始まった。
国王の前に、ヴァルドルフとカシウスが立っている。
清一は、リーゼロッテの隣に控えていた。
「大司教」
国王の声は、冷たかった。
「塵拾いギルドの長、レイドが暗殺されかけた。その刺客が使っていた武器は——聖堂製のものだった」
「陛下、それは——」
「言い訳は聞かない」
国王は、ヴァルドルフの言葉を遮った。
「私が聞きたいのは、一つだけだ。聖堂は、王国公認の技術者を殺そうとしたのか——否か」
沈黙が落ちた。
ヴァルドルフの顔が、わずかに歪んだ。
だが、彼は冷静を装って答えた。
「陛下。武器の出所だけで、聖堂の関与を断定することはできません。盗まれた可能性、偽造の可能性——」
「では、これはどう説明する」
国王は、フェリクスの経理記録を突きつけた。
「聖堂から聖都への、不正な送金記録だ。年間金貨八千枚以上——王国の民から集めた『献金』が、国外に流出している」
ヴァルドルフの顔が、蒼白になった。
「これは……どこから……」
「出所は問題ではない」
国王は、立ち上がった。
「問題は——聖堂が、王国と民を裏切っていたことだ」
大広間が、ざわめいた。
「私は、決断する」
国王は宣言した。
「浄化師団副長カシウスを、職務停止とする。暗殺未遂の疑いで、取り調べを行う」
カシウスの顔が、歪んだ。
「陛下、お待ちください——」
「黙れ」
国王の声が、鋭く響いた。
「そして、大司教ヴァルドルフ」
「……はい」
「聖堂の財務に関して、王家による監査を行う。不正が確認された場合——相応の処分を下す」
ヴァルドルフは、何も答えなかった。
ただ、清一を睨みつけていた。
その目には——殺意が宿っていた。
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