第8話 進軍、そして最初の分岐点


---


進軍は、夜明けと同時に始まった。


王都の門が開き、

整えられた隊列が、静かに動き出す。


前列には、

勇者一行。


その背後を、

王国軍の主力部隊が続いた。


---


「視線、集まりすぎじゃない?」


セラが、声を潜めて言う。


街道の両脇には、

集まった民衆の姿があった。


不安。

期待。

恐れ。


それらが、

入り混じった目。


---


「仕方ない」


竜司は前を向いたまま答える。


「今回は……

 ただの討伐じゃない」


---


人々は、

本能的に感じ取っていた。


この戦いが、

いつもの戦争とは違うことを。


---


「世界干渉者、か」


竜司は、小さく呟く。


その呼び名が、

妙に胸に残っていた。


---


「気にするな」


ガルドが、短く言う。


「名前が変わっても、

 やることは同じだ」


---


「そうね」


セラも、微笑む。


「あなたは、

 あなたのままよ」


---


だが、

竜司は気づいていた。


周囲の視線が、

以前とは違う。


---


恐れているのではない。


距離を測っている。


人としてではなく、

力として。


---


(……これが)


力を持つ、ということ。


---


進軍が始まって、

半日が過ぎた頃。


空が、

不自然に暗くなった。


---


「止まれ!」


軍司令官の声が、

響く。


隊列が、一斉に止まる。


---


「魔力濃度、上昇中」


ルーグが、即座に判断する。


「この先……

 すでに魔王領だ」


---


地面の色が、

徐々に変わっていく。


草は枯れ、

土は黒ずんでいる。


空気が、

重く、粘つく。


---


「来るわね」


セラが、杖を握る。


---


その時。


大地が、

震えた。


---


前方の地面が、

盛り上がり、

裂ける。


そこから現れたのは――

巨大な魔獣だった。


---


「中級魔獣……!」


軍の中に、

動揺が走る。


---


※中級魔獣

魔王領に多く生息する戦闘生物。

通常の兵では、

集団でなければ対処できない。


---


「軍を下がらせろ!」


竜司が叫ぶ。


---


「勇者、単独で行く気か?」


司令官が、驚く。


---


「違う」


竜司は、前に出る。


「ここは、俺たちが行く」


---


ガルドが、

無言で並ぶ。


セラが、

一歩後ろにつく。


ルーグは、

すでに詠唱に入っていた。


---


魔獣が、

咆哮を上げる。


その音圧だけで、

兵士の何人かが、

膝をついた。


---


「……でかいな」


竜司は、

剣を構える。


---


次の瞬間。


世界が、

静止したように感じられた。


---


(……来る)


---


魔獣が、

突進する。


大地が、

抉れる。


---


竜司は、

正面から踏み込んだ。


---


剣が、

光る。


---


「――斬る」


低い声。


---


刃が、

魔獣の首元を通過する。


---


一拍、遅れて。


巨体が、

崩れ落ちた。


---


地響き。


土煙。


---


「……一撃?」


軍の誰かが、

呆然と呟いた。


---


だが。


竜司は、

眉をひそめていた。


---


(軽すぎる)


---


「竜司?」


セラが、

声をかける。


---


「おかしい」


竜司は、剣を下ろさない。


「魔王領に入った直後に、

 中級が一体だけ?」


---


ルーグが、

険しい表情で頷く。


「誘導だ」


---


「何を?」


---


「試している」


ルーグは、

地面を見る。


「勇者を、

 前に出させるために」


---


その瞬間。


竜司の胸の奥が、

強く脈打った。


---


(……ダンジョンと、同じだ)


---


周囲の空間が、

わずかに歪む。


見えない“壁”が、

立ち上がる感覚。


---


「ルーグ……」


竜司は、

低く言った。


---


「分かっている」


賢者は、即答する。


「ここが、

 最初の分岐点だ」


---


「進めば、

 さらに魔王の干渉が強まる」


「だが、

 戻れば――

 軍全体が危険に晒される」


---


全員の視線が、

竜司に集まった。


---


人としての選択か。

力としての選択か。


---


竜司は、

一瞬だけ、目を閉じる。


---


(俺は……)


---


目を開け、

はっきりと言った。


---


「俺が、前に出る」


---


「だが」


竜司は、

振り返る。


---


「俺は、

 人間のままだ」


---


「仲間と、

 一緒に進む」


---


セラが、

静かに笑った。


「それでこそ、

 勇者よ」


---


ガルドは、

剣を構える。


「道を、切り開くぞ」


---


こうして、

進軍は続行された。


---


それが、

魔王との距離を、

決定的に縮める選択だったと――


この時、

誰も疑っていなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る