第9章「城壁崩落——悲劇と転機」

健太が王に警告してから、一ヶ月が過ぎようとしていた。


 その間、健太はブロックと共に王都各地の建物を点検し、可能な限り補修を行っていた。スラムだけでなく、商業地区、職人街、そして城壁の周辺。


 だが、城壁そのものには手を出せなかった。王の許可がなければ、国の財産に手を加えることはできない。


「くそ、このままじゃ——」


 健太は何度も王城に掛け合おうとした。だが、答えは同じだった。


「陛下は多忙でいらっしゃる」

「建築のことは専門家に任せておけばよい」

「異世界人風情が口を出すな」


 門前払い。何度も、何度も。


 そして、その日が来た。


 深夜のことだった。健太はリーナたちと宿屋で休んでいた。


 轟音が響いた。


 地面が揺れ、建物が軋む。地震かと思ったが、違った。


「何だ、今の——」


 窓の外を見ると、王都の東側から煙が上がっている。


「城壁だ!」


 ポップが叫んだ。


「城壁が崩れた!」


 健太は走った。宿屋を飛び出し、東側に向かって走った。リーナたちも後に続く。


 現場に着いて、健太は息を呑んだ。


 城壁の一角が、完全に崩落していた。巨大な石塊が積み重なり、その下敷きになった人々の悲鳴が聞こえる。


 そして——魔物がいた。


 城壁の外から、魔物の群れが流れ込んできている。崩落した隙間を通って、王都の中に侵入しているのだ。


「リーナ、魔物を食い止めろ! 俺は救助に——」


「分かった! ガルド、メイリル、行くぞ!」


 リーナたちが魔物に向かっていった。健太は瓦礫の山に駆け寄った。


「誰かいるか! 声を出せ!」


 瓦礫の下から、かすかな声が聞こえた。


「た、助けて……」


「大丈夫だ、今助ける!」


 健太は「現場監理」のスキルを起動した。瓦礫の構造が見える。どの石を動かせば安全か。どの順番で取り除けば、二次崩落を防げるか。


「ポップ、手伝え! この石から動かすぞ!」


「分かった!」


 二人で石を動かす。一つ、また一つ。


 瓦礫の下から、一人の兵士を引きずり出した。足を怪我しているが、命に別状はない。


「他にもいる! 続けるぞ!」


 救助活動は夜明けまで続いた。


 結果は——死者十二名。負傷者は数十名。


 崩落した城壁は、健太が最初に警告した場所だった。東側の、最も危険だった一角だ。


「……くそっ」


 健太は瓦礫の上に座り込み、頭を抱えた。


 分かっていた。警告していた。なのに、止められなかった。


「健太」


 リーナが近づいてきた。夜通しの戦闘で、鎧は傷だらけだ。


「お前のせいじゃない」


「……」


「警告したのに、聞き入れなかった連中のせいだ。お前は——」


「でも、死んだ」


 健太の声は低かった。


「俺の目の前で、人が死んだ。俺は——止められなかった」


 リーナは何も言わなかった。ただ、健太の隣に座った。


 朝日が、瓦礫を照らし始めた。


 ◇


 その日の午後、使者が来た。


「高倉健太殿。国王陛下が、お呼びです」


 健太は重い足取りで王城に向かった。


 謁見の間。今度は、大勢の貴族が並んでいた。その目は、敵意と恐怖に満ちている。


 玉座の国王は、以前とは別人のように見えた。顔色は悪く、目の下には隈がある。眠れなかったのだろう。


「高倉健太」


 王の声は、疲れ切っていた。


「お前の警告を、余は聞かなかった。その結果、十二名の命が失われた」


「……」


「余の過ちだ。余が、お前の言葉に耳を傾けていれば——」


「陛下」


 健太が口を開いた。


「今、過去を悔いている暇はありません」


 王が顔を上げた。


「城壁の他の部分も、危険な状態です。このままでは、同じことが繰り返されます」


「……続けよ」


「私に、王国全土の建造物を点検する権限をいただきたい。そして、建築技術者を育成する機関を設立する許可を」


 貴族たちがざわめいた。


「馬鹿な! 異世界人にそのような権限を——」


「黙れ」


 王の声が響いた。謁見の間が、静まり返った。


「高倉健太。お前は、十二名の命を救うことはできなかった。だが——」


 王は立ち上がった。


「お前は警告した。余が聞かなかっただけだ。そして、崩落後の救助活動で、さらに多くの命が失われることを防いだ」


「……」


「余は、お前を信じる」


 王は宣言した。


「高倉健太を、アルヴェス王国の建設顧問に任ずる。王国全土の建造物点検、及び建築技術者育成機関『建設院』の設立を許可する」


 貴族たちが騒然となった。だが、王は手を上げて彼らを黙らせた。


「反対意見は聞かぬ。これは王命だ」


 健太は深く頭を下げた。


「……ありがとうございます、陛下。必ず、この王国の建物を安全にしてみせます」


「期待している」


 謁見を終え、健太は王城を出た。


 外では、リーナたちが待っていた。


「どうだった」


「……認められた」


 健太は空を見上げた。


「『建設院』を作る許可が下りた」


「本当か!」


 ポップが飛び跳ねた。


「やったな、おっさん!」


「……ああ」


 だが、健太の表情は晴れなかった。


「十二人、死んだ」


「……」


「俺の警告が届いていれば、死ななくて済んだかもしれない」


 リーナが健太の肩に手を置いた。


「だからこそ、これからだ。お前の力で、もう誰も死なせない。そうだろう?」


 健太はリーナを見た。真っ直ぐな目だ。


「……ああ、そうだな」


 健太は頷いた。


「これからだ。俺は——この世界を、安全にする」


 それが、死んだ十二人への、せめてもの供養だ。

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