第五章
5-1. 不治の刃の創設
リオが18歳になった直後、特別部隊への編入が正式に発表された。部隊名は「不治の刃」――それは、リオの力が生み出す治らぬ傷を象徴する名だった。
前線基地の会議室に、リオは呼び出された。部屋の壁は灰色の石造りで、天井から吊り下げられた魔導灯が、薄暗い光を放っていた。天井の高さは四メートルほどあり、その高さがリオを小さく見せた。窓の外には、訓練場で兵士たちが剣を振る音が響いている。その音が、リオの耳の奥に突き刺さる。リオは無意識に肩をすくめた。
部屋にはヴィクトル総司令とエレナ・ブライトが待っていた。そして、リオの他に四人の兵士が並んでいた。テーブルには、地図と資料が広げられており、ヴィクトルはその前に立っていた。
「リオ・アーデン、こちらが不治の刃の隊員だ」
ヴィクトルの声は、会議室に響き渡った。その声には、感情がなかった。機械が言葉を発しているような、冷たい響きだった。
ヴィクトルは資料を広げ、隊員の名前を読み上げた。紙をめくる音が、静かな会議室に響く。
「隊長は、リオ・アーデン。副隊長は、ゼロ・ナイト。そして、魔刀使い三名――テオ・ヴェルナー、コレット・スノウ、バルド・ロウ」
リオは隊員たちを見回した。ゼロは相変わらず無表情で、リオに軽く頷いた。その目には、わずかな心配の色が浮かんでいたが、すぐに消えた。
他の三名は、リオを見る目が冷たく、感情を抑えたような表情をしていた。テオは、雷の魔刀を腰に下げており、その手は常に剣の柄に触れていた。コレットは、氷の魔刀を背負っており、その目は虚空を見つめているようだった。バルドは、重い盾を背負っており、その体は常に緊張していた。
「リオ・アーデン、君は隊長だ。だが、実際の指揮はゼロが行う。君の役割は、戦場で力を発揮することだ」
ヴィクトルの言葉は冷徹で、リオを兵器として扱う意図が明確だった。リオは自分の手のひらを見つめた。手のひらには、常に微かな熱が宿っている。その熱が、息をするたびに強まり、胸を締め付ける。隊長として飾られる――それは、リオが望んだことではない。
「でも、僕は……隊長として、何をすべきですか?」
「戦場で、敵を切り裂くこと。それだけだ」
ヴィクトルは一瞥もせず、地図を見続ける。
ヴィクトルの答えは、簡潔すぎた。リオは手を握りしめた。指先に力が入り、手のひらに爪が食い込む。自分が道具として扱われている。その事実が、肋骨を内側から押しつぶすように重い。
「エレナ・ブライトは、従軍科学者としてこの部隊に同行する。作戦ごとに、君の力のデータを採取する」
エレナは白衣のまま、無表情でリオを見つめている。その目には、科学者としての冷静さだけが浮かんでいた。手には、記録用の魔導装置を持っており、リオの動きを観察する準備ができていた。
「リオ・アーデン、協力してほしい。戦場でのデータが、研究に必要だ」
エレナの言葉は、科学者としての冷静さに満ちていた。リオは背筋を伸ばした。肩の力が抜け、視線が前に向く。実験材料として扱われている。その言葉が、胸骨を内側から押す。
「分かりました」
「では、初めての作戦を説明する」
ヴィクトルは地図を広げ、敵国ネヴァラ公国の湿地帯「夜泣き沼」を指差した。地図には、敵の補給拠点と魔力塔の位置が、赤い印で示されていた。
「ここに、敵の補給拠点がある。魔力塔を破壊すれば、敵の反撃を阻止できる」
「作戦名は『サイレントブルーム』。霧に包まれた夜泣き沼で、静かに敵を切り裂く。リオ・アーデン、君の力が、この作戦の要だ」
リオは地図を見つめ、答えを見つけられなかった。敵を切り裂く――それは、人を殺すことだ。だが、リオは既に約束をしてしまった。王国のために、力を貸す。
リオは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。その呼吸が、体の奥まで届く。気乗りしない気持ちが、肩を押しつける。
「了解しました」
「これは戦争だ。敵を殺さなければ、味方が死ぬ」
ヴィクトルは一瞥もせず、地図を見続ける。その声は、冷たく、リオの心を凍りつかせる。リオは足を前に踏み出した。一歩、また一歩。その一歩が、重いが確かだ。反論できなかった。
「では明日の夜明け前に出発する。それまで、準備を整えろ」
