第6話 幽霊VS警視庁公安部

 日曜日のノックの音は、小さくて柔らかい。

 このところの秋空の下では、秋の香りの中に響く陽射しのような音に聞こえる。

 好海さんの小さな手が、アパートの玄関ドアを叩く音だった。

 好海さんがテニススクールに誘いに来た音だ。いつの間にか僕はその音が鳴るのを楽しみに待つようになっていた。

「おはよ。」

 ちょっと遅めの朝の挨拶をして、僕たちはテニスコートまで歩いてゆく。僕は好海さんの自転車を転がしてゆく。

 好海さんは昨日の料理教室で作った料理のことや、友だちになった女性警察官の真奈美さんのことを話しながらゆく。

 僕たちは秋の風に笑い、蝶々とすれ違う。僕は少しずつ幸せに近付いていっているのかもしれない。

「ネ、櫂さん、さっきからあの人たち、後を付いてきてるような気がする。」

 好海さんが声を低めて言った。

 僕は自転車を止めて、好海さんに荷物を見せるようなフリをして、横目で後ろの方を見た。男女の二人連れだった。

 急に二人は立ち止まって、男性の方がスマホを見下ろして、何かを確認し始めた。僕たちが立ち止まったので、合わせて立ち止まったように見えた。

「ホントだ。何だろう。合宿の件は終わったはずだけどな。」

「でも、あんな風に後を付けるの、警察とか、興信所だけだよね。」

「まだ何かあるのかな。でももし警察だったら、事件に巻き込まれるのを未然に防いでくれるだろうから、逆に安心だね。」

「そうだね。安心安心。」

 今は何があっても二人で笑えるのが嬉しい。

 それからは、アパートの傍にいつも車が止まっているのを目にするようになった。好海さんの家の近くではそんなことはなかったから、この間の二人は明らかに僕を尾行していたのだ。

 車は放置されているわけではなく、必ず人が乗っていた。やっぱり僕を見張っているのだ。

 早太子さんに話すと、「監視が付いたようです」といつも通り少しも驚かなかった。

 「警察?」と聞くと、「そのようです」と言う。

「どうしてかな。合宿の件は終わったはずだけど。」

「この間の真奈美さんの件で、私が少しやり過ぎたのかも知れません。」

「どういうこと?」

「公安部に動画を送りつけたので、その動画の危険度を評価をしたのでしょう。警察官を一人、退職に追いやった動画ですから。

 第一にその動画を作成した者の意図は何か。どのような思想の持ち主なのか。動画がフェイクだとしたら、この完成度は見過ごすわけにはいかない。その技術力を使って、今後何を仕出かすか分かったものではない。もしフェイクでないとしたら? そこに映っているものはいったい何か?

 公安部としては、いずれにせよただでは済まないと感じたようです。真奈美さんを守るために、強烈な動画を創ろうと考えたのは私です。

 私が公安部を不安にさせてしまいました。櫂さんのお世話をする私の存在意義にもとる行動です。深く反省します。」

 早太子さんはシュンとしてしまった。

 「そんなに気にすることはないよ。ほら、警察がいつも傍に居てくれるんだから、ある意味安心じゃない?」と、僕は好海さんに言ったことを早太子さんにも言ってみた。

「櫂さんはお優しい。ただ、今後は盗撮や盗聴もあり得るのですから、どう対応してゆくかを、あらかじめ考えておく必要があるでしょう。」

「そんなことするの? 警察が?」

 盗撮、盗聴というのは人権侵害じゃないんだろうか?

「はい。公安部は、法律に縛られずに活動する可能性を留保している部署です。全面戦争も覚悟しておかなければ。」

 早太子さんは怖いことを言った。

 しかしその後、盗撮盗聴を受けることはなかった。それでも僕たちは二人の生活をできるだけあからさまに見せるようにした。

 つまり早太子さんも姿を隠すことなく、二人で買い物に出たり、散歩をしたりした。好海さんとの関係も今まで通りにしたから、傍から見たら僕は二股男のように映っただろう。悔しかったけれど、今のこの状況では仕方がない。

 僕の戸籍も調べられているだろうと早太子さんは言った。だから僕に姉が居ないことは判明している。早太子さんの存在を説明するウソは、どうやら難しい事態になっているらしい。

