第2話 二度目の勇者召喚




「……成功、です」


震える声で、魔法使いの一人が告げた。


石造りの広間に、安堵と緊張が入り混じった空気が広がる。

魔法陣の光は徐々に弱まり、

その中心に立つ男の姿が、はっきりと見えるようになった。


黒髪、黒い瞳。

現代的な服装をした、異物。


その男――氷室竜司は、

周囲の視線を静かに受け止めていた。




「勇者よ……」


王冠を戴いた男、

この国の王が、言葉を選びながら口を開く。


「我らは、そなたを――」


「待ってください」


低く、しかしはっきりとした声。


竜司は王の言葉を遮り、

一歩前に出た。


「確認したいことがある」


広間が静まり返る。

魔法使いたちが、互いに視線を交わした。




「ここは……

 アールディア王国で、間違いないですね」


その名を聞いた瞬間、

王の表情が、わずかに引きつった。


「なぜ、それを……?」


竜司は答えない。

代わりに、床に描かれた魔法陣を見下ろす。


線の配置。

刻まれた古代文字。

魔力の流れ。


すべて、記憶にある。




(やっぱりだ)


胸の奥が、静かに冷えていく。


「俺は……

 ここに来るのは、初めてじゃない」


その言葉は、

はっきりと、空気を切り裂いた。




「そんな、馬鹿な……」


誰かが呟く。


勇者召喚は、

一つの世界に一度きり。


それが常識だった。


それなのに――

目の前の男は、

この国の名を、

召喚の術式を、

何よりも、その“空気”を知っている。




竜司は、ゆっくりと視線を上げた。


「前に、俺は勇者として戦った。

 魔王を倒せと言われてな」


魔法使いたちが、息を呑む。


王の喉が、小さく鳴った。




「そして……

 確かに、俺は倒した」


竜司の脳裏に、

あの時の光景が蘇る。


黒い城。

荒れ果てた大地。

仲間と共に立ち向かった、

圧倒的な存在。


だが――




「今思えば、あれはおかしかった」


竜司は続ける。


「強かった。

 間違いなく、世界を脅かす存在だった。

 でも……」


言葉が、わずかに詰まる。


「世界の終わりを背負うほどの重さが、なかった」




沈黙。


その意味を理解できた者は、

この場にほとんどいなかった。


だが、王だけは違った。




「……影武者、だったのです」


王は、力なく言った。


「本物の魔王では、なかった」


その瞬間、

竜司の中で、点と点がつながった。




(やっぱり、そうか)


倒したはずなのに、

胸の奥に残っていた違和感。


勝利の実感が、

どこか薄かった理由。




「それで……」


竜司は王を見据える。


「俺を、また呼んだ」


王は、深く頭を下げた。


「他に、方法がなかったのです」




説明は、簡潔だった。


影武者を失った魔王は、

再び力を増し始めた。


各地で、魔族の動きが活発化している。


そして――

本物の魔王を討てる存在は、勇者しかいない。




「でも……」


竜司は、小さく息を吐く。


「二回も、同じ人間を呼ぶなんてな」


自嘲気味な笑み。


「ご都合主義にも、ほどがある」




その時。


広間の奥から、

聞き覚えのある声がした。


「……生きていたのね」


柔らかいが、芯のある声。


竜司が振り返ると、

白と青を基調とした衣をまとった女性が立っていた。




「セラ……」


聖女、セラ・ノアリス。


回復と浄化を司る存在。

前回の旅を共にした仲間。


彼女の目は、

確かに竜司を捉えていた。




「やっぱり、あなただった」


セラは、安堵したように微笑む。


「また会えて……

 正直、少し嬉しいわ」




続いて、

重い足音が響く。


大柄な男が、一歩前に出た。


「……久しいな、勇者」


武神、ガルド・ゼイン。


多くを語らないが、

戦場では誰よりも頼れる男。


彼は短く頷いた。




最後に、

ローブ姿の男が眼鏡を押し上げる。


「状況は、想像以上に深刻だ」


賢者、ルーグ・フェルミア。


「そして君は……

 以前とは、まったく別物になっている」




「別物?」


竜司が問い返す。


ルーグは、

小さく笑った。


「気づいていないのか?」




「君の中にある力は、

 すでに“勇者”の枠を超えている」


その言葉に、

竜司は眉をひそめた。


だが――

確かに、体の奥に、

説明のつかない感覚があった。




(……強くなってる)


理由は分からない。


だが、

もし本当に――

魔王を倒せる可能性があるのなら。




竜司は、静かに言った。


「もう一度、行くしかないんだろ」


仲間たちは、

無言で頷いた。




こうして、

二度目の勇者召喚は成立した。


それが、

二つの世界の運命を

大きく動かすことになるとは――

まだ、誰も知らなかった。


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