パート5 公彦、金田一耕助もどきになる?


「公彦!なんだ?その格好は……?」

待ち合わせの京都駅に現れた、綾小路公彦の出で立ちに、九郎が驚きの声を上げた。彼の格好は、これから長旅をする人間としては、いささか奇抜だったのだ。

ヨレヨレの袴に一重の絣(かすり)の着物。頭にしわくちゃのお釜帽。古臭い時代ものの四角い旅行鞄。足元は、下駄ばきだ。

「おいおい、驚くほどのことじゃないだろう?我々は、探偵として招待されたんだぜ!探偵らしい格好をするのは、当たり前だろう……」

「探偵らしい格好?そのヨレヨレの袴が、か?」

「知らないのか?名探偵『金田一耕助』だよ!『八つ墓村』だよ!お前の『神津恭介』より、有名だぜ!」

金田一耕助は、横溝正史が創作した、素人探偵だ。ただし、この事件当時は、のちにブームになる、角川映画の金田一耕助像は、一般的ではなかった。逆に、片岡千恵蔵のソフト帽にスーツ姿の方が知られていた。公彦は、小説版の金田一耕助像を自ら発掘したようだった。

「しかし、活動しにくいぜ!その格好は……」

「活動は、しない!名探偵は、これを使うだけだ!」

と、お釜帽を指差した。

「帽子を使うのか?手品師だろう?鳩を出したり……」

「バカ!帽子じゃない!灰色の頭脳だよ!」

「灰色の頭脳?それは、ポアロのセリフだぜ!まあ、いい、列車の時刻だ!急ぐぜ!走れるのか?」

ふたりは、改札口へ急ぐ。博多行きの夜行列車に乗るのだ。指定席の車両を探す。五号車の扉から乗り込もうとすると、横から現れた初老の男性が声をかけてきた。

「すまないが、この指定券の車両は、ここで間違いないかね?」

そう言って、金縁の丸い眼鏡に、ベージュの夏用のスーツ、同系色のソフト帽をかぶった男性は、列車の乗車券と座席指定券を右手に差し出した。その番号は、偶然なのか、ふたりの席と隣り合わせだった。

「ああ、僕たちの隣ですよ!この車両です!お荷物を持ちましょう!」

と、九郎は言って、男性の足元にある黒いボストンバッグを右手に、自分の分を左手に提げて、タラップを上がった。

「すまないね!君たちは、K大の学生かね?先ほど、歩きながら、岡山君と上城さんが婚約した!ことを話していたようだが……?上城真弓さんとは、K大の助教授。岡山君も九月には、助教授に推薦されるそうだね?それで、岡山君も結婚に踏み切れたんだろう……」

と、寝台車の一室に腰をおろして、男性が帽子を取りながら言った。

(なんだ?この爺さん!えらくK大に詳しくないか……?)

「では、ここで……。気をつけて行きたまえ!幸運を祈っているよ!金田一耕助君!神津恭介君!」

大分駅のホームで、宗像と名乗る同室になった初老の男性は、帽子を持った右手を振った。

九郎と公彦は、豊肥本線で、竹田市方面に行くのだ。宗像は、日豊本線で、臼杵に行くとのことで、お別れになったのだ。

「驚いたね!あの宗像という爺さん、去年、いや、この春まで、K大の教授だったんだね!」

と、金田一耕助もどきが言った。

宗像総司という歴史学者だ!と自己紹介した男は、学会の研究会に出席し、帰りの列車の乗車券を大学の事務局で手配してもらったことを語った。公彦も上城助教授から依頼を受けた、事務局の職員に切符を渡されたから、同室になった原因は、切符が同じ事務局経由だったからなのだ。それで納得できた。

「岡山助手は、宗像教授の下で働いていたんだな……。宗像教授が大学を辞めた原因が『邪馬台国論争』だったとは、ね……」

「畿内か?九州か?K大は、畿内派が大半だ!九州説を九州出身の宗像教授が唱えたら、そりゃあ、反発を喰らうよ!」

「宗像教授は、九州の大分と福岡の県境。宇佐神宮辺り一帯が卑弥呼のいた邪馬台国だ!と主張しているんだ。畿内説だと、魏志倭人伝に書かれた、九州各地の国の名はあるが、そこから、畿内までの国の名がない!中国地方か四国にあったはずの国名が書かれていないんだ!考古学的にみて、卑弥呼の時代には、中国四国地方にも、かなりの豪族がいたはずだから、魏の使者が瀬戸内海を通ったとしても、中国地方の豪族に挨拶なしでは、通行できないだろう、と主張したんだ!」

「宇佐神宮は、例の道鏡事件の時の御神託もあるから、な……」

「だが、決定的な証拠はない!九州説は我が大学では、異端扱いさ!嫌気がさして、故郷の高校の講師に転職した!って言ってたね……」

「その所為で、岡山助手の昇格が半年遅れたんだぜ!助教授になったら、上城真弓にプロポーズする予定が半年ずれることになった!なんて、笑えないぜ……」

「まあ、婚約に漕ぎ着けたんだから、良し!とすべきさ!桐山村の上城家に挨拶に行くそうだから、我々とも『お目見え』するはずだよ……」

「桐山か……。お前の従姉が言った『上桐山神社』は『髪切り山神社』と聞こえる!ってやつが、気になるな……」

九郎は、美雪のことを従姉だと称している。赤の他人で、すぐ側に住んでいて、かなりの美形。恋人だの、彼女だの、あらぬ詮索をされないためだ。陰陽師の修行をしている、姉弟子!という、本当の関係を喋るわけにはいかない。

「しかし、もうひとつ『下桐山神社』もあるんだぜ!」

「シモ切りか……。男のチ✕ポを切り取るのかな?」

「バカ!下ネタは嫌いだ!と言ったのは、お前だぞ……」

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