第五章 再利用の錬金術

一ヶ月が経った。


 清一の生活は、転生当初とは比べ物にならないほど変化していた。


 灰色地区のボロ小屋から、商業区の外れにある小さな工房へ。ハルトマン商会から前借りした資金で借り受けた、六畳ほどの空間。そこが、清一の新たな「本拠地」となっていた。


 工房の中には、清一が一ヶ月かけて整備した設備が並んでいる。


 簡易的な炉。金属を溶かし、不純物を取り除くためのものだ。この世界の鍛冶屋が使うものとは違い、温度管理のための工夫が随所に施されている。現代日本の冶金技術を、この世界の材料で可能な限り再現したものだ。


 分別用の篩(ふるい)と容器。大きさや材質によって廃棄物を分類するための道具。これも、日本の産業廃棄物処理施設で使われていた原理を応用している。


 そして——堆肥化のための木箱。


 有機廃棄物を微生物の力で分解し、肥料に変える。「コンポスト」と呼ばれるこの技術は、現代日本では家庭でも普及している。だが、この世界では——


「すごい……本当に、匂いが変わってきましたね」


 エルダが、木箱の中を覗き込みながら言った。


 彼女は今、ハルトマン商会の見習いとして働きながら、空いた時間に清一の工房を手伝っている。弟のトーマは、薬のおかげで容体が安定していた。


「微生物の働きだ。有機物を分解して、植物の栄養になる物質に変える」


 清一は説明した。


「この世界では、汚染された土地は『浄化』するか、放棄するかの二択だと思われている。だが、本来は——土壌を『再生』することができる」


「再生……」


 エルダは、その言葉を噛みしめるように繰り返した。


「聖堂様の浄化じゃなくても……できるんですか?」


「ああ。時間はかかる。でも、できる」


 清一は、工房の窓から外を見た。


 一ヶ月前、あの「緑区」で採取してきた土壌サンプルが、今この工房にある。清一は、毎日少しずつ、その土壌の「浄化」を試みていた。


 魔素を物理的に除去する。有機物を分解する。必要な栄養素を補う。


 気が遠くなるような作業だ。だが——


『土壌魔素濃度:47ppm → 31ppm』


 分解鑑定が表示する数値は、確実に改善していた。


 一ヶ月で、三分の一以上の魔素を除去できている。このペースなら、半年もあれば——


「レイドさん」


 エルダの声で、清一は思考を中断した。


「誰か、来たみたいです」


 工房の扉がノックされた。


 開けると、ハルトマン商会の番頭が立っていた。


「レイド。主人がお呼びだ」


「何か、問題でも?」


「いや……」


 番頭は、複雑な表情を浮かべた。


「聖堂から、人が来ている」


   ◇


 ハルトマン商会の応接室。


 清一が通されたその部屋には、ハルトマンと——白い法衣を纏った男がいた。


 一ヶ月前、「緑区」で清一を追い払った、あの下級司祭ではない。この男の法衣には、金糸の刺繍が施されている。位階が高いことを示す印だ。


「こちらが、レイドです」


 ハルトマンが紹介すると、法衣の男はゆっくりと清一を見つめた。


 四十代後半か。知性的だが、冷たい目。笑みを浮かべてはいるが、その奥には何も感情がない——そういう目だ。


「君が、噂の『塵拾いの目利き』か」


 男の声は、穏やかだった。だが、その穏やかさの裏に、刃のような鋭さが潜んでいる。


「噂、ですか」


「ああ。商業区ではもう、知らぬ者がいないほどだ。廃棄物の中から、驚くほどの価値を見つけ出す塵拾い。その名は、レイド——とね」


 男は、にこりと笑った。


「私は、聖堂のカシウスという。浄化師団の副長を務めている」


 浄化師団。


 清一は、その名前を覚えていた。聖堂の中でも、「浄化」を専門に行う組織。王国の環境問題——つまり魔素汚染——に対処する権限を持つ、事実上の「独占機関」だ。


「どのようなご用件で」


 清一は、あえて低姿勢を保ちながら訊いた。


「いや、大したことではない」


 カシウスは、手を振った。


「ただ、少し——君の『技術』について、話を聞きたいと思ってね」


「技術、ですか」


「ああ。聞くところによると、君は——廃棄物を『加工』して、価値を高める方法を知っているとか。それは、なかなか興味深い話だ」


 カシウスの目が、一瞬だけ鋭くなった。


「もしかして、その技術は——『浄化』にも、応用できるのかな?」


 空気が、凍りついた。


 ハルトマンが、わずかに身じろぎする。


 清一は、カシウスの目を見つめ返した。


 試されている。


 この男は、清一が何を企んでいるかを疑っている。「廃棄物処理」という名目の裏で、聖堂の「浄化利権」を脅かそうとしているのではないか——と。


 だが、清一には、まだ証拠がない。この段階で聖堂と対立するのは、得策ではない。


「いえ」


 清一は、首を横に振った。


「私の技術は、あくまで『廃棄物の再利用』です。浄化は、聖堂様の神聖なる業。私のような者には、手も足も出ません」


 カシウスは、しばらく清一を見つめていた。


 そして——笑った。


「そうか。それは残念だ」


 その笑顔には、嘘が滲んでいた。


「まあ、今日は挨拶だ。これからも、精進してくれたまえ」


 カシウスは立ち上がり、応接室を出ていった。


 その背中が廊下に消えるまで、清一は動かなかった。


「……レイド」


 ハルトマンが、低い声で言った。


「聖堂に目をつけられたぞ」


「分かっています」


「分かっているなら——気をつけろ。聖堂の『浄化利権』は、この国の闇だ。それに手を出す者は——消される」


 清一は、頷いた。


 だが、心の中では別のことを考えていた。


 カシウスは、「挨拶」と言った。だが、あれは挨拶ではない。「警告」だ。


 聖堂は、清一を監視し始めた。


 つまり——清一の存在が、聖堂にとって「脅威」になり得ると、認識されたということだ。


 まだ何も成し遂げていないのに。


 いや——だからこそ、なのかもしれない。


 聖堂は、「可能性」を恐れている。清一が持つ技術が、いつか「浄化」の独占を脅かすかもしれない——その「可能性」を。


 清一は、唇の端を微かに吊り上げた。


 恐れられている。


 それは——正しい方向に進んでいる証だ。

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