第四章 ゴミ山の宝石
裏手の廃棄物置き場は、清一の予想以上に大きかった。
木箱に詰められた魔物の骨、積み上げられた皮革の端切れ、錆びた金属製品の山。商売柄、素材を扱う商会ではあるが、当然ながら「使えないもの」も大量に発生する。それらが、ここに無造作に放り込まれていた。
清一は、深呼吸をした。
そして、「分解鑑定」を発動させた。
視界が変わる。
廃棄物の山が、まるでレントゲン写真のように透けて見える。そして、その中に含まれる物質の情報が、次々と文字として浮かび上がってくる。
『オーク牙(欠損品) 魔素含有率:8% 精製可能:魔導粉末(低級) 推定価格:銀貨2枚』
『グリフォン羽根(汚損品) 洗浄後使用可能 推定価格:銀貨5枚』
『銅合金(腐食中) 抽出可能銅量:約200g 推定価格:銅貨15枚』
情報の洪水だ。
だが、清一は冷静だった。二十年の経験が、情報の取捨選択を自動的に行っている。
高価値のものから優先的に抜き出す。運搬と保管のしやすさを考慮する。換金のしやすさも重要だ。
「エルダ」
清一は、少女に声をかけた。
「俺が指示を出す。お前は、言われたものを集めてくれ」
「は、はい!」
エルダは、緊張しながらも頷いた。
清一は、廃棄物の山に手を伸ばした。
「まず、この木箱の中——左から三番目の骨を取り出してくれ。それから、あの皮革の山の中に、青みがかった鱗がある。それも」
「分かりました!」
エルダが動き始める。
清一も、自ら廃棄物の中に手を突っ込んだ。
腐敗臭と獣臭が鼻を突く。だが、清一は顔をしかめない。二十年間、もっと酷い現場を幾つも経験してきた。
一つ、また一つ。
「ゴミ」の中から、「宝」を掘り出していく。
ハルトマンと番頭が、離れた場所から監視している。最初は懐疑的だった彼らの目が、徐々に驚きの色に変わっていくのが分かった。
三十分後。
清一の前に、二十点以上の素材が並んでいた。
「……鑑定を」
清一が言うと、ハルトマンは黙って番頭に目配せした。番頭がカウンターから「鑑定の魔眼鏡」——この世界の鑑定道具——を持ってきて、素材を一つずつ確認し始める。
数分後、番頭の顔は青ざめていた。
「主人……これは……」
「いくらだ」
「合計で……金貨十二枚と、銀貨四十三枚相当……」
沈黙が落ちた。
一時間どころか、三十分で、清一は約束の「金貨十枚分」を軽く超える成果を出したのだ。
ハルトマンは、しばらく無言で清一を見つめていた。
その目には、もはや懐疑の色はない。代わりにあるのは——商人の目。利益を見出した者の、鋭い光。
「……名前は」
「レイドと申します」
「レイド」
ハルトマンは、ゆっくりと頷いた。
「お前、何者だ」
「ただの塵拾いです」
「嘘をつけ。塵拾いが、こんな『目』を持っているはずがない」
清一は、何も答えなかった。
答えようがなかった。「前世の記憶を持った転生者です」などと言っても、信じてもらえるはずがない。
だが、ハルトマンは、それ以上追及しなかった。
「……いいだろう。理由は聞かん」
商人は、にやりと笑った。
「お前の条件を呑もう。この少女を見習いとして雇う。報酬は銀貨五枚」
エルダが、息を呑んだ。
「そして、お前自身にも提案がある」
清一は、眉を上げた。
「うちの商会と、契約しないか。お前の『目』で、素材の選別を行う。報酬は、見つけた価値の一割」
一割。
つまり、今日のような成果を出せば、一日で金貨一枚以上の収入になる。塵拾いの年収を、一日で稼げる計算だ。
だが、清一は即答しなかった。
「条件があります」
「また条件か」
「私が見つけた素材を、私自身が加工・精製することを認めてください。そして、その設備を用意するための資金を、前借りさせてください」
ハルトマンの目が、細くなった。
「加工……精製……?」
「今日見つけた素材の中に、そのまま売るより、一手間かけた方が価値が上がるものがいくつかあります。例えば、あのグリフォンの羽根——洗浄して形を整えれば、銀貨五枚が銀貨十五枚になる。オーク牙を粉末にすれば、銀貨二枚が銀貨八枚になる」
清一は、静かに続けた。
「私がやりたいのは、ただの『目利き』じゃない。廃棄物を『資源』に変える——それが、私の本業です」
沈黙が、また落ちた。
ハルトマンは、腕を組んで考え込んでいた。
そして——
「……面白い」
商人は、低く笑った。
「よかろう。設備の前借りを認めよう。ただし、最初の三ヶ月の収益から、利子付きで返済してもらう」
「承知しました」
清一は、手を差し出した。
「取引成立、ですね」
ハルトマンは、一瞬だけ躊躇した。
塵拾いと握手する——それは、この世界の「常識」に反する行為だ。
だが、商人は、その手を握った。
「取引成立だ。レイド」
その瞬間、清一は確信した。
これは、始まりだ。
この世界で、「廃棄物処理業者」としての新しい人生が——今、始まった。
◇
夜。
灰色地区のボロ小屋で、清一は天井を見上げていた。
エルダは、弟のトーマの看病のために自分の住処に戻っている。明日から、ハルトマン商会での見習いが始まる。
今日一日で、状況は劇的に変わった。
ハルトマン商会との契約。設備の前借り。エルダの就職。
だが、これはまだ「第一歩」に過ぎない。
清一の脳裏には、あの「緑区」の光景が焼き付いていた。
魔素汚染によって死んだ大地。聖堂の「浄化」を受けられず、見捨てられた土地。
あの土地を蘇らせることができれば——
この世界の「常識」を、覆すことができれば——
いや。
「できれば」ではない。
やるのだ。
二十年間、誰にも評価されず、誰にも感謝されない仕事を続けてきた。それでも、清一はこの仕事に誇りを持っている。
なぜなら——
ゴミを処理する仕事は、「見えないところで社会を支える」仕事だからだ。
華やかなものは何もない。称賛されることもない。だが、この仕事がなければ、社会は成り立たない。
この世界でも、同じだ。
塵拾いは、社会の最底辺と蔑まれている。だが、彼らがいなければ、王都のゴミは溢れかえり、汚染はさらに広がり、やがて街そのものが崩壊する。
その「価値」を、誰も認めない。
ならば——
俺が、証明してやる。
清一は、目を閉じた。
明日から、本当の仕事が始まる。
現代日本の廃棄物処理技術を、この異世界に——
そして、「塵拾い」という仕事の価値を、この世界の全ての人に——
証明するために。
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