第5章「初陣——ダンジョン崩落阻止作戦」

クラストン遺跡は、山の中腹にあった。


 かつては神殿だったのだろう。巨大な石柱が並び、風化した彫刻が壁面を飾っている。だが、健太の目に映るのは、その荘厳さではなかった。


「……やっぱりか」


 遺跡の入り口に立ち、「現場監理」のスキルを起動する。


 赤い警告が、視界を埋め尽くした。


 構造的な欠陥が、数え切れないほどある。崩落の危険がある箇所。荷重に耐えられなくなった柱。ひび割れた天井。水浸しで腐食した床。


「どうだ、健太」


 リーナが聞いた。


「最悪だ。予想以上に劣化が進んでる。三日どころか、今夜中に崩れてもおかしくねえ」


「中に冒険者がいるという情報がある。助けに行かなければ」


「分かってる。だが、闇雲に突っ込んだら、俺たちも巻き込まれる。作戦を立てる」


 健太は地面に図を描き始めた。


「メイリル、お前の魔法で、構造を一時的に強化することはできるか」


「ええ、可能よ。ただ、範囲と時間には限界があるわ」


「それでいい。ガルド、お前は戦闘要員だな。戦いながら移動できるか」


「当然だ」


「ポップ、お前の盗賊スキルは何ができる」


「罠の解除と、索敵だ。あと、逃げ足は誰にも負けねえ」


「よし。作戦はこうだ」


 健太は図を指差しながら説明した。


「まず、俺とメイリルが先行する。俺が危険箇所を見つけ、メイリルが魔法で補強する。ルートを確保したら、リーナとガルドが突入。戦闘は任せる。ポップは全体の連絡係だ。何かあったら、すぐに知らせろ」


