第3話:宿敵は名刺を持って現れる。〜接待ゴルフと課長の咆哮〜
千葉県、とある名門ゴルフ場。
勇者アーク――もとい天宮勇人は、早朝の冷え込む空気の中で、重たいキャディバッグを担いでいた。
「鈴木、説明しろ。なぜ私がこの棒きれを持って、おっさん達の後を追わねばならんのだ。これは何の修行だ?」
「修行じゃないわよ、天宮君。これは『営業』。そして今日のターゲットは、うちの自治体が推進するスマートシティ計画のキーマン……要するに、一番偉いおじいちゃん機嫌取りよ」
鈴木灯花は、市役所のポロシャツ姿でスコアカードを握りしめている。
今日の任務は、特異事象対策課の予算を確保するため、有力企業の重役を接待することだった。だが、そこに現れた相手企業の担当者を見て、勇者の全身の毛が逆立った。
「……あ」
「……ん?」
高級セダンの後部座席から降りてきたのは、仕立ての良いグレーのスーツを着こなし、髪を七三に分けた男。手にはゴルフバッグではなく、最新のノートPCが入っていそうなブリーフケース。
かつて、漆黒の玉座に座り、世界を闇に染めようとした魔王ザナドゥその人であった。
「ま……魔王……!」
「アーク……! なぜお前がこのような辺境の草原(グリーン)に!?」
勇者がカラーコーン(予備)を構え、魔王がとっさに社章のついた名刺入れを防御姿勢で突き出す。一触即発のメタ・バトルが始まるかと思いきや。
「おい、竹田! 何をボーッとしてるんだ。早く部長の靴を拭け!」
魔王の背後から、ビール腹を突き出した「いかにも」な雰囲気の中年男性――IT企業・黒鉄システムズの田中課長が怒鳴り声を上げた。
「……っ。申し訳ございません、田中課長。少々、昔の知り合い(宿敵)を見かけたもので」
あの魔王が、ペコペコと頭を下げている。勇者はその光景に、聖剣を奪われた時以上の衝撃を受けた。
「どういうことだ、魔王! お前のプライドはどこへ行った! 暗黒の波動で、その小太りの男を消し炭にしないのか!?」
「バカを言え、アーク。今の私は『株式会社・黒鉄システムズ』の営業二課、佐藤だ。ここで彼を消せば、私の今月のノルマと、コツコツ貯めた『福利厚生』が全て泡と消えるのだぞ!」
魔王は、勇者の耳元で小声で続けた。
「いいか。この国で一番恐ろしいのは、魔王の呪いではない。……『人事評価』だ。あれは防げん」
こうして、世にも奇妙な接待ゴルフが幕を開けた。
勇者は灯花の指示で、重役がミスショットをするたびに「おお! 今のは風の精霊が邪魔をしましたな!」と不自然なフォローを入れ、魔王は魔王で、部長がボールを打つ瞬間に、指先から微弱な暗黒魔法(物理)を放って、ボールの軌道を強引にカップの方へねじ曲げる。
「竹田君、君が担当になってから、どうも私のスコアがいいな。はっはっは!」
「滅相もございません、部長。全ては部長の、日頃の『徳』の高さゆえにございます(……よし、これで契約継続のフラグが立った)」
魔王のあまりに手慣れた世渡り術に、勇者は戦慄した。
「鈴木よ……。あいつ、私よりこの世界に適応してないか?」
「魔王って、元々組織運営のプロだからね。中間管理職としての才能が開花しちゃったみたい」
だが、事態は急変する。
9ホール目。グリーン上に、物語の「バグ」が発生した。
空から突如、黒いモザイク状の塊が降り注ぎ、ゴルフ場の一部がファミコン時代の粗いドット絵のように書き換えられていく。
「な、なんだ!? 芝生が……四角い粒々に!」
パニックになる重役たち。灯花が叫ぶ。
「天宮君、竹田さん! 異常個体よ! 物語の整合性が崩れて、このエリアが『未実装のダンジョン』に上書きされようとしてる!」
魔王がスーツのジャケットを脱ぎ捨てた。
「チッ……いいところだったのに。竹田として積み上げた信頼スコアが下がるだろうが!」
「魔王、協力しろ! 後のことはこの鈴木が『役所の不祥事』として処理してくれる!」
勇者はゴルフバッグから、一番長いドライバー(1番ウッド)を引き抜いた。
「聖剣はないが……。この、チタン合金の杖で十分だ!」
「いくぞ勇者! 私の『Excel』で鍛えた計算能力(マルチタスク)を見せてやる!」
かつての宿敵が、接待ゴルフのグリーン上で背中を合わせる。
勇者がドライバーでドットの塊を叩き割り、魔王が「承諾済み」のハンコを捺すようなモーションで魔力弾を放つ。
「くらえ! 『コンプラ違反・即時解雇(デリート)』!!」
魔王の叫びと共に、バグの塊は消滅した。
後に残ったのは、静かなゴルフ場と、腰を抜かした重役たち。そして、真っ二つに折れた高級ドライバーを抱えて立ち尽くす勇者の姿だった。
「……これ、弁償だよな?」
勇者の問いに、灯花は冷たく言い放った。
「自腹ね。さよなら、今月の給料」
勇者の叫びが、千葉の青空に虚しく響き渡った。
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