第2話『電話しなかった』
新人研修の最初の日だった。
グループ分けのとき、
一人の同期の女性が言った。
「私、小林さんの隣がいい!」
一瞬、
部屋がざわついた。
冗談とも、本気ともつかない声。
でも、彼女は僕を見ていて、
目を逸らさなかった。
結局、
隣の席になった。
研修のあいだ、
彼女はよくこちらを見ていた。
何か話すたび、
少し顔が赤くなって、
すぐに視線を落とした。
気づかないふりをするのは、
簡単だった。
研修が終わって、
数人でラーメンを食べに行った。
他愛のない話。
仕事の話。
どうでもいい話。
彼女は終始、
僕の方を向いていた。
それも、
見なかったことにした。
彼女の電話番号は、
僕の手帳にあった。
誘えば、
断られなかったと思う。
その確信があったから、
余計に、
電話しなかった。
その後も、
顔を合わせることはあった。
世間話だけをした。
天気の話。
忙しさの話。
それ以上の言葉は、
どこにも行かなかった。
当時の僕は、
はっきりそう思っていた。
僕と関わると、相手は不幸になる。
根拠はなかった。
でも、疑いもしなかった。
もし、
あのとき電話していたら、
どうなっていただろうか。
想像はできる。
うまくいった可能性も、
途中で別れた可能性も、
どちらも。
でも、その想像は、
今の僕がしているだけだ。
あのときの僕は、
誘わなかった。
それが、
自分にできる
唯一の誠実さだと
思っていた。
その判断の上に、今の僕がいる。
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