第4章「勇者パーティとの出会い」
村での生活が一週間を超えた頃、健太の噂は周辺にも広まり始めていた。
「古い橋を一人で直した男がいる」
「井戸も、納屋も、まるで新品みたいになった」
「あの村は呪われていると言われていたのに、今は建物がしっかりしている」
噂は人から人へと伝わり、やがて思いもよらない客人を呼び寄せることになった。
その日、健太は村の外れの小屋を補修していた。屋根の葺き替えをしている最中に、馬のいななきが聞こえた。
顔を上げると、四人の旅人が村に入ってくるのが見えた。
先頭は若い女だ。金色の髪を短く切り揃え、背中には大きな剣を背負っている。その剣が放つ淡い光は、明らかに普通のものではなかった。
続いて、屈強な体格の男。騎士のような鎧を纏い、目つきは鋭い。三十代半ばといったところか。
その後ろに、フードを被った細身の人物。耳が……長い。エルフか、と健太は思った。異世界だ。そういう種族がいても不思議ではない。
最後は、犬のような耳と尻尾を持った少年。こちらも、人間ではないようだ。
四人は村の中央で馬を降り、周囲を見回した。その視線が、健太を捉える。
「あれか」
金髪の女が言った。
「噂の職人というのは」
女が近づいてくる。健太は屋根から降り、彼女と向き合った。
「あんたが、建物を直したっていう旅の者か」
「ああ、俺が高倉健太だ。あんたたちは?」
「私はリーナ・フォルトゥーナ。聖剣の勇者だ」
勇者。その言葉に、健太は眉を上げた。セレスティアが言っていた、魔王を倒す存在。
「こちらはガルド・シュタイン。元騎士団の副団長だ」
屈強な男が無言で頷いた。
「エルフのメイリル・アーカス。魔法使いだ」
フードの下から、銀色の髪が覗いた。年齢は分からないが、見た目は二十代の女性だ。
「そして、ポップ・グランツ。盗賊スキル持ちだ」
犬耳の少年が、人懐っこい笑みを浮かべた。
「よろしくな、おっさん」
「おっさんって言うな。まだ四十二だ」
「十分おっさんじゃねえか」
リーナが前に出た。
「健太、だったな。お前の噂を聞いてここに来た。建物を直す腕前は本物だと」
「まあな。で、勇者様が俺に何の用だ」
「お前を仲間に誘いに来た」
健太は面食らった。
「仲間? 俺を?」
「ああ。私たちは魔王討伐の旅をしている。だが、道中には古い建造物が多く、危険な場所も多い。お前のような技術者がいれば、心強い」
「いや、待ってくれ」
健太は手を振った。
「俺は戦えねえぞ。剣も振れなきゃ、魔法も使えねえ。足手まといになるだけだ」
「戦闘は私たちがやる。お前には、別の役割を期待している」
リーナは真剣な目で健太を見つめた。
「ダンジョンや城塞の構造を見抜き、安全なルートを導き出す。崩れそうな場所を補強する。そういった仕事だ」
「つまり、現場監督みたいなもんか」
「現場……監督?」
「ああ、こっちの世界の言葉だ。気にすんな」
健太は腕を組んで考えた。
確かに、セレスティアからは「勇者とは別の役割」があると言われていた。だが、実際に誘われてみると、迷いが生じる。
「なあ、リーナ。一つ聞いていいか」
「何だ」
「お前たち、これからどこに向かうつもりだ」
「西のクラストン遺跡だ。魔王軍の拠点があるという情報がある。そこを叩く」
「クラストン遺跡……」
健太はその名前に聞き覚えがなかったが、何かが引っかかった。
「その遺跡の情報、持ってるか。地図とか、構造図とか」
「ああ、ある」
リーナはガルドに目配せした。ガルドが鞄から羊皮紙を取り出し、広げる。
それは、遺跡の見取り図だった。
健太はその図面を覗き込んだ瞬間、背筋に悪寒が走った。
「現場監理」のスキルが、警告を発している。それも、村の建物を見た時の比ではない。図面を見ただけで分かる。この遺跡は——
「……おい、待て」
健太の声が低くなった。
「何だ」
「この遺跡、いつ頃の情報だ」
「三ヶ月前だ。冒険者ギルドから入手した」
「三ヶ月……」
健太は図面を指差した。
「ここを見ろ。この支柱の配置。荷重のバランスがおかしい。三ヶ月前の時点でギリギリだったはずだ。今は——」
健太は計算する。異世界の建築技術は分からないが、構造力学の基本は同じはずだ。重力は存在するし、材料には限界がある。
「このダンジョン、三日以内に崩落するぞ」
沈黙が落ちた。
リーナたちが顔を見合わせる。
「……何だと?」
「俺のスキルは構造解析ができる。この図面の情報と、三ヶ月という時間経過から逆算すると、あの遺跡はもう限界だ。特にここ——」
健太は図面の一点を指差した。
「この中央広間。天井を支える柱が四本あるが、そのうち二本はもうダメになってる可能性が高い。残り二本も、大きな衝撃があれば折れる」
「それは……確かなのか」
ガルドが初めて口を開いた。低く、重い声だ。
「百パーセントとは言えねえ。だが、俺の目を信じるなら——危険だ」
メイリルがフードを取った。長い耳と、蒼い瞳が現れる。
「興味深い。あなたのスキルは、図面を見ただけで構造の劣化を予測できるの?」
「予測というより、計算だな。経験則と、物理の法則を組み合わせれば、ある程度は分かる」
「その技術……私たちの世界にはないわ」
メイリルの目が輝いた。学者特有の、知的好奇心に満ちた目だ。
「リーナ。この人、連れていきましょう」
「だが、戦闘は——」
「戦闘なら私たちで何とかなる。でも、建物が崩れたら、どうしようもないわ。彼の力は必要よ」
リーナは健太を見つめた。
「健太。お前の力を貸してくれ。——いや、貸してほしい」
勇者が、頭を下げた。
健太は溜息をついた。
「……一つ条件がある」
「何だ」
「俺は戦わねえ。戦闘になったら、お前たちが守れ。その代わり、建物のことは俺に任せろ。俺の判断には従ってもらう」
「分かった。約束する」
「それと、もう一つ」
健太は真剣な目でリーナを見た。
「全員、生きて帰る。それが絶対条件だ」
リーナは一瞬驚いた顔をして、それから笑った。
「当然だ。死にに行くわけじゃない」
「よし。じゃあ、行くか」
健太は村人たちに別れを告げ、勇者パーティと共に旅立った。
——これが、俺の新しい現場仲間か。
前を行く四人の背中を見ながら、健太は思った。
若い連中だ。だが、それぞれに実力がある。そして、何より——目が真っ直ぐだ。
悪くない。そう、悪くない現場だ。
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