パート6 素人探偵、始動する?
7
「お待ちしておりましたよ!」
と、ポニーテールの少女が笑顔で言った。豊後清川駅の改札口を出た待合室で、上城由布子が、九郎と公彦を待っていたのだ。
「おや?変わった乗り物ですね……」
と、駅前に待たせてある乗り物を見て、九郎が言った。そこには、空の荷車が馬車の如く、二頭の栗毛の馬に繋がれていたのだ。
「すみません!桐山に行く、県道が先日の大雨で、何ヵ所か通行止めになっていまして……、林道の狭い迂回路は、馬車でないと通れないもので……」
と、由布子が申し訳なさそうに事情を説明した。
「いやいや、なかなか、馬車など乗る機会はありませんから、ね!わたしの先祖は、牛車に乗っていたそうですが……」
公彦はそう言って、旅行鞄を荷車に放り込み、袴のわりに颯爽と、自らの身体を荷車に乗り入れた。そして、手を差し伸べて、由布子の腕を掴んで荷車に引き上げた。馭者の男が自分の受持ちを取られたことに、目を丸くした。
(女にモテないくせに、こういう行動は、すばやいな……)
と、九郎は呆れながら、自分も荷車に飛び乗ったのだ。
「辰造!出発して!」
と、由布子が馭者の男に言った。
「これから向かう桐山村について、お話しておきますわ、ね……」
と、馬車が駅前を離れると、荷車にペタンと腰をおろし、由布子が語り始めた。
桐山村というのは、旧名で、現在は、清川村に統合されていて、字名が桐山になっているそうだ。桐山と柚木山という、六百メートルほどの山に挟まれた盆地で、集落には、百数十人が暮らしている。
戦国時代は、大友家の領地であったが、江戸時代には、岡藩の中川家の領地になっている。大友の時代には、島津との戦のために、出城があった。その城代の子孫が上城家というわけだ。
「大友の前には、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の落武者が暮らしていた!という伝説があります……」
大野川の支流の山間を流れる小さな川沿いを荷馬車は、進む。そろそろ、西日が県境の千メートル級の山々に沈みかけている。
「集落は、三つのグループに分かれています。桐山神社のある辺りと城跡の辺り。そして、柚木山の麓に広がる、牧場辺りに住む人たちです……」
「桐山神社は、ふたつあるそうですね?上と下と……」
「ええ、桐山の地名になった場所ですけど、ふたつの神社は、それほど離れてはいません。宮司もひとりが兼任しています。それと、浄土真宗のお寺があります。大聖寺といいます。善覚さんという住職がいます。他には、小学校と村役場の支所。警察の派出所があって、若い独身のお巡りさんが住んでいます」
馬車が短い橋を渡り、川沿いを離れ、谷間を通りすぎる。峠を越えると、目の前に旧桐山村の集落が見えてきた。
(さて、『八つ墓村』か、『鬼首村』か……?どちらにも似ていて欲しくはないけど、ね……)
※
「かなり、大きな屋敷だな……」
と、上城家の離れに案内されて、畳の上に腰をおろし、公彦が言った。
母家の他に、離れらしい家屋がふたつある。
「まあ、祖先は『お代官さま』だったらしいから、代官屋敷跡かもしれないよ……」
「庭も広いし、便所に行ったら、迷いそうだぜ!母家には、渡り廊下でたどり着けるだろうが、その先の玄関にたどり着く自信がないな……」
「そのわりに、使用人は少ないみたいだよ!馭者をしていた辰造という下男と、お芳さんという中年の女中がいるだけだ!」
「家族は両親と姉妹、祖母の松という婆さんだけ……。お松さんの世話は誰がしているのかな……」
「八十歳近い婆さんらしいな……。母家の奥座敷にいるらしいが、世話がいらないくらい元気だそうだよ!さっき、お前がトイレに行っている間に、お芳さんから訊いたんだ!白猫のリリィが、お相手をしているそうだ……」
「さすが、年上の女性には強いな!七人も『お姉さま』がいる家系の男だからかな?それで、他に情報は……?」
「ああ、戦争前は、沢山の使用人や小作人がいたそうだ!戦後の農地改革で田畑が安い値で小作人のものになって、二人の息子は戦争に取られて、帰ってこなかったそうだよ!」
「斜陽族か……?家計が圧迫してきて、使用人の数を減らした、ってことだな……」
「戦後、柚木山の麓で、酪農を始めた一家がいて、使用人たちがそっちに移った!ってこともあるそうだ、けど……」
「あるそうだ、けど?」
「何か、ひと悶着!というか、騒動があったようなんだ!お芳さんは、言葉を濁していたけど……、その酪農一家が稲垣志奈子の家らしいぜ……」
「つまり、今回の殺人事件の発端は、その『ひと悶着!』に関係しているってことか……?さすが、名探偵『神津恭介』の親戚だな!警察より進んでいるぜ!」
「進んではいないだろう?我々は、まだ後藤佳奈子の周辺も稲垣志奈子の周辺も、何ひとつ手をつけていないんだぜ!」
「大丈夫さ!名探偵がふたり、事件解決のためにやって来た!その噂が立てば、犯人か、あるいは、事件の関係者が動き始める……。自ら、墓穴を掘るさ……」
(おいおい、三流の推理小説じゃあ、ないんだぜ!そんなに都合よく事が運ぶかよ……)
次の更新予定
九郎の冒険――または、『断髪殺人事件』―― @AKIRA54
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