第3話『余裕がない』

津支店に、

同期の女性が配属された。

一緒にいて、

気持ちがほどける相手ではなかった。

最初から、

距離を取っていたと思う。

入行して五年が経った頃、

彼女から電話があった。

梅を見に行かないか、

という誘いだった。

他の同期の女性二人も一緒だと聞いて、

少し安心した。


四人で梅を見に行った。

天気はよかった。

花も、きちんと咲いていた。

彼女は、

銀行を辞めて公務員になることになった、

と言った。

特に驚きはしなかった。

そういう選択をしそうな人だと思った。

帰りの車の中で、

彼女は後部座席から言った。

「小林くん、私と付き合ってみない?」


軽い調子だった。

計算も、含まれていたと思う。

少し間があって、

僕は答えた。

「仕事が大変で、

女性と付き合う余裕なんかないよ」

言い訳だったかもしれない。

でも、嘘ではなかった。

彼女は、

それ以上何も言わなかった。


車の中に、

変な空気も残らなかった。

彼女の提案は、打算的だった。

僕は、最初から彼女に好意を

持っていなかった。

その二つを、当時の僕は

きちんと分けて考えていた。

彼女を傷つけたかもしれない。

でも、

罪悪感はなかった。

選ばなかった、


というより、

最初から選択肢に入れていなかった。

今も、あの答えを

言い直したいとは思わない。

あれは、

その時点の僕にとって

いちばん正確な返事だった。

その判断の上に、

今の僕がいる。

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