第5話 魔王の視線




その戦いが終わった直後からだった。


氷室竜司は、

背中に貼りつくような感覚を覚えるようになった。


誰かに、

――見られている。




「……気づいているか?」


城へ戻る途中、

賢者ルーグが低い声で言った。


竜司は、視線を前に向けたまま頷く。


「ああ」




「視線、よね」


聖女セラも、唇を引き結ぶ。


「はっきりとした悪意。

 でも、場所は分からない」




武神ガルドは、何も言わない。

だが、その歩幅が、わずかに広がっていた。


全員が、同じものを感じている。




王城の中庭に入った瞬間、

その感覚は、さらに強まった。


空気が、重い。


空の色が、

ほんのわずかに暗く見える。




「……これは」


ルーグが立ち止まる。


「魔王だ」




その名が出た瞬間、

空気が、確かに震えた。




「直接、見ているわけではない」


ルーグは続ける。


「だが、

 こちらを“認識した”のは間違いない」




「索敵、ってやつか?」


竜司が尋ねる。


「似ているが、少し違う」


ルーグは首を振る。


「これは、

 世界そのものを介した感知だ」




※魔王の感知

魔王は膨大な魔力を通じて、

世界の歪みや異変を感じ取ることができる。

視覚や聴覚ではなく、

“存在の揺らぎ”を捉えている。


---


「つまり」


竜司は、静かに言う。


「俺たちは、

 もう隠れられない」




「その通りだ」


ルーグは肯定した。


「特に――君は」




竜司は、無意識に拳を握る。


あの戦いの最中。

剣を振るった瞬間。


確かに、

何かが、こちらを見返してきた。




(……向こうも、分かってる)


影武者を倒した勇者が、

再び現れたことを。


しかも以前より、

はるかに強い存在として。




その頃。


世界の深部。


人の目が届かぬ場所で、

巨大な玉座が、静かに軋んだ。




「……なるほど」


低く、重い声。


怒りではない。

驚きでもない。


ただ、

確認するような響き。




「同じ魂を、

 二度呼び戻したか」


闇の中、

二つの赤い光が、ゆっくりと開く。




「愚かだな、人間ども」


魔王は、

世界の向こう側を“見て”いた。


現代。

異世界。

そして、その狭間。




無数の“穴”。


人々が、

ダンジョンと呼ぶもの。




「だが……」


魔王の声に、

わずかな興味が混じる。


「二度目で、

 ここまで育つとは」




魔王は、

自らの掌を見下ろした。


そこから、

黒い魔力が、糸のように伸びていく。




「勇者よ」


その声は、

誰にも届かない。


だが、

確かに、世界を揺らした。




「お前は、

 私に届くか?」




王城。


竜司は、

突然、足を止めた。




「……今」


胸の奥が、

わずかに熱を持つ。


「呼ばれた気がする」




セラが、はっとする。


「名前を?」


「いや……

 そんなはっきりしたものじゃない」


竜司は、空を仰ぐ。




「でも、確実に」


低く、言った。


「魔王は、

 俺を見てる」




ルーグは、

静かに頷いた。


「それでいい」




「いい、って?」


竜司が振り返る。




「本物の魔王は、

 勇者を恐れる前に、

 必ず“測る”」


ルーグの目が、鋭く光る。


「君は今、

 敵として認識された」




それは、

戦争の始まりを意味していた。




竜司は、剣の柄に手を置く。


心は、不思議なほど静かだった。




(次は、逃げない)


前回は、

終わった“こと”にされた。


今回は、違う。




「必ず、終わらせる」


その言葉は、

誰に聞かせるでもなく、

確かに、世界に落ちた。




空の彼方で、

雷が、鳴った。


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