第七章 塵拾いギルドの設立

それから二ヶ月が経った。


 清一の「土壌改良」の成功は、瞬く間に王都周辺に広まった。


 ゲルトの村の畑が蘇ったという話は、口から口へと伝わり、やがて「塵拾いが聖堂に頼らず土地を浄化した」という噂となって、王都の隅々にまで届いた。


 結果として、二つのことが起きた。


 一つは、依頼の殺到。


 周辺の農村から、「うちの畑も見てほしい」「井戸が汚染されている」「家畜が病気になった」——次々と相談が舞い込んできた。


 清一の工房は、もはや「廃棄物処理」だけでは手が回らない規模になっていた。


 もう一つは、聖堂からの圧力。


 カシウスは、表立って清一を攻撃することは避けていた。だが、その代わりに、じわじわと締め上げを始めていた。


 取引先への「忠告」。「あの塵拾いと付き合うと、聖堂の心証を悪くする」——そんな噂が、商人たちの間に流れ始めた。


 ハルトマン商会との契約は継続していたが、他の商会の中には、清一との取引を打ち切る者も出てきた。


「やられたな」


 清一は、工房の椅子に座りながら呟いた。


 正面攻撃ではなく、兵糧攻め。清一の収入源を断ち、じわじわと追い詰める戦略だ。


 悪くない手だ。清一も、同じ立場なら同じことをする。


 だが——


「負けるわけには、いかない」


 清一は立ち上がった。


「エルダ、トバル。全員を集めてくれ」


   ◇


 工房に、十五人の男女が集まった。


 清一が雇い入れた元塵拾いたち。最初は五人だったが、評判を聞いて集まってきた者が増え、今や十五人の「従業員」を抱えるまでになっていた。


 全員が、不安げな顔で清一を見つめている。


 聖堂からの圧力の噂は、彼らの耳にも届いていた。


「単刀直入に言う」


 清一は、全員の顔を見回しながら言った。


「聖堂から、圧力がかかっている。このままでは、俺たちの商売は立ち行かなくなる」


 ざわめきが広がった。


「だが、俺は諦めない」


 清一は続けた。


「聖堂が俺たちを潰そうとするのは、俺たちが『脅威』だからだ。俺たちの技術が、彼らの利権を脅かしているからだ。それは——俺たちが正しい方向に進んでいる証拠だ」


 静寂が戻った。


 十五人の目が、真剣に清一を見つめている。


「俺は、ここで——新しい組織を作りたい」


 清一は言った。


「名前は、『塵拾いギルド』。俺たちのような仕事を、正式な職業として認めさせるための組織だ」


 「ギルド」——その言葉に、何人かが息を呑んだ。


 この世界では、「ギルド」は特定の職業に従事する者たちの互助組織であり、同時に社会的な地位を保証する機関でもある。商人ギルド、職人ギルド、冒険者ギルド——それらは、王国の法によって公認された「正式な」組織だ。


 だが、塵拾いには——当然ながら、ギルドなど存在しない。


「無理です、レイドさん」


 トバルが、首を横に振った。


「ギルドを作るには、王国の認可が必要です。塵拾いなんかに、認可が下りるはずが——」


「下りなければ、下りるようにする」


 清一は言い切った。


「俺たちの仕事が、この社会にとって必要不可欠であることを——証明してやる」


 沈黙が落ちた。


 清一は、一人一人の顔を見つめた。


「お前たちは、俺について来てくれた。塵拾いという仕事に、誇りを持とうとしてくれた。俺は、その信頼に応えたい」


 清一は、右手を差し出した。


「一緒に、この世界を変えよう。塵拾いが蔑まれるのではなく、尊敬される世界を——作ろう」


 長い沈黙の後——


 エルダが、最初に手を重ねた。


「私は、レイドさんについていきます」


 次に、トバルが。


「……馬鹿げた話だ。だが——馬鹿げたことをするのは、嫌いじゃない」


 一人、また一人。


 十五人全員の手が、重なった。


「よし」


 清一は、頷いた。


「では、今日から——俺たちは『塵拾いギルド』だ」


   ◇


 「塵拾いギルド」の活動は、急速に拡大していった。


 最初は清一の工房を拠点とした十五人だけだったが、噂を聞いた塵拾いたちが次々と参加を希望してきた。一ヶ月後には五十人、二ヶ月後には百人を超える組織になっていた。


 清一は、彼らを「班」に分けた。


 収集班——ゴミを集める。分別班——ゴミを分類する。精製班——価値ある素材を抽出する。そして、新設した「浄化班」——汚染された土地の再生を行う。


 各班には、リーダーを置いた。清一が一から十まで指示を出さなくても、組織が自律的に動く体制を整えた。


 現代日本の会社組織の仕組みを、この世界に移植したのだ。


 効果は、劇的だった。


 一人で作業するより、分業した方が効率がいい。当たり前のことだが、この世界の塵拾いたちは、それを知らなかった。


 そして、組織としてまとまることで、交渉力も生まれた。


 商人たちは、個人の塵拾いを相手にはしない。だが、百人規模の「ギルド」となれば——話は別だ。


 ハルトマン商会を筆頭に、複数の商会と正式な取引契約を結ぶことに成功した。


 収入は安定し、従業員——いや、「ギルド員」たちの生活は、以前とは比べ物にならないほど改善した。


「レイドさん、今日の売上です」


 エルダが、帳簿を持ってきた。


 彼女は今、「塵拾いギルド」の経理を担当している。ハルトマン商会での見習い経験が、ここで活きていた。


「総売上、銀貨八百七十三枚。経費を引いて、純利益は銀貨五百二十枚——金貨五枚と銀貨二十枚相当です」


 金貨五枚。


 月の純利益としては、まだ小さい数字だ。だが、かつては銅貨三枚を稼ぐのに汲々としていた塵拾いたちにとって——それは、天文学的な数字だった。


「よくやった」


 清一は頷いた。


「だが、まだ足りない」


「足りない?」


「王国の認可を得るには、金がいる。コネがいる。そして何より——実績がいる」


 清一は、窓の外を見た。


 王都の空に、夕焼けが広がっている。


「俺たちの存在が、この王国にとって『必要不可欠』であることを——王自身に、認めさせる」


 そのためには——


 もっと大きな仕事を、成功させなければならない。


   ◇


 翌日。


 清一の元に、一通の書状が届いた。


 差出人は——第三王女、リーゼロッテ。


 書状の内容は、簡潔だった。


『あなたの技術に、興味があります。お会いできませんか?』


 清一は、その書状を見つめながら、静かに笑った。


 来た。


 この一ヶ月、清一は待っていた。


 聖堂の浄化利権に疑問を持ち、新しい解決策を探している誰かが——自分に接触してくることを。


 第三王女、リーゼロッテ。


 噂では、王族の中でも「変わり者」として知られているという。社交界よりも書物を好み、民衆の暮らしに関心を持ち——そして、聖堂とは距離を置いているという。


 これは、チャンスだ。


 清一は、筆を取った。


 返事を書くために。


(第一部 塵拾いの目覚め 了)

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