手を出してはならない貴族

 目の前で、怒り狂った貴族が親子に向けて鞭を振りかぶる。


「この親子共々、死ねいっ!」


私は迷わず、親子の前へ割り込んだ。


「バシンッ!」


勢いよく鞭が体に当たる。だが、痛みどころか痒みすら感じない。


「やはり、身体が金属みたいに硬くなっている」


いきなり変な紙袋割って入られた事と、その紙袋が鞭をくらって平然としている事に、貴族は驚きと怒りを感じたようだ。


「なんだお前は!紙袋なんて被りやがって!」


「……」


ーーー


「さ、早く逃げてください」


私が貴族の前に立ち塞がっている間に、アイリスが素早く親子を路地へと逃がす。彼女もしっかりと、紙袋を被っていた。


「……ちっ、おい、誰かいないのか! こいつらを捕まえろ! 捕まえた者には金貨をやるぞ!」


貴族が叫ぶと、周囲の空気が一変した。


「金貨……?」

「金があれば……」

「飯、飯が食える……!」


 飢えた民衆たちが、縋るような、あるいは獣のような目で我々を取り囲む。


 この街は……絶望に支配されている。金のためなら、自分たちと同じ弱者を売るしかないほどに。


「どうしましょう」

アイリスが聞く。

「……市民に手は出せん」

「ですよね」


 ジリジリと追い詰められた私とアイリスは、何時の間にか石塀を背にしていた。


「行き止まり……もう怪我人を出さずに逃げるっていうのは、ちょっと厳しそうですね」


アイリス程の腕があれば逃げられない場面でもない。しかし我々ががむしゃらに逃げれば多かれ少なかれ怪我人が出るだろう。


(……試してみるか)


「……逃げるなら方法は限られてますけど、どうします?」


「……道は、私が作る」


「えっ?」


あえて私はくるりと石壁の方を向く。


「ははは! バカめ、血迷ったか!」


「……いや、これでいい」


私は腰を落とし、左拳を石壁へ叩き込んだ。


ドォォォン


爆鳴と共に、巨大な壁がボロボロに砕け散る。


「な、何だと……!? 素手で、い、石の壁を……?」


追ってきた民衆たちが、その人外の破壊力を目の当たりにして足を止めた。


「……追ってきてもいいが、本当に私と戦うつもりか?」


その言葉に、民衆たちは一目散に逃げ出していく。

残されたのは、腰を抜かした貴族一人。


私は貴族の襟元を掴み持ち上げる。


「な、何をする!私を誰だと思っている、アルフレッド・キューブリック伯爵だぞ!」


「……知るか、そんなこと」


そう言って掴んでいた貴族を地面に叩きつける。

私は痛みにのた打ち回る男を見下ろし、静かに告げる。


「……これで、少しは虐げられる人間の気持ちが分かったか?」


「貴様……私は公爵だぞ! 愚民どもをどう扱おうと私の勝手……!」


「……うるさい口だ」


喋らせないよう、男の頭を踏みつける。


「気分が悪い。貴様は人を痛めつけ、涼しい顔をしている。私は今、貴様の真似をしているだけだが……なぜ、こうも不快なのだ」


ふと、アイリスが心配そうに見ているのに気づき、パッと足を上げた。


「……すまない。こんな奴に構っている時間がもったいなかった。せっかく一緒に出かけたのに、嫌なものを見せたな」


「いいんです。……行きましょう。早く帰らないと」


うずくまる貴族を残し、私とアイリスはその場を走り去った。


背後で、


「覚えていろ!絶対に見つけ出して、 粉々に切り刻んでやる!」


という無様な叫びが響いていたが、それを振り返る者は誰もいなかった。

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