第8章「ドワーフの親方——職人同士の意地」

スラムの橋を直してから数日後、健太の噂はさらに広がっていた。


「あの異世界人、本当に腕がいいらしい」

「スラムの橋が、見違えるようになったって」

「貴族に門前払いを食らったのに、庶民のために働いてるんだと」


 王都の職人街でも、その名が囁かれるようになっていた。


 そしてある日——


「おい、お前がケンタとかいう異世界人か」


 健太が職人街を歩いていると、背後から野太い声がした。


 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。いや、男と呼ぶには少し違う。身長は健太の腰ほどしかないが、横幅は健太の倍はある。筋骨隆々の体躯。顎から胸まで届く豊かな髭。そして、鋭い目つき。


 ドワーフだ。


「俺はブロック・アイアンハンマー。この王都で三百年、鍛冶と建築をやっている」


「三百年……」


 健太は驚いた。この世界のドワーフは、そんなに長く生きるのか。


「お前の噂を聞いた。スラムの橋を直したとか、建物の危険を見抜くスキルを持ってるとか」


「ああ、そうだ」


「ふん」


 ブロックは鼻を鳴らした。


「三百年この仕事をやってきた俺から言わせれば、笑い話だな。異世界人の小手先の技が、俺たちの伝統に勝てるとでも思っているのか」


 健太は黙ってブロックを見つめた。挑発されているのは分かる。だが、ここで怒っても仕方がない。


「……俺は、勝ち負けの話をしてるんじゃねえ」


「何?」


「俺の目的は、危険な建物を直すことだ。人の命を守ることだ。あんたと技術を競うつもりはねえ」


 ブロックの目が細くなった。


「そうか。じゃあ、試してやる」


「試す?」


「俺の工房に来い。そこで、お前の腕を見せてもらう」


 ブロックは踵を返し、歩き始めた。健太は少し迷ったが、ついていくことにした。


 ◇


 ブロックの工房は、職人街の一角にあった。


 入り口をくぐると、熱気が押し寄せてきた。炉の火が燃え盛り、金属を打つ音が響いている。壁には様々な工具が並び、棚には完成品が陳列されている。


「これが、俺の城だ」


 ブロックは誇らしげに言った。


 健太は工房を見回した。職人の城。その言葉に偽りはない。隅々まで整理され、無駄なものは一つもない。道具は全て手入れされ、作業スペースは効率的に配置されている。


「いい工房だな」


「当然だ。三百年かけて作り上げた」


 ブロックは作業台の前に立った。


「さあ、お前の腕を見せろ。この金属を見て、何が分かる」


 テーブルの上に、一本の金属棒が置かれていた。見た目は普通の鉄のようだが——


 健太は「現場監理」のスキルを起動した。


「……これは、純粋な鉄じゃねえな」


「ほう」


「内部に不純物がある。見た目は分からねえが、このまま使うと、力がかかった時に折れる」


 ブロックの目が見開かれた。


「……正解だ」


「それと、この棒は熱処理が不十分だ。表面だけ硬くて、中は柔らかい。これじゃ、武器にも道具にも使えねえ」


「……」


 ブロックは黙り込んだ。しばらくして、ゆっくりと口を開いた。


「認めよう。お前のスキルは本物だ」


「だから言っただろ。俺は競争しに来たんじゃねえ」


「だが、俺にはまだ分からんことがある」


 ブロックは健太の顔をじっと見つめた。


「お前は何のために、その技術を使うのだ。金か? 名誉か? 権力か?」


 健太は首を横に振った。


「俺が大事にしてるのは、一つだけだ」


「何だ」


「安全だ」


 ブロックは眉をひそめた。


「安全……?」


「人の命を守ること。それが、俺の仕事の全てだ」


 健太は工房を見回した。


「あんたの工房、よくできてる。だが、一つだけ気になるところがある」


「何だと? この工房に欠点などない」


「あの棚だ」


 健太は壁際の棚を指差した。


「重いものが上に、軽いものが下に置いてある。あれじゃ、地震があったら上から落ちてくる。下にいる奴の頭に当たったら、怪我じゃ済まねえぞ」


 ブロックは棚を見た。そして、健太を見た。


「……地震?」


「この世界にも地震はあるだろ。揺れ。建物が崩れるやつだ」


「ああ、ある。だが、この工房は三百年……」


「三百年無事だったから、これからも大丈夫ってのは、現場では通用しねえ」


 健太の声が、少し厳しくなった。


「事故は、油断した時に起きる。『今まで大丈夫だった』は、何の保証にもならねえ。俺はそれを、嫌ってほど見てきた」


 ブロックは黙り込んだ。


 長い沈黙の後、ドワーフの親方は深い溜息をついた。


「……お前、俺の弟子にならんか」


「は?」


「いや、違うな。俺が、お前の弟子になりたい」


 健太は面食らった。


「待て待て。俺よりあんたの方が、職人歴は長いだろ」


「職人歴の長さなど、関係ない」


 ブロックは真剣な目で健太を見つめた。


「俺は三百年、技術を磨いてきた。だが、『安全』という考え方は、持っていなかった。お前の言う通りだ。俺は『今まで大丈夫だった』で満足していた」


「……」


「教えてくれ、ケンタ。お前の世界の『安全』とは何だ。どうすれば、人の命を守れるのだ」


 健太はブロックの目を見た。そこには、純粋な向上心があった。三百年の経験を持つ職人が、異世界から来た若造に頭を下げている。その姿勢に、健太は心を打たれた。


「……分かった。俺に教えられることなら、何でも教える」


「感謝する」


 ブロックが頭を下げた。


「だが、勘違いするな」


 健太は釘を刺した。


「弟子とか師匠とか、そういうのは好きじゃねえ。俺たちは対等だ。職人同士として、互いに学び合う。それでいいか」


 ブロックは一瞬驚いた顔をして、それから笑った。


「気に入った。お前、俺と気が合いそうだな」


「そうか?」


「ああ。俺も、上下関係は好きじゃない」


 二人は顔を見合わせ、そして同時に手を差し出した。


 固い握手。職人と職人の、魂の交わり。


「よろしく頼む、ケンタ」


「ああ、よろしく。ブロック」


 この日から、健太とブロックは共に働くようになった。異世界の職人と、ドワーフの親方。二人の技術と知恵が融合し、王都に新しい風を吹かせ始める。

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