破滅願望の生誕 ❹

 ───


 起こされた。


 声がした、というより、揺すられた。

 目を開ける前から、状況は理解できた。


「動けるなら、何か仕事しろ」


 説明はない。

 理由もない。


 それでいい。

 助けられたんじゃない。

 回収されたんだ。


「……何も出来ないです」


 声が、少し遅れて出た。

 喉が乾いている。


「すみません」


 そう付け足すと、相手は少しだけこちらを見た。


「その歳まで、どう生きてきたんだ?」


 問い詰める調子ではない。

 ただ、不思議そうだった。


「髪も手も荒れてない。

 よほど裕福な暮らしをしてたんだな」


 ……そういう設定なんだ。

 自分の中で、そう処理する。


 答えられない。

 否定も、肯定もできない。


「料理場、手が足りない。

 洗い物くらいならできるだろ」


 そう言われて、場所を移された。


 鍋の音。

 火の匂い。

 水の音。


 芋が積まれている。


「これ、洗っといて」


 それだけ。


 自分は頷いて、水に手を入れた。

 冷たい。


 泥を落とす。

 一つずつ。

 同じ動き。


 考えなくていい。

 考えちゃだめだ。


 考えると、手が止まる。


 しばらくして、声が飛んできた。


「……手、止まってるよ」


 はっとして、芋を見る。

 確かに、握ったまま動いていない。


「ごめんなさい」


 すぐに動かす。

 水の音を、強く出す。


 考えない。

 数を数える。


 一、二、三。


 また、同じ声。


「疲れた?」


「大丈夫です」


 大丈夫じゃない、とは言えない。

 迷惑になる。


 手を動かす。

 動かし続ける。


 時間が、どれくらい経ったのか分からない。

 数時間、と言われた。


「休憩」


 その一言で、周りが動き出す。

 人が減っていく。


 自分は、その場に残った。


 ……今なら、考えてもいいのかな。


 そう思った瞬間、足に力が入らなくなった。


 立とうとして、失敗する。

 座り込む。


 痺れたのかな。

 変な姿勢だったし。


 こんなことも、満足に出来ない。


 息が、うまく吸えない。

 浅くなる。


 胸が、苦しい。


 だめだ。

 考えすぎてる。


 動かなきゃ。

 でも、足が言うことを聞かない。


 目を閉じた。


 ——次に、目を開けたとき。


 料理場は、料理場じゃなくなっていた。


 芋は散らばり、泥と瓦礫に混じっている。

 洗った意味が、どこにもない。


 食器は割れて、欠片が床に広がっている。

 拾っても、もう使えない。


 水場は崩れて、流れが止まっていた。

 濁った水が、溜まっているだけ。


 火は消えている。


 誰もいない。


 ──全部、無駄になっていた。


 自分が手を動かした時間も。

 考えないようにした努力も。


 意味が、残っていない。


 立ち上がろうとして、やめた。


 ……やっぱり。


 自分がいると、こうなる。


 ちゃんとしても。

 考えなくても。


 壊れる。


 ここに居たら、次はきっと——

 人の命まで、奪ってしまう。


 それだけは、だめだ。


 自分は、ゆっくり息を整えて、

 誰もいない方へ向かった。


 走る。


 考えないために。

 これ以上、何も壊さないために。




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