第15話 勇者の代償


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崩壊は、

止まらなかった。


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玉座の間の壁が、

光の粒子となって、

剥がれ落ちていく。


床に走っていた赤い光は、

すでに意味を失い、

断線した回路のように、

明滅を繰り返していた。


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「……境界が、

 完全に露出している」


ルーグが、

歯を食いしばる。


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※境界

異世界と現代世界を分けている、

見えない“膜”。

魔王は、その結節点に存在していた。


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魔王の姿は、

ほとんど霧のようだった。


人の形を、

保っていない。


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「勇者」


その声は、

弱々しい。


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だが、

はっきりと、

竜司に向けられていた。


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「ここまで、

 よく来た」


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「……まだ、

 終わってない」


竜司は、

剣を支えに、

立っていた。


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全力解放の反動が、

身体を、

確実に蝕んでいる。


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視界の端が、

暗い。


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「接続を、

 切る必要がある」


ルーグが、

冷静に告げる。


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「魔王は、

 消えつつあるが……」


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「境界は、

 勇者と、

 まだ繋がっている」


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セラが、

はっと息を呑む。


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「……竜司?」


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竜司は、

静かに、

頷いた。


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「俺が、

 繋いでいる」


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「正確には」


竜司は、

胸に手を当てる。


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「俺の中に、

 二つの世界が、

 重なっている」


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一度目の召喚。


影武者討伐。


帰還。


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そして、

二度目。


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「世界は、

 俺を、

 “通路”として、

 使った」


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「それを、

 閉じるには――」


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言葉が、

途切れる。


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セラが、

首を振った。


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「だめよ」


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「そんな方法、

 認めない」


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「他に、

 ないの?」


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ルーグは、

沈黙した。


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その沈黙が、

答えだった。


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「……ある」


竜司が、

ゆっくり言う。


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「俺が、

 “勇者”であるのを、

 やめる」


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ガルドが、

低く唸る。


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「どういう、

 意味だ」


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「世界の修正機能から、

 完全に、

 切り離される」


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「もう、

 二度と」


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「異世界にも、

 現代にも、

 干渉できなくなる」


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※修正機能からの離脱

勇者としての資格を放棄し、

世界から“選ばれない存在”になること。

力だけでなく、

記憶や感覚の一部も失われる。


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「代償は?」


ガルドが、

短く問う。


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竜司は、

少し考えてから、

答えた。


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「……分からない」


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「多分」


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「普通の人間として、

 生きられるかどうかも、

 怪しい」


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セラの目から、

涙が溢れた。


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「そんなの……

 そんなの、

 勇者じゃない……」


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「だからだ」


竜司は、

優しく言った。


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「勇者じゃ、

 なくなる」


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「俺は、

 帰れなかった人間だ」


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「なら、

 最後は、

 帰れないまま、

 終わらせる」


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魔王の残滓が、

かすかに、

笑った気がした。


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「……皮肉だな」


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「世界を、

 救うのは、

 いつも」


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「世界から、

 切り捨てられる者だ」


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その声は、

完全に、

消えた。


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玉座の間は、

もはや、

存在していなかった。


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残っているのは、

光の裂け目。


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「時間が、

 ない!」


ルーグが、

叫ぶ。


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「やるなら、

 今だ!」


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竜司は、

仲間たちを、

一人ずつ見た。


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セラ。


ガルド。


ルーグ。


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「……ありがとう」


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「一度目も、

 二度目も」


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「俺は、

 一人じゃなかった」


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セラが、

泣きながら、

笑った。


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「……ばか」


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「生きなさい」


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「それだけは、

 守りなさい」


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ガルドは、

拳を胸に当てる。


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「お前は、

 最後まで、

 勇者だった」


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「いや」


竜司は、

首を振った。


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「最後は――

 人間だ」


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彼は、

剣を、

境界の中心へ向けた。


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全力解放を、

逆転させる。


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世界との、

同調を、

断ち切る。


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光が、

竜司の身体を、

包み込む。


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痛みは、

なかった。


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ただ、

温度が、

消えていく。


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胸の奥の熱が、

静かに、

冷えていった。


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「……さよなら」


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その言葉と同時に。


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境界が、

 閉じた。


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世界は、

切り離された。


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異世界から、

魔王の痕跡が、

完全に消える。


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現代世界では。


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同時刻。


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すべてのダンジョンが、

光となって、

消滅した。


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