 僕たちは、全てを露わにして公安部に見せる覚悟をした。その機会は程なくやってきた。


 仕事から戻って着替えていると、ドアをノックする音がした。好海さんのノックの音よりはもう少し強いが、しかし女性的なためらいを感じさせる柔らかい音だった。

「女性警察官が来たようです。私は向こうの部屋に居ますね」と言って、早太子さんは奥の部屋に移動し、灯りは点けたまま、間の仕切り戸を閉めた。

 ドアスコープを覗いてみると、黒のニットに黒のジャケットを羽織った早太子さんくらいの歳の女性が立っている。

 ブルーのダメージジーンズを履いていて、恋人の一人が遊びに来たような格好だった。時盛櫂は女にだらしないという評価に従って、こういう訪問客なら自然だろうということだろうか。やれやれ。

 勝手にガッカリしながらドアを開けた。すぐに女性は手帳を開いた。

「警視庁公安部の藍田あいだです。中でお話よろしいですか?」

 藍田陽子という名前だけ目に飛び込んできた。

「はい。どうぞ。」

 藍田さんはスニーカーを脱ぐと、「お邪魔します」と言って部屋に上がった。ダイニングに座ってもらい、ペットボトルから麦茶を注いで出した。

「今、お一人ですか?」

「いえ。奥に女性がもう一人居ます。」

「ミレイさんですか?」

「ミレイは偽名です。本名はサダコと言います。」

「今日は、ミレイさん、サダコさんが朱色町の交番で塚越巡査とトラブルに遭われた件でお伺いしました。少しお時間を頂いてよろしいですか?」

「はい。どうぞ。」

「失礼。」

 藍田さんはそう言って、ハンドバッグからレコーダーを取り出した。

「録音してよろしいですか?」

「構いません。」

「あの一件につきましては、塚越の側に明らかな問題行動がありましたので、既に本人は懲戒免職となっております。まずその点をご理解ください。」

「はい。ありがとうございます。」

 藍田さんはそこでレコーダーのスイッチをオンにした。

「その上で、公安部としましては、あの動画がどのような意図で撮られたものなのかを知りたい。始めから塚越の素行の問題点を知った上で、それを証明する為の動画のように思われますが、そう考えて良いのでしょうか?」

 僕はあらかじめ早太子さんと話し合った通り、事実を事実として答えるように努めた。

「八井田真奈美さんが、職場でハラスメントを受けているということは聞いて知っていました。八井田さんは本当に追いつめられているようで、何とかしてあげたいと早太子さんと話し合いました。

 それで酔っ払ったキャバ嬢に早太子さんが扮して交番に行って、塚越さんですか? 彼がどう振る舞うかを撮影するということになりました。」

「警察の中の不正を正すということですか?」

「いえ。そんな大それたことではなくて、飽くまでも八井田さんが警察官としてこのまま続けられるようにしたいと、そこが目的でした。」

「塚越の悪を暴くことだけが目的だったと。」

「はい。そのつもりでした。」

「しかし、警察の威信にも傷が付いた。その点についてはどうお考えですか?」

「警察の威信を傷つけたつもりはありません。どんな世界にも不適合者が居るというのが、僕たちの認識です。

 学校にも先生であってはならない人が居るし、病院にも医者になってはいけない人が居る。政治家でも商売人でも、自衛隊でもどこでも同じです。」

「なるほど。時盛さんはそのようにお考えなのですね?」

「はい。そう考えています。」

「サダコさんは、どのようなお考えですか? 今、お話しすることは出来ますか?」

「話せると思いますが、その前に、一つ良いですか?」

「なんでしょう?」

「どうしてここが分かったんですか? 動画には、キャバ嬢の格好のミレイしか映っていなかったのに・・・」

「それについてお話しする義務はありません。」

 藍田さんはニッコリと笑いながら言い放った。

「ですよね・・・」

「でも、簡単なことです。泥酔状態が本当であれば、近所の店から徒歩で来たと考えられる。歌舞伎町のキャバクラを虱潰しに当たっても該当者はなかった。

 とするとプロではなく、変装の可能性がある。ただあの化粧は素人には難しい。デパートの化粧品売り場の防犯カメラの記録を片っ端からチェックしたら、サダコさんにお化粧を施した美容部員さん、すぐに分かりました。

