第12話エルフのルーシェ、風の大精霊 下

「待ってください!!」

後ろの天幕から怒鳴り声が聞こえた。

小さな少女の影が天幕にうつる。


「ミアちゃん!まだ起きちゃだめだ、安静にしないと」

「ゴホッ、大丈夫ですよ...」

「いけない、喉を傷めているはずだ。......すべて私の軽はずみな行動が原因だ。本当にすまなかった」

「ん"ん、理由があった行動だと..ゴホッ...ん"ん"...理解はしていますよ」

「.....そこの女、名はミアといったか?」

「はい。せっ、精霊協会から来ました、み、ミアと申します」

「ミア、話はルーシェから聞いている。すまなかったな。妾からも謝罪を言わせてほしい」

「そんな!滅相もございません」

「こいつは優秀なのだが手が早いのがダメなんだ。しっかりと言っておく。....それで、ミアよ、お前はどこから話を聞いていた?」

「え"っと、ずいぶんとくつろいでいるようだな...くらいからです」

「...ほとんど最初からじゃねえか」

「なら話は早い。お前が精霊協会の者ならわかっているだろう?契約は妾と国の間で行われたもので協会どころか他の大精霊にも干渉できないことを....さっさと山をおりろ」

「っ! しかし...コホッ...ならせめて...何があったのかだけでも教えてください!代償とはなんなのですか?ヤンセン商会とあなた方に何があったのですか?ほかにもいろいろっ」

「断る。なぜお前たちに話さなければならい?妾には拒否する権利がある」


なにも言い返せない。契約が当人同士で完結している場合原則として他者が介入することはできない。

それはこの世界でも同じことだ。

クソっ!なにかいい方法はないのか...


「——あります。あなた方には私に説明する義務があります!!」

「み、ミアちゃん!?」


いきなり何を言い出すんだ?くやしいことに俺たちには何の権限もないだろう


「なんだと?」

「ですからあなた方は私の質問に答えなければならないのです」

「お前!ふざけるのもいい加減にしろ!リーリエ様になんてことを」

「あら、ルーシェさん...でしたっけ?あなたにも...というよりあなたのせいなのにそんなこと言ってよろしいのでしょうか」

「なっ、なにを!」

「ほう、なかなか面白そうではないか。話してみろ」

「う"ん"ん!はい、風の国の法律では緑の森の民も国民として扱われ、すべての者に平等な権利と尊厳が与えられ、法律が適応されることになっています。つまり——」

ミアちゃんは一度息を整え、ルーシェをまっすぐ見た。

「つまり私はあなたを暴行犯として訴えることができるんですよ」

「~っ!.....ふっ...ふふっ...確かに緑の森の民は国民として平等に刑罰が適応される。....しかし!緑の森の民保護法によれば緑の森は我々エルフの先住地として認められており、今夜のお前たちの行動は侵入に対する防衛として正当性が主張できる」

「確かにこの森はあなた方の権利が優先的に認められてるとはいえ、完全な所有地ではなく誰でも森にはいること認められているはず!」

「それは通行や研究、学習などが目的の場合で夜の森にわざわざ入ってくるやつに正当な理由があると判断することは難しいのではないか?私が自身の正当性を証明できないように、お前たちも自身の正当性を証明できないだろ」

「........確かに、疑わしきは罰せずが原則です。私の訴えが棄却される可能性は十二分にある。....しかし、今の不安定な風の国でこの件が公表されれば、エルフ側にヘイトが向かうのは自明でしょう」

