3-9

 ぼんやりと涙の滲む視界に移るその体格からして、声の主は若い男性のようだった。軍人のように堂々たる気迫が幼いナズナにも分かる。痛みに喘ぎながら幼いナズナは名乗った。


「私は…ナズナ=フォン=ビスマルク…」


『ナズナか。お前に似合う可憐な名だな。我が名は――』


 そこでナズナの目が覚めた。彼女の視界は今、ソルーシュの顔で埋まっている。鼻先と鼻先が触れそうな距離だ。意識が覚醒していないナズナはぼんやりとソルーシュの紫の瞳とくすんだ金髪を眺めている。

ナズナの目が覚めたことに少々面食らいながらも、ソルーシュは何事もなかったかのように顔を離して挨拶をする。


「おはようございます、ナズナ姫。寝顔があまりにも可愛らしかったので、つい近い距離で眺めてしまいました。

 昨夜はよく眠れましたか?」


「はい…」


未だ重い瞼を擦りながらナズナは大きく伸びをし、ここがどこなのかを徐々に理解した。

 そうだ。自分はこれから記憶の欠片を探しに外の世界へ旅に出るのだ。ソルーシュと、騎士の従兄と、精霊達と共に。

だが、部屋にはすでにその従兄の姿が無かった。ナズナは備え付けてあった水桶にある水で顔を洗いながらソルーシュにヴィルヘルムの行方を尋ねる。


「あの…ヴィルは?」


「すでに朝食を済ませ、馬の手配をしに外へ」


「え…?!」


まさか自分は寝坊してしまったのだろうか、というナズナの焦った表情にソルーシュはくすりと笑って一言付け加えた。


「大丈夫、まだ朝日が昇りかけたところですよ。あいつの朝は騎士団育ちのおかげで誰よりも早いのです」


そうしてソルーシュはナズナの手に顔を拭く布を握らせた。柔らかい素材で出来ているため、とても手触りがいい。礼を言って顔についている水滴を拭うと先程よりかは大分頭が冴えてきた。

荷物をまとめ、ソルーシュと共に一階へ下りて行くと丁度馬の手配を終えたヴィルヘルムと鉢合った。


「おはよう、ナズナ。今日もいい天気だよ。絶好の旅立ち日和だ」


「おはようございます、ヴィル。馬の手配をありがとうございました。

 今から朝食を取りに行くのですが…」


「あ、僕も一緒に行くよ。荷物貸して」


そう言ってナズナが持っていた荷物を持ち、横に並んで階段を下りて行く。

 彼らを出迎えたのは昨日の女将ではなく、給仕の青年だった。歳はヴィルヘルムと同じくらいで清潔感のある白い麻のシャツと茶色のズボン、そして黒いエプロンを着用している。


「おはようございます、ソルーシュ殿。貴方達の席はこちらになります」

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