「冒険者の救出は?」


「ルート確保と同時にやる。見つけ次第、安全な場所に誘導する。全員の脱出を確認してから、俺たちも撤退だ」


 リーナは頷いた。


「分かった。お前の指示に従う」


「よし。——行くぞ。ご安全に」


「……ゴアンゼンニ?」


 ポップが首を傾げた。


「現場の挨拶だ。気にすんな。さあ、動け」


 ◇


 遺跡の内部は、予想以上に危険だった。


 健太は一歩一歩、慎重に進みながら、「現場監理」のスキルをフル稼働させていた。


「止まれ」


 前方の床を見て、健太は手を上げた。


「この先、床が抜ける。右側を通れ」


 メイリルが魔法で床を補強し、全員が慎重に通過する。


「次はあの柱だ。左から三番目。荷重限界を超えてる。触るな」


 リーナたちは健太の指示に従い、柱を避けて進む。


 そうやって、少しずつ遺跡の奥へと進んでいった。


「健太、あれを見ろ」


 ガルドが前方を指差した。


 広間だ。図面で見た、中央広間。そこに、数人の人影があった。冒険者たちだろう。だが、様子がおかしい。動けないでいる。


「……囲まれてるな」


 冒険者たちの周りに、異形の影が蠢いていた。魔物だ。この世界には、そういう存在がいる。


「リーナ、ガルド。行けるか」


「任せろ」


 リーナが聖剣を抜いた。刃が淡い光を放つ。


「メイリル、援護を。ポップ、冒険者の誘導を頼む」


「了解だ」


 リーナとガルドが飛び出した。魔物たちに斬りかかる。


 健太は広間の構造を確認していた。四本の柱。そのうち二本は、予想通りダメになっている。残り二本も、戦闘の衝撃で折れる可能性がある。


「メイリル、あの二本の柱を補強しろ。あれが折れたら、天井が落ちてくる」


「分かったわ」


 メイリルが詠唱を始める。魔法の光が柱を包み、一時的に強度が上がる。


 リーナたちの戦闘は激しかった。魔物は数が多く、簡単には倒せない。だが、リーナの剣技は見事で、ガルドの防御は堅い。


「おっさん、冒険者を連れてきたぜ!」


 ポップが冒険者たちを連れてきた。五人。全員、怪我をしている。


「よし、出口に向かえ。俺が先導する」


 健太は来た道を戻り始めた。冒険者たちを誘導しながら、危険箇所を避けていく。


 だが、その時——


 轟音が響いた。


 振り返ると、広間の天井にひびが入っていた。戦闘の衝撃で、補強が追いつかなくなったのだ。


「メイリル!」


「限界よ……! もう持たないわ……!」


 柱が折れる音がした。


 天井が、崩れ始める。


「全員、走れッ!」


 健太は叫んだ。


 冒険者たちが駆け出す。ポップが先導し、出口に向かう。


 だが、リーナとガルドはまだ戦っている。魔物が行く手を阻んでいるのだ。


「リーナ、離脱しろ! 崩れるぞ!」


「分かってる! だが——」


 魔物の一体が、リーナに飛びかかった。ガルドがそれを受け止める。


 その隙に、天井から巨大な石塊が落ちてきた。


「危ねえ!」


 健太は咄嗟に動いた。


 「現場監理」のスキルが、落下軌道を予測する。あの石塊は——ガルドの頭上に落ちる。


 考えるより先に、身体が動いていた。


「ガルドさん、右に跳べッ!」


 ガルドが反応する。健太の声に従い、右に飛び退く。


 次の瞬間、石塊がガルドのいた場所に激突した。


「……助かった」


 ガルドが呟いた。


「礼は後だ。走れ!」


 全員が出口に向かって走る。背後で、遺跡が崩壊していく音が響く。


 間一髪で、全員が外に飛び出した。


 振り返ると、遺跡の入り口が瓦礫で塞がれていた。あと数秒遅ければ、全員が生き埋めになっていただろう。


「……全員、無事か」


 健太は荒い息を吐きながら、仲間たちを見回した。


「ああ、無事だ」


 リーナが答えた。汗まみれで、あちこちに傷を負っている。だが、致命傷はない。


「冒険者も全員救出した。怪我人はいるが、命に別状はない」


「……よし」


 健太は地面に座り込んだ。


「疲れた……」


「健太」


 リーナが近づいてきた。


「お前のおかげで、全員助かった。ありがとう」


「……俺は当然のことをしただけだ」


「当然?」


「ああ。現場では、全員を生きて帰すのが当然なんだ。それができなきゃ、職人失格だ」


 リーナは健太の顔をじっと見つめた。


「お前、変わった奴だな」


「よく言われる」


 ポップが駆け寄ってきた。


「おっさん、すげえな! あの崩れる瞬間、どうやって予測したんだ?」


「経験と、勘だ」


「勘?」


「二十年、現場で働いてきた。危険の気配は、身体が覚えてる」


 メイリルが興味深そうに健太を見た。


「あなたのスキル、もっと詳しく知りたいわ。後で話を聞かせてくれる?」


「ああ、いいぜ」


 ガルドが無言で健太に近づき、手を差し出した。


「……借りができた」


 健太はその手を握った。


「借りなんてねえよ。仲間だろ」


 ガルドの目が、わずかに見開かれた。そして、かすかに口元が緩んだ。


「……ああ。仲間だ」


 全員が集まり、一息ついた。


 その時、リーナが言った。


「健太。お前を、正式に私たちのパーティに迎えたい」


「……いいのか」


「ああ。お前がいなければ、今日の作戦は失敗していた。お前の力は、私たちに必要だ」


 健太は仲間たちの顔を見回した。


 リーナ。ガルド。メイリル。ポップ。


 それぞれに個性があり、それぞれに実力がある。そして、何より——信頼できる目をしている。


「……分かった。よろしく頼む」


「こちらこそ」


 リーナが笑った。


「これからは、私を『師匠』と呼んでもいいぞ」


「は? なんでだ」


「お前は私より年上だが、戦闘では私の方が上だ。だから師匠だ」


「いや、俺が師匠って呼ぶ側だろ、普通」


「じゃあ、私がお前を師匠と呼ぼう」


「なんでそうなる」


 ポップが笑った。


「面白くなってきたな、このパーティ」


 夕陽が山の向こうに沈んでいく。


 健太は、異世界で初めての「現場」を無事に終えた。


 そして、新しい仲間を得た。


 ——まだ、始まったばかりだ。


 健太は立ち上がり、仲間たちと共に歩き始めた。


 次の現場へ。


【第二部 王都編——革命の種】

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