その後の水晶国

何とか合格し、入った県立校は進学校の端くれで、深い鍋の底で懸命にあがいている感じの高校。そこで三年間を勉強に明け暮れているうち、両親は離婚し、僕は大学進学と同時に上京し独り暮らしを始めた。一年後に関西で独り暮らしを始めた妹とはずっと会っていない。

大学では、入学時に何らかのスクールカーストで弾かれたみたいで、僕に親しい友人はできていない。バイト先は、中高年ばかりで、おじさんやおばさんから話しかけられても、ひと言二言しか会話は続かない。

それはそれで孤独を楽しむコツを見つけ、都会暮らしにも慣れてくるものだ。


時々夢の中で、何か妖精のようなささやきを聞く事がある。朝、目覚めて、机の引き出しの中のはるか昔の架空の国の事を思い出すけど、引き出しを開けてはみない。


どんな時にも時代には、突然終わりが来るものだ。

大学生活二年目の秋、キャンパスが深紅とオレンジの紅葉に包まれる頃、「センパイ」と呼びかける声を後ろに聞いた。

振り返ると、ほぼ名前だけ参加している写真サークルの後輩だった。名前は知らない。

「恵比寿坂先輩ってもしかして田原中学にいました?」


そう言えば九州出身とは話していたけど、いきなり地元の出身校の名をだされて、僕は戸惑った。


「そうだけど。なんで?」


「恵比寿坂って珍しい苗字だから、もしかしてと思って。前から聞こうと思ってたんです。姉のクラスメートでしたよね? 脇坂奈美の」


「え!? もしかして脇坂さんの弟?」


「はい。よく聞いてました。水晶国を作った人だって」


僕はずっと昔の遊びで作った国の名前を出されて一瞬、面食らった。


「脇坂さん、弟の君にそんな話、してたんだ」


「先輩の妹、恵比須坂晶子ですよね? あ、いや晶子さん。中学で同じ学年で、クラスは違ったけど話してましたよ。水晶国の事について」


「いやいや晶子は知らないはずだけど。水晶国なんて。全然話してないし」


「いーや先輩。ノートの事、晶子は知ってましたよ、色々と」


僕は沈黙した。


「あ、晶子さんは……」と後輩は小さい声でさん付けを強調する。


「いやそこはいいんだけど、僕は本当に知らなかったんだ。妹が僕の作った水晶国のノートについて知ってたなんて。でも君は記憶力がいいんだな。今でもそんな事、憶えてるなんて」


「っつーか、今でも続いてますよ」


「何が?」


「水晶国」


「は?」


「うちの叔父が面白がってSNSで紹介したんですよ。ちなみに大学講師で世界史が専門で」


「は、はぁ……?」


「あと、姉の奈美は今イングランドに留学中で、向こうでもその話、してるって」


「え……? そんな国際的な事になってるんだ」


「今度クリスマス休暇に姉が帰ってくるから、みんなで食事にでも行きませんか? そして水晶国について語りましょう」


「いや、でも僕はもう水晶国について詳しくないし」


「でも国を作った人です」


「作ったというか、偶然なんだけど」


「偶然でも作らなければ始まらなかったんですよ」

当然の事のように脇坂さんの弟は言う。

クリスマスに食事か。

そう言えば、水晶国ではクリスマスにはみんな、どうやって過ごすのだろうか。そんな事を決めた憶えはない。

でもきっと親しい同士で久しぶりに集まり、白とグリーンのクロスが掛かったテーブルを囲むんだろうな。暖かそうな明かりの下で。そう勝手に決めた。


水晶国は滅亡せず、僕の知らないところで国の歴史を刻んでいた。

というか、水晶国の繁栄はまだこれからなのだろう、きっと。




〈Fin〉

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水晶国を教えてください 秋色 @autumn-hue

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