優しさに戻る場所はない

てつ

第1話 変わってしまったもの

藤野健人と北野優里亜は保育園のころの記憶が一番古い。


物心ついた頃には隣にいて、小学生の頃は毎日のように同じ道を歩いた。

雨が降れば健人が傘を差し出し、転べば優里亜が泣く前に健人が謝った。

理由はいつも分からなかったが、健人はそうするのが当然だと思っていた。


「藤野くんはホントに優しいよね」


中学生になってから、優里亜はそう言って笑った。

その言葉が嬉しくて、健人はますます彼女を大切にした。


付き合うようになったのは自然な流れだった。

告白というほどのものでもなく、優里亜が帰り道で「これからも一緒だよね」と

言われ、健人が頷いただけだった。


健人は満たされていた。

彼自身、派手さはないし、優里亜失う不安もなかった。


――あの日までは。


高校の入学式。

人で溢れる校門の前で、健人は優里亜を探していた。


見つからないはずだった。


金髪が太陽の光を反射し、短すぎるスカートが風に揺れる。

胸元のリボンはほどけかけ、笑い声はやけに大きい。


彼は、しばらくそれを自分の知らない「他人」だと思って見ていた。

他の中学から来た、単なるギャルとしか認識していない


だが、そのフとした表情を見て

「・・・優里亜?」


呼びかけると、彼女は振り返った。

一瞬だけ、昔の面影が浮かび、それから軽く口角を上げた。


「なに、その顔。ウケるんだけど」


その笑い方は、健人の知らないものだった。

――こんなこと言う子だったかなぁ―――


「イメチェンしたんよ。高校デビューってやつ?」

優里亜は当然のように言った。

健人は何も言えず、ただ頷いた。

「どう?似合うっしょ?」


否定すれば、置いていかれる気がした。

「あ、ああ、似合ってる」

放課後、一緒に帰る道は変わらなかったはずなのに、歩く距離は遠く感じた。

優里亜はスマホばかり見て、健人の話を途中で遮った。


「健人さぁ、真面目すぎん?もっと楽しまなきゃ」


それは責める言葉ではなかった。

彼女自身は当然と思って言ったまでだ。

だから健人は、胸に小さな痛みを抱えつつ、笑った。


数日後、優里亜の周りには知らない男子たちが集まり始めた。

健人が近づくと、どこか気まずそうにされる。


「彼氏いるんでしょ?」

そう聞かれ、健人は答えられなかった。


優里亜の視線は、もう自分を見ていなかったから。


夜、メッセージを送っても返事は遅くなり、やがて短くなった。

「あとで」

「マジ?」

「だる」


――変わったのは、髪の色だけじゃなく、言葉遣い、雰囲気、

  寄ってくる男子生徒たちも派手で、チャラくて、ヤンキーみたいのもいる。


健人はそれを理解しながら、何もできなかった。

優しさしか持っていない自分が、急に不安になった。


そしてその不安は、現実になっていく。

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