第6章「王都アルヴェス——腐りゆく城壁」
王都アルヴェスは、大陸最大の都市だった。
人口は数十万。城壁に囲まれた都市の中心には王城がそびえ、その周囲を貴族の邸宅が取り囲んでいる。商業地区には市場が立ち並び、職人街には鍛冶屋や大工の工房がひしめき合っている。
健太たちが王都の門をくぐったのは、クラストン遺跡での作戦から二週間後のことだった。
「でけえな……」
思わず声が漏れた。
東京とは違う意味で、この都市は巨大だった。高さではなく、広がりにおいて。城壁の内側に、一つの世界が凝縮されている。
「これが王都アルヴェスだ」
リーナが誇らしげに言った。
「私の故郷は辺境の村だが、いつかここで騎士になることを夢見ていた。まさか勇者として戻ってくることになるとは思わなかったが」
「へえ。勇者様でも、最初は田舎娘だったんだな」
「田舎娘って言うな」
だが、健太の目に映る王都は、リーナが見ているものとは違った。
「現場監理」のスキルを起動する。
——赤い警告が、視界を埋め尽くした。
「……おいおい、嘘だろ」
城壁。あの巨大な城壁が、ところどころで崩壊の危険を示している。特に東側の一角は、もう限界に近い。
王城も同様だ。遠目に見ても分かる。基礎が沈下している。壁にひびが入っている。あの華麗な外観の下に、構造的な欠陥が隠れている。
「健太? どうした」
リーナが怪訝な顔をした。
「いや……後で話す」
今ここで騒いでも仕方がない。まずは情報を集め、状況を把握する必要がある。
一行は王城に向かった。勇者パーティとして、王に謁見するためだ。
王城の内部は、外から見るよりもさらに荘厳だった。大理石の床。金箔の壁。天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられ、無数の蝋燭が燃えている。
だが、健太の目は違うものを見ていた。
あの壁——漆喰の下にひび割れがある。あの柱——荷重のバランスがおかしい。あの床——一部が沈下している。
この城は、見た目ほど安全ではない。
謁見の間に通された。玉座には中年の男が座っている。アルヴェス王国の国王、レオンハルト三世だ。
「勇者リーナよ。魔王討伐の旅、ご苦労である」
「ありがとうございます、陛下」
リーナが跪く。他の仲間たちも従う。健太も、とりあえず真似をした。
「して、そちらの者は」
「高倉健太と申します。建築の技術を持つ者で、パーティの建築顧問を務めております」
健太が答えた。建築顧問。リーナがつけた肩書きだ。
「建築顧問? 珍しい役職だな」
「彼の力がなければ、クラストン遺跡での作戦は失敗していました。彼の目は、建物の危険を見抜く力があります」
「ほう……」
王の目が、健太を見た。品定めするような視線だ。
「陛下」
健太は頭を上げた。
「一つ、申し上げたいことがございます」
リーナが驚いた顔をした。打ち合わせにないことだ。
「申してみよ」
「この王城——いえ、この王都全体に、構造的な問題があります」
謁見の間が、しん、と静まり返った。
「特に城壁の東側。あのままでは、早ければ数ヶ月以内に崩落する危険があります」
王の顔色が変わった。
「何を根拠に、そのようなことを——」
「私のスキルです。『現場監理』という力で、建物の構造を解析することができます。この王城も、基礎に問題があります。早急な補修が必要です」
王の横に控えていた老人——おそらく大臣だろう——が顔をしかめた。
「陛下、この者の言葉を真に受ける必要はありません。どこの馬の骨とも知れぬ異世界人が、王城に難癖をつけているだけです」
「しかし——」
「城壁も王城も、百年以上の歴史があります。今まで何の問題もなく使ってきたのです。この者のスキルとやらが正しいという保証はありません」
健太は大臣を見た。典型的な「現場を知らない人間」の顔だ。自分の目で確認することなく、過去の実績だけで判断する。
「陛下。私は嘘を申しておりません。もし疑われるのであれば、実際に城壁を調査させていただきたい」
「その必要はない」
大臣が遮った。
「勇者一行には、魔王討伐という本来の任務に専念していただきたい。建物のことは、我々に任せておけばよい」
王は黙っていた。大臣の言葉を支持しているようにも、迷っているようにも見えた。
「……分かった。この件は、後日改めて検討する」
王の言葉は、実質的な門前払いだった。
謁見を終え、一行は王城を出た。
「健太、何を考えている」
リーナが詰め寄った。
「いきなりあんなことを言い出して、王を怒らせるつもりか」
「怒らせるつもりはねえ。だが、危険なものを危険だと言わないわけにはいかねえだろ」
「お前の言うことは分かる。だが、方法というものがある」
「方法を考えてる暇がねえんだ。あの城壁は、本当に危ねえ。次の大雨で崩れてもおかしくねえ」
リーナは溜息をついた。
「……分かった。だが、王を説得するのは簡単ではない。まずは実績を積む必要がある」
「実績……」
健太は考え込んだ。
この世界では、自分はただの「異世界人」だ。信用がない。何を言っても、耳を傾けてもらえない。
ならば、どうすればいい。
——見せるしかねえ。俺の力を、この世界に。
「リーナ。俺、しばらく王都を見て回りたい」
「何をするつもりだ」
「現場を探す。俺の力を見せられる、現場を」
リーナは健太の顔をじっと見つめ、それから頷いた。
「分かった。勝手にしろ。ただし、トラブルは起こすな」
「善処する」
「『善処する』じゃなくて『起こさない』と言え」
健太は笑って、王都の街へと歩き出した。
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