 その時に一緒に居たあなたの顔は、こちらに記録として残っていましたので、このアパートも特定出来ました。」

「なるほど、すごいですね。分かりました、早太子さん、藍田さんがお話ししたいそうです。」

 奥の部屋に向かって呼びかけると、引き戸が開いて早太子さんが現れた。

「サダコさんですね? 初めまして。藍田と申します。動画の中ではキャバ嬢のミレイさん。」

「はい」と答えながら早太子さんはテーブルに座った。

「お聞きになっていたと思いますが、この会話は録音させて頂いています。交番勤務の塚越を陥れた理由について、確認させてください。

 警察に対する個人的な恨みなどはなかったですか? 調べれば分かることかも知れませんが。」

 いや、調べても分からないだろうとは思ったが、黙っていた。

「八井田真奈美さんが苦しんでられるという話を聞いて、何とかしてあげたいと思っただけです。方法が少し過激すぎたのは反省しています。」

 早太子さんは殊勝な表情で言った。その通りだと思った。

「僕も反省しています。もう少し慎重にやり方を考えるべきでした。」

「お二人にお聞きしますが、あの動画は加工したものですか? 塚越はあれはホンモノだと言っていますが。」

「あれはホンモノです。フェイク動画ではありません。」

「しかし、動画の中では、ミレイさんはどうも死んだように見えます。塚越も呼吸も心音も無かったと証言している。

 そうして直後にミレイさんの身体が宙に浮かんだり、拳銃が発熱して爆発するといった異常な場面が映っています。

 塚越は全部本当にあったことだと言っていますが、公安部は簡単には信用出来ないと考えている。あなた方は塚越と同様に全て本当だと断言するのですか?」

 僕は早太子さんの顔を見た。早太子さんが頷くので、意を決して「そうです」と答えた。

 藍田さんは困った顔になった。そりゃそうだろう、現実にあり得ない場面が映っているのだから、フェイク動画であって欲しいと思うのが常識的な人間の正しい感覚だ。

「どう理解したら良いのか、私にはどうも判断が付きません。サダコさんはあの時、どのように仮死状態になれたのか。身体が宙に浮かぶトリックは、どう実現できたのか。

 拳銃も、あれは金庫から塚越が出したもので、第三者が何かの仕掛けを施せる状況にはなかった。あの動画がホンモノだという説明はどう可能なのか、私には想像も付かない。ご説明願えますか?」

「あれは仮死状態ではありません」と早太子さんは言った。全部を露わにするつもりだ。体中から汗が噴き出した。

「と言うと?」

「私は霊的存在なので、今も死んでいるのです。」

「は?」

 藍田さんは狐につままれたような顔になった。

 早太子さんは立ち上がって藍田さんの脇に立った。

「どうぞ、脈を探してみてください。」

 藍田さんは言われて早太子さんの手を取った。ビクッとした。肌の冷たさをまず感じたのだ。死体に触った経験があるらしい。顔に鳥肌が立つのが見えた。それでも藍田さんは勇気を奮って早太子さんの腕に脈を探ったが、見つかるはずが無い。

「え?」

 鼓動の音が聞こえてきそうだった。

「胸に心臓の音を探してください。」

 言われて藍田さんは震えを堪えつつ、早太子さんの胸に耳を当てた。

 口がポカンと開いて涙目になった。

 早太子さんはスッと霊ワープして、奥の寝室に立った。部屋の電気が一斉に消えた。寝室で早太子さんの姿が蒼白く光る。

 オ・・・オ・・・オ・・・

 部屋を揺るがすような声。

 幽霊の姿はそこまで。灯りが点いて、早太子さんはスーッと滑るようにダイニングに戻った。

 立ち上がっていた藍田さんはストンと椅子に落ちた。腰が抜けてしまったのだ。

「藍田さん、落ち着いてください。早太子さんがどのような幽霊か、僕から説明させてください。気持ちが落ち着いたら言ってください。いいですか? 藍田さん、聞こえていますか?」

