水晶国を教えてください

秋色

水晶国の始まり

その国ができたのは十年前。

全くの偶然にできた。

中一の夏の初めの国語の小テストで、「留学を希望しているので(すいしょう)国を教えてください」という漢字の問題があった。僕は全然分からなくて、やっと「水晶」という熟語を思いついて書き込んだ。

妹の名前が晶子だったので、この言葉がすぐに出てきたのだ。その時は、妹の名前に感謝した。

ところが正解は「推奨」で、「推奨国を教えて下さい」という文章になると、テスト後に分かる。そうか、なるほど。でもそんな漢字をテスト中に思いつくわけもなく。

先生はダメな解答例として僕の「水晶国を教えてください」をあげ、僕の答えはクラス中の笑いものとなった。妹の名前が他の名前だったら良かったのに。



ところが僕の隣の席の脇坂奈美という女子が休み時間に話しかけてきた。

「水晶国っていいよねって思った。ウチが小さい頃、住んでた地域にも六甲って水晶が採れる山があったよ」


「え? 日本にも水晶が採れるところ、あるんだ」


「まあね。実際に採った人の話は聞いてないけど」


「ふうん」


「ね、水晶国って架空の国の事、いろいろ考えて作ってみたら面白いかもね」


脇坂さんの栗色の瞳に少し茶目っ気が混じっていた。脇坂さんは小学校まで神戸に住んでいたという都会派の女子。それまではクールな印象だったので、少し意外だった。


「いろいろ考えて作るって?」


「その国の歴史を考えて年表を作ったり、天気を考えてみたり」


何かゲーム好きな子が考えそうな事だと思った。僕はゲームは苦手だ。でもそうやって話しかけられた事がうれしくて、僕は新しい自由帳の一ページ目に年表を作ろうと横向きにして一本の線を引いてみた。

そして上の枠に1年目、2年目、3年目……と書いてみる。でも何を書いていいのか分からない。

脇坂さんが「ちょっとウチに貸して」と言って、自由帳を僕の手から奪った。


次の休み時間に脇坂さんから返された自由帳を見て、僕は驚いた。

 ――0年目  国王アメジストにより建国――


 ――三年目  大型の嵐によりその住民の半数近くを失うも国は存続――


 ――二十年目  アメジストの娘シルヴィアがアメジストの後を継ぐ――


 ――三十年目  冬期の食糧不足が北部地域に発生したため、南北をつなぐ大きな道を新たに作る事が決まる――

                   』



これはゲーム好きな子というより、歴史に詳しい人が作った、年表らしい年表だ。

僕は何だか自由帳が光り輝いて見えてきて、脇坂さんが言うように、水晶国の天気も考えてみようとシャープペンシルを握りしめた。でも、もちろん頭の中に浮かんでこないので、放課後に市立図書館へ行き、世界の天気の載っている本を探して、水晶国の天気を考えてみた。


『気候は温暖で、四季がはっきりしている。冬には積雪もある。季節風の影響を受けやすく、大型の嵐に備え、多くの住民は頑丈な煉瓦の家を建てる』


そして次の日、脇坂さんに見せると、「いいよ。すっごくリアリティあるよ」と褒められ、僕はますますやる気になってきた。

脇坂さんは言った。「主食も考えなきゃね」  

僕は歴史の教科書を参考にノートに書き加えた。


『主食はじゃがいも。細いチップにして揚げたものを食べる』


脇坂さんは、腕組をし、厳しい表情ながらも少し笑っているみたいだった。「そんな美味しそうな主食ってあるのかな。まあいいよ。あとは人々の暮らしかな。主要産業についても考えなきゃね。やっぱ水晶とか鉱物で潤ってる感じよね」


僕は、その晩、地理と歴史の教科書、参考書を頼りにノートに小さな字で書き込んでいった。


『水晶国の国民は争いを避け、平和を好む。 

主要産業は農業と鉱業。葡萄、レモン等の果物が収穫され、オリーブの畑が多い。

鉱物の宝庫で、宝石となる、あらゆる鉱物が採取される。

ただし、他国からは地理的に行く事が困難で、輸入や輸出は、あまり盛んでない。


工芸は農業と同時に行われる事が多く、織物、石を掘ったり土を焼いて作られた人形、器が貴重な輸出品となっている』



何となくご都合主義な国の設定。

でも脇坂さんの眼鏡には、かなった。

こうして一つの小さな架空の国について考える事で、僕の中学時代は充実し、光を纏った。


中二になっても僕は水晶国についてのノート作りを続け、ノートは五冊にもなっていた。

脇坂さんとはまた同じクラスで、席は離れたけどノートを見せ合っていた。普通だったら特定の女子とそんなふうに仲良くしていると茶化されるものだけど、流石に相手が脇坂さんだと誰も茶化さない。

その頃、僕の家では両親の仲が最悪で、家の中にいても心がチクチクして、いたたまれなかった。そんな僕が市立図書館で水晶国について考えている時間だけは、そんな心のチクチクを忘れられていた。 

ちなみに妹の晶子には、水晶国についての一切を内緒にしていた。冷めた晶子に話しても、あきれられるだけだから。


水晶国は僕の人生の一時期を彩ったけど、残念ながらそれは長続きしなかった。

中三になると、脇坂さんとはクラスが別々になり、教室以外でも見かける事が少なくなった。

それに受験生になったという事でクラスのムードも変わり、勉強以外の事を書いているノートを鞄に入れる事に気が引けていた。

自分の偏差値と志望校と合格率を並べ合わせて考えているうち、水晶国は、いつの間にかどこか遥か遠くへ行ってしまった。


こうして水晶国は静かに始まり、静かにその国の歴史に幕を閉じた。

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