第2話 切り捨てられた女
大澤玲央と一緒に歩く夜は、優里亜にとって現実感がなかった。
夜のきらめくネオンに照らされた街、低い音で流れる音楽、
制服姿でも年上たちに混ざって歩けることが、
優里亜には「大人になった証」のように思えた。
玲央は強かった。
声が低く、ちょっと乱暴で、周りが一歩引く存在だった。
――健人とは違う。
その違いが誇らしかった。
最初の頃、玲央は優里亜を“見せびらかす”ように扱った。
肩を抱き、腰に手を回し、仲間の前で名前を呼んだ。
「俺の女、ゆりあ。かわいいだろ?お前ら」
その一言で、優里亜は満たされた。
選ばれたんだ、あたし。
そう、その時は思えた。
だが、それは長く続かなかった。
次第に連絡は減り、会うのは夜だけになった。
学校では声をかけても、目すら合わないし、逸らされる。
「今ダチといるから」
「あとでな」
だけど・・・
その“あと”は来なかった。
優里亜は不安を誤魔化すように、さらに派手になった。
金髪を明るくし、スカートを短くし、メイクを濃くしてみた。
玲央に合わせれば、繋がっていられると思った。
けれど、玲央の目はもう彼女を通り越していた。
ある夜、玲央の仲間たちと一緒にいたときのことだった。
酒を回され、笑われ、肩を叩かれる。
玲央の取り巻きの一人が言った。
「玲央の女、ノリいいな」
「使えるじゃん」
その言葉で、こころがスッと一瞬で冷えた。
“彼女”ではなく、“玲央の女”。
名前すら呼ばれない存在。
数多くいる玲央の女の一人にすぎない自分・・・
帰り道、優里亜は無意識に玲央の手を握ろうとした。
振り払われた。
「よせよ。お前ってさ重いんだよな」
それだけだった。
謝ろうとしたが、理由が分からなかった。
泣きそうになると、さらに冷たい視線が返ってきた。
「そういうとこだな」
何が“そういうところ”なのか、教えてはくれなかった。
そして別れは、拍子抜けするほどあっさり訪れた。
夜のコンビニ前で、仲間といる時だった。
彼・玲央はスマホを見たまま言った。
「おめえさ、もういい。帰ってくれる?」
優里亜は一瞬、意味が分からなかった。
「……え?」
「飽きたんだわ。お前に。つーか、普通にめんどい」
「めんどくせぇ女だな」
理由を聞く前に、言葉は続いた。
「金かかるし、泣くし、束縛するし」
「正直、使いづらいんだ。お前はさ」
“使いづらい”。
その言葉で、すべてが理解できてしまった。
優里亜は恋人ではなかった。
最初から、自分の自尊心を高めるだけに存在しているだけ。
「待って……」
手を伸ばしたが、玲央は見向きもしなかった。
「もう関わんな」
それで終わりだった。
玲央の背中が仲間と一緒に遠ざかり、ネオンの中に消えていく。
引き留める言葉は、喉で潰れた。
翌日から、世界は一気に変わった。
学校では、玲央が別の女子と笑っていた。
目が合っても、完全にスルーされた。他人だった。
噂は早かった。
「優里亜って、捨てられたらしい」
「玲央の元カノって、すぐ消えるんだよねぇ。マジウケる」
優里亜が廊下を歩いていると、女子生徒たちの笑い声が、背中に刺さる。
健人の耳にも、その噂は届いていた。
「なぁ健人。優里亜って、やばい方向行ってるらしいぞ」
「玲央に遊ばれて捨てられたって」
健人は何も言わなかった。
ただ、胸の奥が静かに冷えた。
――あの時、俺の話を聞いてくれれば・・・
その時はそう思った。
けれど、すでに玲央の女に”成り下がって”いた優里亜を引き戻そうとは思わなかった。
夜、優里亜は鏡の前に立った。
金髪。濃い化粧。短いスカート。
どれも、誰かに選ばれるための武器だったはずなのに。
今は、何も守ってくれない。
スマホを握りしめ、健人の名前を見つめる。
連絡すれば、きっと返事は来る。
優しい人だから。
そう分かっているからこそ、怖かった。
優里亜は、初めて気づいた。
自分はもう、どこにも属していない。
選ばれる側から、切り捨てられる側へ落ちたのだと。
そしてこの孤独が、
次に向かう先――健人からの拒絶への、予兆であることを
まだ彼女は知らなかった。
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