 藍田さんはしばらく口がきけなかった。ようやく呼吸が整ってきたところで、コップの麦茶を飲み干した。早太子さんが冷蔵庫の麦茶を出して、注ぎ足してあげる。

「気付けにアルコールの方が良いですか?」と早太子さんが言うと、藍田さんは意外にも「お願いします」と答えた。

 早太子さんはシンクの下から焼酎のパックを出してきて、別のグラスに少しだけ注いだ。藍田さんは一口飲んで大きく深呼吸をしてから「説明をお願いします」と言った。あのごま塩頭の巡査よりも、さらに度胸が座っているようだ。

 僕は小豆畑翠さんにまつわることから、全てを話した。早太子さんの目的は僕、時盛櫂が幸せになることで他のことではない、と強調したつもりだ。

 それから僕自身が気になっていたことを一気に話した。

「僕と早太子さんは、人間の言葉で言えば同棲していますが、男女の関係はありません。今、触ってもらって分かる通り、早太子さんには肉体がありますから、男女の関係を持つことも出来るようです。

 が、それをすると僕の命は削られてしまいます。小豆畑翠さんに会ったとき、ほんの短い時間で僕の身体は相当に消耗しました。

 死ぬことを前提にしないと、僕は早太子さんを愛せない。早太子さんの方も、自分のミッションの性質上、そんなことを望みません。

 早太子さんが望まないことは、僕も望まない。僕の使命は、自分が幸せになって、小豆畑翠さんの魂を浄化することです。そうして早太子さんの役目を解くことです。

 だから、できれば了解してもらいたいのですが、藤原好海さんは、早太子さんの存在を知りません。

 合宿所から参加者を連れ出したのは僕ですが、合宿所の男たちは一味の仲間割れでケガを負ったと思っています。好海さんは早太子さんに会ったこともないし、存在さえも知りません。

 僕と早太子さんが同棲しているなんて知ったら、傷ついてしまうかも知れない。そうなると、僕も早太子さんも大変困る。

 八井田真奈美さんの場合は、僕がこれから何かをしようと考えていたら、キャバ嬢のミレイさんの一件が持ち上がって、何もしないうちにごま塩頭の巡査、塚越さんが辞めてしまった、ということになっています。やはり早太子さんの存在は全く知りません。

 早太子さんの存在について、公安部の一部で共有してもらうのはやむを得ないと思いますが、あの二人には、知らせないでほしいです。可能ですか?」

 落ち着きを取り戻した藍田さんは考え深げに沈黙した。それから言った。

「早太子さんがどういう方かが分かったので、造成地傷害事件についても再評価が行われると思います。その件については改めて伺うことになるでしょう。

 藤原さんは、傷害事件について何も知らないだろうと思われますが、その確認はする必要があります。私が接触することになりますから、今おっしゃったことは留意しておきます。

 八井田については、塚越の件については何も知らないことは確認済みです。現状では特に心配は要らないと考えます。」

 満額回答だった。

「ありがとうございます。」

 僕たち二人は頭を下げた。

「では今日はこの辺で引き上げます。ご協力ありがとうございました。」

 藍田さんはレコーダーのスイッチを切った。

 藍田さんは立ち上がらずに、ジッと早太子さんを見つめた。

「まだ何か?」と僕が言うと、藍田さんは眼を潤ませながら言った。

「今後のこともあるので、連絡先を交換してもらって良いですか?」

 藍田さんは早太子さんに向かって言ったのだ。

「連絡先は僕とで良いですか? 早太子さんはスマホを持たないので。」

 僕は割って入る形になった。

「え? あ、そうか。早太子さんは幽霊さんだから、スマホ持たないんですね。」

 少しガッカリしたような藍田さんと僕は連絡先を交換した。

「では、近いうちにまたお伺いします。」

 藍田さんはそう言い残して立ち去った。

 翌日好海さんから連絡があった。買い物に家を出たところで声をかけられ、歩きながら簡単なやり取りをしたという。

 あらかじめ藍田さんの名前を伝えてあったから、ビックリすることなく応対出来たと言っていた。

 合宿所を出た後のことを確認しただけだったようだ。藍田さんは僕たちの都合に配慮してくれたらしい。

 藍田さんから電話があったのは、その二日後だった。

「この間の録音データが、公安の上層部で混乱を引き起こしています。

 予想通りですけれど。あのデータ内容自体を受け容れられない人たちがいます。それで、私の立場が結構危うくなっているほどです。勤務中のアルコールも叱られましたし。」

 藍田さんは笑いながら話していた。

「幽霊なんて居ないだろうってことですね?」

「その通りです。お前もウソに加担するつもりかって。」

「分からないではないです。常識ある大人が納得出来るような話ではありませんものね。」

「ともかく、もう一度、お伺いすることは出来そうです。

 ただ、今度は造成地傷害事件について、早太子さんの関わり方を確認させて頂きます。もう今から納得の得られる話にはならないだろうとは思いますが。明日の夜七時頃でいかがですか?」

