アヌビス心霊興信所

スター☆にゅう・いっち

第1話 山道のヒッチハイカー

 その日も営業帰りだった。

 宇喜多卓史は、営業カバンを助手席に放り込み、ハンドルを握りしめながら山道を走っていた。街道を大きく迂回するより、この曲がりくねった峠道を抜けたほうが早い。もっとも、夕方一人で走るには不気味すぎる場所だが。


 霧が濃くなり、視界が白く霞む。その先に人影が立っていた。


 「……ヒッチハイク?」

 こんな山奥で? そんなものに出くわしたのは初めてだ。


 車を止めて見ると、背広姿の若い男だった。顔立ちは日本人に似ているが、目鼻立ちが濃く、中東の血を感じさせるエスニックな雰囲気を漂わせている。


 「ありがとう。町のほうまで乗せてくれると助かる」

 低いがよく通る声だった。


 卓史は少し迷ったが、助手席のドアを開け男を乗せた。


 「なんでこんなところに一人で?」

 「興信所の仕事で、人探しをしている。依頼人の夫が一か月前から行方不明でね」


 「ああ、なるほど。不倫して女と駆け落ち……かな。しかし乗せたのが幽霊で消えてしまったとか、よくある怪談でなくてよかった」

 卓史は笑った。緊張をほぐすための冗談のつもりだった。


 だが男は無表情のまま、逆に問い返した。

 「もし俺が幽霊だったら、どうする?」


 その目が一瞬、鋭く光ったように見えた。卓史は思わず視線を逸らし、無理やり話題を変えた。

 「で、なんでこんな山奥で探してるんだ?」


 「一か月前、このあたりで単独事故があったらしい。がけ下に落ちているかもしれない。……ほら、あのカーブの先、ガードレールが途切れているだろう」


 確かに、道端の草はなぎ倒され、何かが転げ落ちた跡が残っている。


 「へえ……でも俺は付き合えないよ。定時までに会社に戻らないと」

 冗談交じりに言ったものの、車内に妙な沈黙が落ちた。


 少しして男がぽつりと口を開いた。

 「いや、調査はもう終わった」


 「え?」


 しばらく走ると車は再び例のカーブに差しかかった。

 ――さっき見たはずの場所だ。


 卓史は眉をひそめ、アクセルを踏み続けた。しかし数分後、また同じカーブが現れる。


 「……おかしい。一本道なのに……」

 冷たい汗が背筋をつたった。


 次第に焦燥が膨らみ、彼は叫んだ。

 「まさか……お前がやったのか! 降りろ、幽霊!」

 ブレーキを乱暴に踏む。タイヤが軋み、車体が揺れる。


 助手席の男は微動だにせず、むしろあきれたように口を開いた。

 「まだ気づかないのか」


 「……なにを?」


 「一か月前、お前はこの道で雨にスリップし、崖下へ転落した。そのまま帰れず、今もこうして運転を続けている」


 その瞬間、記憶がよみがえった。

 ――土砂降りの夜。ブレーキが効かず、視界が真っ白に弾け、衝撃。


 卓史の両手は震え、気がつけば骨ばかりになっていた。肉が崩れ落ち、ハンドルにかけられた指は白骨となり、霧の中へと散っていく。


 その瞬間、意識が暗闇に沈んだ。


 ――がけ下の藪の中、一台の白いセダンが横倒しになっている。

 運転席には、風化しかけた白骨死体が座っていた。


 その傍らに、あの男が立っていた。

 男の名はアヌビス。心霊興信所の所長をしている。

 浮気調査や素行調査といった人間相手の依頼に加え、幽霊や怪異の相談まで扱う――世にも珍しい探偵稼業だ。


「この世とあの世の境界などあいまいなものだ」


 男はつぶやくとスマートフォンを取り出し、冷静に通話を始めた。

 「奥さん、アヌビスだが。ご主人が見つかった。……大変残念だが、すでに……」


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2026年1月13日 17:45

アヌビス心霊興信所 スター☆にゅう・いっち @star_new_icchi

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