第27話 もう戻れない日だまりの家

長月 空 @チーム長月 雨ノ邪鬼 12月〜再休職中

2025年10月14日 06:10


 お疲れ様です、椿です

前回の記事「絵」に纏わる話を書いてたら思い出したので、5歳ちょっと前まで住んでいた「日だまりの家」について話そうと思います


 日だまりの家とは言っても、もう覚えているのはほぼ庭の事だけで内装に関しては「トイレに夜中起きた時に、電子レンジの光が怖かった」程度ですが(笑)


 日だまりの家」に関して私の記憶は広い庭から始まり、広い庭で終わります

 いつも日が当たる当時の私にはとても広い庭

隣地とは金網で仕切られていて眺めも良かったです

いつからかそこには父が日曜大工で火花(多分グラインダー)を散らしながら作った大きなブランコが

 引っ越しは少し前から決まっていたらしく、私は保育園も幼稚園も行ってなかったので、兄が幼稚園に行っている間、母が家事をしている間はずっと庭で1人で遊んでいました

 夏はビニールプールが置かれ手足がフニャフニャになろうとも水遊びをし、飽きればブランコを漕ぎ、冬は布団を干す所によじ登り布団と一緒に日向ぼっこ

 部屋に戻れば母が優しく迎えてくれて、その内に兄が帰ってきて一緒ゲームをし、夕飯を済ませると父が帰宅するのを玄関でずっと待つ、そんな毎日でした

 私の記憶には輝かしい太陽と真冬の雪の1日の事しか残っていません


だからこそ大切な「日だまりの家」なのです


 36歳にもなって大人気無いのですが、私は雪が降るとテンションが上がってしまいます

神奈川の海近くに住んでいるので雪は滅多に降らず、降れば交通が大変なことになりますが、そんなのお構い無しに雪の予報を見れば積もるのを密かに期待してしまう、そんな大人になりました(笑)


 恐らく理由は真冬の雪の1日

何年かに1度と言われる大雪の日に、私は突然母に「ビー玉が欲しい」と言います

それを母は「いいよ、探しに行こっか」と優しく答えてくれたのです

 ミトンの手袋を嵌め、長靴を履き、母と手を繋ぎながら雪の降る中歩いていきます

 私の小さな歩幅に合わせて母はゆっくり、転ばないようにこちらを見ながら

 母は兄にも私にも等しく愛情を注いでくれましたが妹ならではの「お兄ちゃんばっかりズルい!」は消えません

それもあってか母との雪の日のお買い物はとても特別だったのです

 大好きなお母ちゃんを独り占め、といったところでしょうか

その日の私は嬉しくて道中ずっとおしゃべりだったと思います

ガードレールの内側を手を繋いで並んで歩く母娘

 自分でも「何も雪の日に買いに行かずとも」なんて思うのですが母は嫌な顔一つせずに付き合ってくれました

 コンビニみたいな所に着くとお目当てのビー玉は入って直ぐの所に掛けてありました

 黄色い網網に入った沢山のビー玉に心躍らせていると、母が「好きなの一つ選んでね」と言います

背が届きづらい位置だったので抱っこされながら私は必死に悩みます

 というか私が母なら「重いんだから早く選べよ」とか思ってしまう所ですが、母はずっと私が選ぶのを待ってくれました

 一見どれも同じに視える黄色の袋の中から、お気に入りの一品を見つけ「コレ!」と指差すと母は直ぐにお会計へ

本当に私のビー玉の為だけに、雪の中長い道のりを来てくれたのだなと今更ながらに思います

 帰り道も同じく手を繋いでガードレールの内側を歩いて

白い軽トラックとすれ違う事が何回か有りましたが、吹雪のレベルだったので殆どライトが意味を成していませんでした

 家に辿り着いてからの記憶はありませんが、私の性格なら途端に開封し、感謝もそこそこに遊びに耽っていたのだと思います

 そのビー玉は引っ越した後の家(今の実家)にも持っていき、襖のレールを右から左へ、左から右へと転がしたり、ビーダマンという玩具に入れて弾き飛ばしたりして遊んだりしました


 引っ越す前は本当に穏やかで優しい母、少し怖いけど帰宅すれば必ず高い高いを私が飽きるまでやってくれる父、いつも私を見てくれ遊んでくれた兄、そして沢山の日が当たるぽかぽかのお家でした


 ある時、私が母に言います

「お兄みたいに壁登りしてアッチ行きたい」

壁というのは庭と道路(か隣地)の境である金網の事で、兄はソレをするする登って遊びに出掛けてしまうのです

 一歩間違えば大きな怪我の可能性もある行為ですが、それも母は

「いいよ、見ててあげるからやってごらん」

と答えてくれます


 母はいつも最初は何も言いません

危ない時や、私が助けを求めた時のみ手を差し伸べてくれます

ある程度金網を登ると足の付かない高さになり、私も怖気付きます

母はその様子を悟ってか

「手はしっかり掴んで、足もしっかり網に掛けるんだよ、下は見ても良いけど母ちゃんを見な、母ちゃんも〇〇の事見てるから」

と言ってくれ、私も頂上へ

 多分頂上から向こう側へ折り返すのが1番母としては不安だったかと思います

向こう側に落ちれば、下で受け止める事もできないのですから

恐る恐るといった感じではありますが体を反転させ今度はゆっくりと降りて行きます

 最後の方は両手両足をパッと離して、ストンと着地、誇らしげに腰に手を当てて母にアピール

 母は多分凄く褒めてくれたと思います

その記憶は別の子が持っているので、私からは多分、としか言えませんが


 そんな感じで引っ越す前、私は家族の誰よりも伸び伸び暮らしていたと思います


 引っ越した後は父親と母親の夫婦喧嘩が始まり、父親は母親に手を上げ、次第に母親は病んで行ったのでしょう

 父親は酔えば怒鳴る殴る、叩く蹴る

母親は「この家には盗聴器が仕掛けられている!近所の人と父親は裏で繋がっていて私(母親)を嵌めようとしている!」と皿を投げつけ

 兄は暴れ回り、とまぁ何だか書いてる内に残念な気持ちになってきたのでこの話はここまで(笑)


 そんな家族を私は反面教師とし「あんなヒト達と同じになるのは嫌だ」と、あの人達が嗜好する酒と煙草を一時は憎むようにすらなります

 家で反抗すれば罵倒やビンタが飛んでくるので従順に、学校では奔放かと思えば褒められるのが好きなので、より模範的な生き方、成績を取るように

 ん〜、良く非行に走らなかったな、私(笑)


 中々、面白い人生を歩んでる気がしたので休職中というか入院中マンガか小説にでもしようかなと本気で構成を考えてた時期もありました(笑)


 引っ越しの詳細は覚えていませんが、後から聞いた話では隣にマンションが建ち、一階だった家に日が当たらなくなってしまったのが原因だそうです

 引っ越し当日、私は部屋から庭を眺めて自作の歌を歌っていました

 どんな歌詞だったか、確かお月様に関してだったかなと、セーラームーン好きでしたので


 私の記憶は広い庭から始まり、その別れの時も歌を歌いながら眺めていた庭で終わります


  もう戻れない

  とても大切な

  日だまりの家


 それは私にとって掛け替えのない、

そんな想い出


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