「分かりました。お待ちしています。」

 聞いていた早太子さんは「藍田さんが気の毒」と言った。

 翌日、夜に藍田さんが訪ねてきた。今日はロングスカートにジャージを羽織っている。本当に近所のお姉さんみたいだった。

「早太子さん、こんばんは。」

 テーブルに座ると藍田さんは嬉しそうに言った。どうも気になった。

「藍田さん、もしかして、早太子さんのこと、推してます?」と聞いてみた。

「はい! バリ推しです!」

 やっぱりそうなんだ。前回の衝撃的な出会いが、よほど良かったのか。恐怖を易々と乗り越えてしまう驚異的な肝っ玉の持ち主なのか。早太子さんは静かに微笑んでいる。

「すみません。本題に入ります。また録音させて頂きますね。合宿所での早太子さんの動きを順を追って説明してもらえますか?」

 早太子さんは自分の動きを説明した。合宿所の三階に現れて、二人を脅かして外に追い出した。それから心をコントロールして、造成地に移動させた。そこで二人に心理的なダメージを与えるつもりだった。

 ところがその場所に元々居た霊が動いた。あの二人の為に命を落とすことになった悲しみ、怒り、悔しさが造成地には漂っていたので、そうなるかもしれないという予感はあった。

 しかし、思った以上に強い霊だった。二台の重機を動かして二人に大怪我をさせることになった。すっかり終わってから停留所まで下って、櫂さんと別れて別途アパートに戻った。

 早太子さんの話は、重要な部分に触れていない。

 実際には強力な霊は早太子さんの意思を書き変えて自分を上書きしていたのだ。

 だからあの女性の霊は、早太子さんの存在の上に乗っていたということになる。しかしそんなことを公安部に正しく理解してもらうのは不可能だから、早太子さんと造成地の霊は別人格だ、という設定にしたのだ。

「二人にケガをさせたのが早太子さんではないということは証明出来ますか?」

 さすが、いいところを突いてくる。

「出来ないと思います」と早太子さんは言った。

「私に二台の重機を同時に動かす力はありませんが、そのことを事実として証明することは不可能です。人間の世界の話ではないので、どんな科学的な検証も不可能です。」

「早太子さんが幽霊であるということは証明出来ますよね? 私の前で見せてくれたように。」

「あれを証明というのであれば出来ますが、ただ、目の前で起きたことを信じるか信じないかという問題は残りますね。」

「それはそうですが・・・。うん、確かにどんな現実も、どんな事実も、結局は信じるか信じないか、という要素は最後まで残りますね。仰るとおり、最後の最後は結局エイッて、なるような気がします。」

 藍田さんは強い人だった。

 取り敢えず造成地傷害事件の核心部分は、藍田さんには伝わった。

 でもそれは普通に信じられる話ではなかった。二人の人間が二台の重機を操作した、というのが公安部が考えている線だろう。

 ただ僕も早太子さんも、重機の操作が出来そうにない点に問題があった。公安部はその部分の弱さを埋めたい。

 そのためには仲間の存在が必要だったが、被害者からも、参考人からも、仲間が居たというような話が一切出てこない。

 出てくるのは奇妙な幽霊話ばかり。塚越巡査の動画も、造成地傷害事件も、誰かしらの人間には辿り着かずに、幽霊にしか辿り着かない。

 公安部にとっては極めて厄介な案件になってしまっていた。

 「これ以上は、聞くだけ無駄かも知れませんね」と藍田さんは冷ややかに言った。

「今日はここまでにしましょう。また改めて連絡があると思いますので、それを待っていてください。」

 そう言ってレコーダーのスイッチを切ると、「時盛さん、改めて連絡します。多分このままでは済まない、相談をする必要が出てくると思われますので」と言った。

 「連絡、お待ちしています」と早太子さんが言うと、藍田さんは青空みたいな笑顔になった。

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