第2話
テーブル型の筐体の上に、震える指で、紅茶を静かに静かに置く。
「お、熱いプレーだね。見学してもいいかなー」
私は努めて明るい声を出す。
「うん」
うんということは、肯定なのだろうか。私はテーブル筐体を挟み、真向かいに座った。
「へー、上手いね。お、ここはこうやってかわすのかー」
「うん」
「あのさぁ、集中しているのは分けるけど。アンタ『うん』しか言えないわけ?」
「はい」
駄目だこりゃと頭を振った。会話が成り立たないので、黙って彼女の華麗なプレーを見ることにした。
そのはずだったのだが、画面ではなく、いつの間にか彼女の顔に見入っていた。いや、魅せられていた。ゴスロリの服と相まって、まるで舶来のビスクドールのよう。本当に綺麗なお人形さんみたい。
暫く見惚れていたのだが、やはり間が持たない。私は再び口を開けた。
「ついにラスボス。さぁ、この難敵を沈めることが出来るのかな?」
「うん」
「そこでボム使って!」
「いや、まだ」
うんとはい以外の言葉が、初めて彼女の口から漏れ出た。「うん」しか言わないビスクドールかと思ったよ。
彼女が操るファイターが爆破炎上。それから、彼女は調子を崩したのか、最後の1機も撃墜された。GAME OVERの画面を見詰める彼女には、生気がまるで感じらず、その目玉は本当に硝子細工かと疑うほどだった。
彼女はこちらに視線を合わせることもなく、ハイスコアの記名欄に黙々と文字を入力する。
Saya
そのように書かれていた。嘘、私とたったの一文字違いだなんて。これはもう運命でしょ。
「へー、サヤって言うんだー。私は摩耶。宜しくね、サヤ」
「いきなり名前呼び捨てとか、馴れ馴れしい」
「なんか言った?」
「別に。それよりその紅茶」
「ああ。うん、どうぞ」
サヤは礼も告げず紅茶を奪い取り、プルタブを押し込んだ。そして、缶に口を付け、ごくごくと飲む。その度に、彼女の隆起した喉が生々しく上下し、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「ご馳走様。じゃあ、私帰るから」
「ちょ、ちょい待ち。もっとさ、もっと楽しもうよ。ここはゲーセンだよ? 弾幕系だけやって終わりとか、そんなのないじゃん」
「そうねぇ……」
サヤは迷っているようだ。ここはもう一押し。
「格ゲーやろ、格ゲー。スト2で対戦とかさ。きっと面白いよー」
「やってもいいけど。でも、これね」
彼女は口のチャックを閉じるのジェスチャーをした。それが妙に可愛らしくて、つい笑ってしまいそうになる。
「何が可笑しいの?」
「いえ、なんでもありません。さ、お嬢様。何にしますか?」
「スト2でいいわ」
互いに席に着く。結果はストレート負けの惨敗。それならばと、私がゴウキをやり、彼女がホンダをやった。
「これでも勝てないとかマジ?」
「負け犬は大人しく国に帰ることだな」
「え? 喧嘩売ってるの、サヤ」
「嫌ねぇ。ガイルの台詞よ」
「なんか棘のあるようにアレンジしてない?」
彼女は鼻を鳴らした。それからも白熱した試合が続いた。そこでポケットから振動。ヤバい、もう11時だ。このまま楽しんでいて、終電まで逃したら、洒落にならない。
「えっと。じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん。でも待って。最後にシューティングゲームをもう1回だけやらせて」
彼女はさっさと歩き、テーブル筐体に座った。そして、サヤはギャラクシアンでも凄い腕前を見せた。
ゲームオーバーになってから、また彼女は黙々と自分の名前を打ち込む。Sayaと。
「なんでハイスコア出すと、イチイチ名前打ち込むの? 普通面倒だから、AAAとかにしない?」
「名前をさ。名前を刻んでおきたいの。確かに、私はここにいたんだぞーってね」
そんなものなのだろうか。所詮、テレビゲームではないか。そんなものに、名前を刻んでもしょうがないように思える。
だが、ふとある単語が頭を過る。
存在の証明。
これは、そういったことなのだろうか。
店外に出てから、私は彼女を見遣る。華奢である。それも折れてしまいそうなほどに。
裏びれた通りから、人の多い通りに出る。辺りは酔客だらけで、酒臭い。ふらふらと千鳥足で歩く人もいる。
人生は悲哀だ。悩みもなさそうに陽気に騒ぐ輩達。煤けた背中のサラリーマンは、ぶつぶつと独り言を言っている。この通りにも、陽があり陰がある。それなら、大人になどならない方が、幾分マシなのではないだろうか。
それでも、サヤは颯爽と歩いて行く。この汚泥の中を。しかし、酷く酔っ払った男が、彼女の方へとふらふらと近付いていく。ぶつかると判断した私は、彼女の腕を取り、強く引いた。そこから、彼女は私の腕を掴みながら歩いた。
「このまま腕を組んで行くつもり?」
サヤは無言で頷いた。そのまま駅まで歩いて行く。その間、腕に彼女の温もりを感じ、心がぽかぽかと温かくなった。春先なのに薄着で来てしまって、先程まで身体を凍えさせていたが、今はもう大丈夫。こうしてサヤの体温を感じられるのだから。
駅に着き、警備員を見た途端、サヤは私の腕を振り払った。安全圏まで来たからってコイツ。けど、なんか憎めないんだよね。
「ホームまで送るよ」
「来なくていいから。ここでお別れしよ?」
「けど、私は貴女のことを何も知らない。フルネームも、山手線か中央線なのか、何もかも」
「私達はゲーム仲間。ゲーセンで会えばいいだけじゃない」
「それはそうだけどさ……」
私は、思わず俯いてしまった。
「けど、やっぱフルネームくらい」
そこで絶句した。サヤの姿がなかったからだ。身長が小さいから、すぐに人混み紛れたのだろうか。それとも幽霊か何か。或いは、春先に見た幻影だったのだろうか。
いや、幽霊というのは語弊がある。彼女はもっとこう……実態はあったけど不思議で。それでいて悪戯好きな幼女のような一面があって。
ふと、駅の時計が目に入る。針は深夜を回ろうとしていた。
そうか、彼女はシンデレラのように、慌てて去って行ったのか。ガラスの靴も残さずに。
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