第十章 王宮への召喚

異端審問の騒動から一週間後。


 清一は、王城の大広間に立っていた。


 正式な「環境諮問会議」——国王アルベルト三世臨席のもとで開かれる、王国の環境政策を議論する場だ。


 清一が招かれた理由は、表向きは「塵拾いギルドの活動報告」だった。だが、実際には——聖堂と王女の対立を、国王の前で決着させるための場だった。


 大広間には、王国の重臣たちが居並んでいた。


 右側に、リーゼロッテ王女とその支持者たち。


 左側に、大司教ヴァルドルフとカシウス、そして聖堂の高位聖職者たち。


 中央の玉座に、国王アルベルト三世。


 六十代の、白髪の痩せた男だった。目には疲れの色が濃く、病を抱えているのかもしれない。王冠の重みに、押しつぶされそうな——そんな印象を受けた。


「塵拾いギルドの長、レイド。前へ」


 宰相の声が響いた。


 清一は、一歩前に出た。


 周囲から、好奇と侮蔑の視線が注がれる。塵拾いが王城の大広間に立つ——それは、この国の歴史で初めてのことだった。


「レイドと申します。本日は、お招きいただき光栄です」


 清一は、深く頭を下げた。


「貴様の『活動』について、説明を聞かせてもらおう」


 大司教ヴァルドルフが、冷たい声で言った。


 七十代の老人。痩せた体躯に、金糸で縁取られた豪華な法衣。そして——目。獲物を狙う蛇のような、冷酷な目。


「聖堂の神聖なる業を模倣し、民衆を惑わしているそうだな」


「模倣ではありません」


 清一は、臆することなく答えた。


「私が行っているのは『土壌改良』です。浄化ではありません」


「屁理屈を——」


「屁理屈ではありません」


 清一は、ヴァルドルフの言葉を遮った。


「浄化は、魔法を用いて魔素を消滅させる業です。私の技術は、魔法を使いません。物理的・化学的・生物学的な手段で、魔素を除去・分解する——全く異なるアプローチです」


 大広間が、ざわめいた。


 塵拾いが、大司教に言い返した——その事実自体が、衝撃だったのだろう。


「しかし、結果は同じではないか」


 ヴァルドルフは、目を細めた。


「汚染された土地を、再び使えるようにする。それを世間は『浄化』と呼ぶ。お前がどう言い繕おうと——」


「お言葉ですが、大司教様」


 清一は、静かに反論した。


「結果が同じであれば、過程は問わない——そういうお考えでしょうか?」


「何?」


「例えば、病気を治す方法は一つではありません。薬で治す方法もあれば、手術で治す方法もある。祈祷で治す方法もあるかもしれない——ですが、それらを全て『同じ』と呼ぶのは、適切でしょうか」


 ヴァルドルフの目が、鋭くなった。


「私は、新しい『治療法』を提案しているだけです。聖堂の浄化を否定しているわけではない。ただ——選択肢を増やしたいと思っているのです」


 沈黙が落ちた。


 国王が、初めて口を開いた。


「……なるほど。興味深い話だ」


 アルベルト三世の声は、意外なほど穏やかだった。


「レイドとやら。お前の『技術』を、実際に見せることはできるか」


「はい、陛下」


 清一は頷いた。


 そして、懐から小さな袋を取り出した。


「これは、『緑区』から採取した汚染土壌です。許可をいただければ——この場で、浄化の工程をお見せします」


 大広間が、再びざわめいた。


 ヴァルドルフの顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。


「陛下、そのようなものを王城に持ち込むとは——」


「許可する」


 国王は、短く言った。


「見せてみろ、レイド」


   ◇


 清一は、床に土壌を広げた。


 黒ずんだ、死んだような土。分解鑑定の情報が、視界に浮かぶ。


『土壌魔素濃度:45ppm 危険域』


 清一は、懐から数種類の粉末を取り出した。


「まず、化学的な中和剤を投入します。これは、魔素と結合して不活性化させる物質です」


 粉末を土壌に振りかける。


「次に、吸着剤です。不活性化した魔素を、物理的に吸着します」


 別の粉末を振りかけ、土壌と混ぜ合わせる。


「最後に、生物分解促進剤です。これは、微生物の活動を活性化させ、残留した有機汚染物を分解します」


 三番目の粉末を投入。


 土壌が、わずかに熱を帯び始めた。微生物が活性化している証拠だ。


「このまま一日放置すれば、魔素濃度は半分以下になります。一週間で、ほぼゼロに」


 清一は、立ち上がった。


「これが、私の『土壌改良』です」


 大広間は、静まり返っていた。


 誰もが、目の前で起きたことを信じられない——という表情を浮かべている。


 国王アルベルト三世は、玉座から身を乗り出した。


「……魔法を、使っていないのか」


「はい、陛下。全て、『物質』の力です」


「それで——聖堂の浄化と同じ結果が得られると」


「時間はかかります。聖堂の浄化が即効性であるのに対し、私の方法は数日から数週間を要します。ですが——費用は、五十分の一以下です」


 国王は、しばらく無言で土壌を見つめていた。


 そして——


「大司教」


 国王が、ヴァルドルフに向き直った。


「聖堂は、この『技術』について、どう考える」


 ヴァルドルフの顔は、蒼白だった。


 だが、彼は冷静を装って答えた。


「陛下。これは、所詮は『模倣』に過ぎません。聖堂の浄化は、神の恩寵によるもの。塵拾いの小細工とは、格が違います」


「格の話をしているのではない」


 国王の声に、鋭さが混じった。


「効果の話をしているのだ。この技術が、費用対効果において聖堂を上回るなら——王国としては、これを活用しない理由がない」


 ヴァルドルフの目が、鋭くなった。


「陛下。聖堂の浄化を軽視されるのであれば——神の怒りを招きかねませんぞ」


 脅しだ。


 あからさまな、政治的脅迫。


 だが、国王は動じなかった。


「神の怒り、か」


 アルベルト三世は、疲れたような微笑を浮かべた。


「大司教。私は長年、神に祈ってきた。王国の繁栄を。民の幸福を。だが——神は、何も応えてくれなかった」


「陛下——」


「私が見てきたのは、神の恩寵ではない。民の苦しみだ」


 国王は、立ち上がった。


「『緑区』の汚染は、十年も放置されている。なぜか? 聖堂が、法外な費用を要求するからだ。その間に、どれだけの民が土地を捨て、どれだけの命が失われたか——大司教は、知っているか」


 ヴァルドルフは、何も答えなかった。


「私は、決断する」


 国王は、大広間全体に向かって宣言した。


「塵拾いギルドの長、レイドの活動を——『王国公認の環境技術』として認める」


 大広間が、どよめいた。


「ただし」


 国王は続けた。


「聖堂の浄化を否定するものではない。両者は、共存すべきである。それぞれの長所を活かし、民のために——最善を尽くしてもらいたい」


 国王は、清一とヴァルドルフを交互に見つめた。


「これは、命令だ。異論は、認めない」


   ◇


 会議が終わった後、清一は王城の廊下を歩いていた。


 リーゼロッテが、隣を歩いている。


「よくやりましたね、レイドさん」


 王女は、微笑んでいた。


「王国公認——これで、聖堂も表立っては攻撃できなくなります」


「ですが、完全な勝利ではありません」


 清一は、冷静に答えた。


「『共存』という条件が付きました。聖堂の利権は、守られたままです」


「それでも、大きな一歩です」


 リーゼロッテは言った。


「一年前、あなたは塵拾いでした。今は、王国公認の技術者です。この変化は——奇跡に近い」


「奇跡ではありません」


 清一は、廊下の窓から外を見た。


 王都の街並みが広がっている。その向こうに、北の空——「緑区」のある方角。


「ただの、第一歩です」


 まだ、やるべきことは山ほどある。


 「緑区」の浄化。王子の治療。そして——聖堂の利権構造の打破。


 だが、今日の勝利は確かに大きい。


 これで、戦う基盤ができた。


 清一は、静かに拳を握りしめた。


 戦いは、これからだ。

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