ヴィクトルは資料をまとめ、部屋を出て行った。その足音は、会議室に響き、やがて消えた。
エレナも、リオに軽く頷いて、部屋を出た。その背中には、白衣が揺れていた。
残されたのは、リオとゼロ、そして三名の魔刀使いだけだった。会議室は、静まり返っていた。
「リオ、大丈夫か?」
ゼロがリオの肩を叩いた。その手の温かさが、指先から腕へと伝わる。リオは、少しだけ息を楽に吸えた。
「ええ、でも……僕は、隊長として飾られるだけなんですね」
「お前の力が、この部隊の目的だからな」
「でも、僕は……どうしても人を殺したくありません」
「そうやって悩めるからこそ、お前には心があるとわかる。お前はまだ人間だ」
ゼロの言葉が、リオの耳の奥に届く。胸の中心が、わずかに温かくなる。
三名の魔刀使いは、リオを見ることもなく、部屋を出て行った。その足音は、機械的だった。時計の針が動く音のように、規則正しく、感情がない。
「あの人たちは……」
「感情を抑制されている。ヴィクトルが選んだ兵士だ。兵器として、完璧に機能するように」
ゼロの言葉を聞いた瞬間、リオの背筋を冷たいものが走った。肩の力が抜け、無意識に背筋を伸ばした。感情を抑制された兵士――それは、リオがなりたくない存在だ。
「リオ、お前は違う。お前には心がある。それを忘れるな」
「でも、僕も……兵器として使われている」
「そうかもしれない。だが、お前には選択がある。命令に従うだけなら、剣でもできる。お前は違う」
「選択……?」
「そうだ。お前は、人を殺すことを選べる。選ばないこともできる。それが、お前の強さだ」
ゼロの言葉が、リオの頭蓋骨を震わせる。選択がある――それは、リオがまだ人間である証だ。リオは剣の柄を握り直した。その感触が、手のひらに染み込む。
「でも、僕は……約束をしてしまいました。王国のために、力を貸すと」
「約束は、破ることもできる。お前が、それを選べばな」
「それでは……誰かが死にます」
「そうだな。だが、お前が選ばなければ、もっと多くの人が死ぬかもしれない。それが、戦争だ」
ゼロの言葉が、リオの鼓膜を揺らす。リオは、その言葉に、答えを見つけられなかった。
「ありがとうございます……分かりました」
リオは、深々と頭を下げた。だが、胸の奥で、違和感が渦を巻いている。それは、まだ形にならない不安だった。
夜、仮設宿舎に戻ると、机の上に手紙が置かれていた。封筒には、シルヴァの字で「リオへ」と書かれている。その字は、丁寧で、優しかった。
リオは封を切り、手紙を広げた。紙には、シルヴァの香りが残っていた。
「リオ、不治の刃の創設を知ったわ。でも、リオ、あなたは人間よ。兵器ではありません。どんなに周りがあなたを兵器として扱っても、あなた自身がそれを忘れないで。私は、あなたの味方よ。
シルヴァより」
その手紙を読み終えた時、リオの目頭が熱くなった。涙が、目の端に滲む。シルヴァは、リオを人間として見てくれている。それは、リオにとって唯一の救いだった。リオは手のひらを見つめた。その熱が、少しだけ和らいだ。
「シルヴァ……ありがとう」
リオは手紙を握りしめ、目を閉じた。明日から、不治の刃として活動が始まる。それは、リオが人を殺す日々の始まりかもしれない。
窓の外には、月が輝いていた。その光が、リオの手のひらに落ちる。その温かさが、少しだけ胸を軽くした。でも、明日が何をもたらすのか、まだ誰も知らない。
リオは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。その呼吸が、体の奥まで届く。明日から、不治の刃として活動が始まる。それは、リオが人を殺す日々の始まりかもしれない。だが、一つだけ分かることがある。この力を使い続ければ、リオ自身も、いずれ人間ではなくなる。その時、シルヴァは、それでもリオを人間として見てくれるのだろうか。
魔法が廃れた時代の死神 モノカキ @monocaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔法が廃れた時代の死神の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます