第11章「進軍路の確保——架橋作戦」

魔王領への道は、険しかった。


 王都から北へ、幾つもの山脈を越え、荒野を渡り、そして——大峡谷にぶつかった。


「……これは」


 健太は峡谷の縁に立ち、下を覗き込んだ。


 深さは数百メートル。底には濁流が渦巻いている。幅は——百メートル以上あるだろうか。向こう岸が霞んで見える。


「大峡谷グラン・クレバス」


 メイリルが説明した。


「古代エルドリア文明の時代には、ここに大きな橋が架かっていたと言われている。だが、今は——」


「崩落してる、か」


 確かに、峡谷の両岸には巨大な橋脚の残骸が残っていた。かつてここに橋があったことは間違いない。だが、今はその面影もない。


「迂回路は」


「ない。この峡谷は大陸を南北に走っている。迂回するには、数ヶ月かかる」


「つまり——」


 健太は峡谷を見つめた。


「橋を架けなければ、魔王領には行けない、ってことか」


「ああ」


 リーナが頷いた。


「王国軍の本隊も、ここで足止めを食らっている。この峡谷を越えなければ、魔王討伐は進まない」


 健太は腕を組んで考えた。


 百メートル以上の峡谷に、橋を架ける。それも、軍隊が渡れるほどの頑丈な橋を。


 普通なら、不可能だ。現代の技術でも、相当な時間と資材が必要になる。


 だが——


「メイリル」


「何?」


「魔法で、材料を強化することはできるか」


「ええ、ある程度なら。でも、限界はあるわ」


「じゃあ、魔法で石を動かすことは」


「それも可能よ。重量物の運搬なら、得意な魔法使いがいるわ」


 健太の頭の中で、設計図が形を成していった。


「ブロック」


「何だ」


「あんたの鍛冶技術で、鉄の鎖を作れるか。相当な強度が必要だ」


「俺を誰だと思っている。三百年の経験を舐めるな」


「よし」


 健太は地面にしゃがみ込み、枝で図を描き始めた。


「俺の世界には、『吊り橋』という構造がある。橋を支えるのは柱じゃなく、鎖だ。両岸に頑丈な塔を建て、そこから鎖を渡し、橋桁を吊り下げる」


 仲間たちが図を覗き込んだ。


「こうすれば、柱を谷底に立てる必要がない。両岸の塔さえ頑丈に作れば、百メートルの峡谷でも渡せる」


「……なるほど」


 メイリルが目を輝かせた。


「理論的には、確かに可能ね。でも、実際に作れるの?」


「やってみなきゃ分からねえ。だが、俺は——」


 健太は立ち上がり、峡谷を見つめた。


「やれると思う」


 ◇


 架橋作戦が始まった。


 まず、両岸に塔を建設する。ブロックの指揮で、ドワーフの職人たちが石を積み上げていく。健太は構造を監督し、弱点がないか確認する。


「ここ、もう少し補強が必要だ」


「分かった。すぐにやる」


 次に、鎖の製造。ブロックが自ら炉に立ち、鉄を鍛える。一本一本のリングを丁寧に繋ぎ合わせ、巨大な鎖を作り上げていく。


「これでどうだ、ケンタ」


「……すげえな」


 完成した鎖は、想像以上の強度を持っていた。ドワーフの鍛冶技術は、伊達ではない。


 そして、鎖を渡す作業。これが最も危険だった。


「俺が行く」


 健太が名乗り出た。


「待て。危険すぎる」


 リーナが止めようとしたが、健太は首を横に振った。


「俺が一番、構造を分かってる。それに——」


 健太は自分の手を見た。


「高所作業は、俺の専門だ」


 鳶職人として二十年。高いところは、慣れている。


 健太はロープを体に巻き付け、塔の頂上に登った。風が強い。だが、体に染み付いた感覚が、恐怖を押し殺す。


 向こう岸まで、細いロープを渡す。メイリルの魔法で、ロープが風に流されないよう固定される。


 そして、そのロープを伝って、鎖を渡していく。


 一歩、また一歩。


 峡谷の上、宙吊りの状態で。


「……ご安全に」


 健太は小さく呟いた。誰にも聞こえない、自分だけへの言葉。


 作業は丸一日かかった。だが、無事に鎖を渡すことができた。


「やった……」


 向こう岸に着いた時、健太は膝から崩れ落ちた。疲労と緊張で、全身が震えている。


「健太!」


 リーナたちが駆け寄ってきた。


「大丈夫か!」


「……ああ、大丈夫だ」


 健太は笑った。


「橋は——完成したか?」


「まだだ。でも、一番難しい部分は終わった。後は橋桁を吊るだけだ」


「そうか……良かった」


 健太は空を見上げた。青空が、眩しかった。


 ◇


 一週間後、橋が完成した。


 全長百二十メートル。鉄の鎖で支えられた、この世界初の吊り橋。


「すげえ……」


 王国軍の兵士たちが、橋を見上げて呆然としていた。


「これを、あの異世界人が作ったのか……」


「魔法みたいだ……」


 健太は橋の上に立ち、構造を確認した。


 問題ない。計算通りだ。


「よし」


 健太は振り返り、リーナたちに言った。


「渡れる。この橋は、軍隊が渡っても大丈夫だ」


 リーナは健太の肩を叩いた。


「よくやった、師匠」


「だから師匠って——」


「冗談だ」


 リーナは笑い、そして真剣な顔になった。


「さあ、行こう。魔王領は、この先だ」

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