短編:百合文芸
ナイトレイン
第1話
夜の歌舞伎町を一人でブラブラと歩く。私の家は、どちらか言えば貧乏な部類だ。現に親父は深夜まで会社にいるし、お袋は夕飯を作り置きしたら、夜のパートに出掛けるし。お陰で、こうして夜の盛り場を意味なくブラブラと闊歩できるんだけど。
スクランブル交差点を渡る際、車が上向きライトにしていて目を細めた。不快ではあるが、太陽よりはマシである。いつからだろうか、陽光が嫌いになったのは。少なくとも、中学の頃は、明るい日差しってやつが、嫌いではなかったな。
ウザい呼び込みの声や、キャッチのおじさん。この街の名物だって言われれば、それまでなのだけれど、気に障るものは気に障る。それなら、こんな雑多で猥雑な街になんか来なきゃいいじゃんと、自分でも思ってしまうが、勝手に足が向かうのだ。火に吸い寄せられる蛾のように、私はこの喧噪を欲している。
コンビニに入り、缶入りのモスコミュールを買う。路上で人間観察しながらアルコールを飲んでみる。
「よっ、摩耶じゃん。久しぶり」
「うっす、洋子。おひさー」
「コンビニの前で、酒とか飲んでじゃねぇよ。お前、一応広高の生徒だろ?」
「説教の前に洋子が指に挟んでるのなにかなー」
私は、洋子が手にしているアイコスを指差す。
「うん? まぁ、これはまだ肺が健全な証拠だよ」
「互いに高校生だし、大概にしないとかな」
「それな」
洋子は笑った。屈託のない笑顔である。彼女とは、同じ中学であったが、今は違う高校に行っている。
「そんじゃあ。補導されんなよー」
洋子は手を挙げながら、背中を見せた。
さて、これから何処に行こうか。もう歩き疲れたな。かといって、激安の飲み屋に行く気分でもないし。また彼と鉢合わせでもしたらシャレにならないし。
迷った末、行き先を決めた。無料案内所の角を曲がり、賑やかな通りから一本外れた道を往く。それだけで空気が冷たくなり、陰が濃くなる。尖ったナイフのような危なさが漂ってくる。それでも、私はこのスリルが好きだ。
足を止め、地下への階段を下っていく。自動ドアのマットに足を置くと、扉は僅かな音を立て、横にスライドした。そこは薄暗い店内。暗くて、陰鬱な場所。入ったと同時に、けたたましい音の電子音がする。
ここは、新型の筐体もあるにはあるが、主にレトロゲームが置いてある。ワンプレー50円で楽しめる財布に優しい場所。
家に帰れば、スイッチがある。レトロなアーケードがしたいなら、それをすれば事は済む。済むのだが、なんかこの場所がいいのだ。オレンジ色のアストロシティの筐体に、テーブル型のテレビゲームまである。こういった空間が、たまらないのだ。
私は、女子高生にあるまじく、シューティングゲームが好きだ。まずは、戦場の狼をプレーにすることにした。コイン投入口に50円玉を滑らせる。だが、ものの3分ほどで、残機ゼロ。下手の横好きとは、よく言ったものだ。
プレーに集中し、喉も渇いたので、赤い自販機に行き、コーラを買う。口内で泡がプチプチと弾け、喉に刺激が刺さる。爽やかな風が吹き抜ける。モスコミュールより、私の口にはまだコーラが合うのかもしれない。
そんなことを考え、壁に凭れながら胡乱な目で店内を見ていると、一人のゴスロリ少女が視界に入った。なんというか、彼女は……汚泥に咲く白い蓮の花のようであった。肌は抜けるように白い。
純白。その言葉は、彼女のためにあるのではないだろうか。
その美貌にまず目が行くのだが、その次に彼女のスティックさばきとボタンさばきに心を奪われる。弾幕系のシューティングゲームだというのに、名も知らぬ彼女は、無数の弾を全てかわし、あまつさえ敵機に打撃を加えていた。
ああ、ボタンを触る彼女の白魚のような指⋯⋯綺麗だなぁ。
私は、暫し呆然と見詰めた。その白さは、街の汚れを拒むようで、私の視界だけが静かに澄んでいった。
どうにかして、彼女に近付きたい。そして、友達になりたい。私は自販機まで取って返し、缶入りの紅茶を買い求めた。彼女のために。気に入ってくれるといいのだけれど。
だが、その時、初めて妙な感覚を覚えた。怯んだ? ――いや、違う。
もし、缶紅茶の差し入れをして、拒絶されたら。そう想像すると震えが来た。私は元来、物怖じするタイプではない。だが、なんだろうこの違和感は。
数秒遅れて「あ」と小さく声にした。そうか、これが怯えというものなのか。知らなかったよ、こんなもの。
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