「あはははっ、ミアよ、お前は妾たちを脅すつもりか?」

「脅す?いやですね、”示談”といってください」

不敵に微笑む姿はぞっとするほど美しかった。


「”示談”ねぇ....なにが望みだ?」

「リーリエ様、あなたがなぜ急に風を吹かせなくなったのか、代償とはなんなのか、ヤンセンとなにがあったのか、全てを教えてください」

「.........いいだろう。全てを話そう」

「待ってください。これは私の問題です!リーリエ様が話す義理などありません」

「お前がかわいいからというだけではだめか?ルーシェよ」

その声は、からかいではなく――幼いものをかばうような、ひどく静かな響きを帯びていた。

「それに全てを話したところで何も変わらない」


「..........全てを話そう」


あれは5年前の話だ。

妾たちの森にヤンセンという男が尋ねてきた。

彼が言うには緊急で王室の修繕が必要になったため、水の国から大理石を運びたいのだと。


「しかし航路を使うと時間がかかってしまいます。再来週には舞踏会があるのです。どうか、どうか森を抜けさせてもらえないでしょうか」


草木や精霊を傷つけないことを条件に妾は通行を許可した。

見返りとして奴は魔力と食物を捧げた。誠実だった。

その後も同じような願いを何度か聞き入れた。

奴はエルフや他の精霊にも敬意を払い、森を傷つけなかったのだ。....しかし、それは最初の数回だけだった。


ある日、ほんの少しだけ山道が広くなっている気がした。最初は気のせいかと思っていたが違和感は確信になっていった。

数回通っただけでは説明できないほど踏み整えられた土。折れた若木。たくさんの焚き木跡。放置されたゴミ。

奴の部下が妾のかわいい精霊たちを侮辱している声が風に乗って聞こえてくるようになった。

妾は問いただした。

「約束が違う」

奴は困ったように笑い、こう言った。

「申し訳ありません。部下が勝手な真似をしました。すぐに指導いたします」

そう言って、より多くの魔力と食物を捧げた。

そして妾は――信じてしまった。

だが、次に森を訪れた時、山道は“道”と呼べるほどに整えられていた。

伐られた木々は数え切れず、精霊の宿る古木には杭が打ち込まれ、精霊がぞんざいな扱いを受けたという報告が多く集まるようになった。

その時、奴は言ったのだ。

「通行のたびに問題が起きるのなら、いっそ“正式な道”にしてしまった方が、森のためにもなるでしょう?」

――それは、提案ではなかった。

既に奴の中で決定されていたのだ。

妾は理解した。

この男は、森を借りるつもりなど最初からなかったのだと。精霊を、エルフを追い出そうとしているのだと。

「これ以上の通行を禁ずる。二度とこの森に足を踏み入れるな」

その瞬間、奴の目から、敬意は消えた。


それから奴は嫌がらせというには過ぎた行いを繰り返すようになった。

無許可で大量に木が切られ、動物や魔物を必要以上に狩り、精霊達に危害を加えるようになった。

こちらが反撃すれば不当だと言われ国から検査が入りさらに森は踏み荒らされた。

然るべき機関に対応を求めても検討するの一点張り。

そして、風にのって聞こえてくるようになった妾達に対する根も葉もない中傷。

その全てが妾を、森を深く傷つけていった。


「だから風をとめた」

リーリエの髪が風になびく。その目には諦観の色がうつっている。


「契約違反なのはわかっていた」

「ならどうして....」

「人間たちが妾たちを軽んじるようになったからだ」


ヤンセンは精霊を追い出そうとした。

国に調査を依頼しても返答がない。

風に乗って聞こえる人間たちの声からも精霊を道具としてみている。


奴らの行いは限りなく契約違反に近いとは一個人の行いと言われればそれまでだ。

風を止めれば代償を払うのは妾のほうだ。.....しかしこれ以上、妾だけでなく他の精霊やエルフまでもが侮辱され、軽んじられるのは許せなかった。


「今この国に流れている風は精霊の力が加わっていない本来の風だ。このままでは二千年前と同じように砂漠に戻るだろう。.....ははっ....ははは!ざまあみろ!ははははっ」

「リーリエ..様.....」

「........なんだよ、そんな目で見ないでくれよ。アキラ、我ながら最低で、浅はかで、醜い行いなのはわかっている。でも、たとえ妾が消えるとしても、人間にもう一度、もう一度だけでも妾たちの存在を....」

「消える?消えるってどういうことですか!」

「それが代償だ。当たり前だろう?一国との契約を個人的な理由で破ったのだ。妾はもうすぐ全ての魔力を失い、消失する」

「それって...死ぬってことですよね」

「あははっ、死ぬなんて言うな...妾はただ風に戻りまた世界をめぐるだけだ」

「.....リーリエ様」

「だから言っただろ?契約はすでに終わったのだ。その責任も取った。もういいんだ.......さぁ、もう遅い時間だ。健全な少年少女は帰れ」

「待ってくださいリーリエ様!まだほかに方法があるかもしれません!」

「ミア......ありがとう。《旋風》!」


優しい風が巻き起こったと思うと一瞬遅れて浮遊感が襲ってくる。

「うわっ!えっ?まって、まって!リーリエ!」

「きゃぁっ!リーリエ様!まだ...まだ!」

どんどんリーリエやルーシェ、エルフの町が小さくなっていく。

待って、待ってくれ!そんな——

なりふりかまわず手足をふりまわして抵抗するも風はどこまでも強く、強引で、そして優しかった。


抵抗むなしく俺たちは麓の草原にたっていた。

なぜだろう、涙があふれてくる。

それが悲しみなのか、悔しさなのかもわからないまま、朝日が山の緑を照らすまで、俺たちはただそこにいた。

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