水中図書館

スピカ

水中図書館

ここは小さな古びた図書館。

人は自分一人しかいなく、あたりには本がぎっしりと詰まった本棚で、本たちが今日も静かに眠っている。

どれも古い本ばかりで、所々泥で汚れている本もある。しかし、どの本も平等に、誰かに読まれるのをひっそりと待っていた。

自分は一冊の本を手に取る。

分厚くて黒い表紙の本。知らない本だったけど、内容には覚えがあった。

読み進めていると、涙が落ちてきた。涙の理由も、この本を手に取った理由もわからないけれど。

本当になぜだかわからないけれど、この本は一目見たときから運命的なものを感じた。

「お願いです。私を読んでください。」

そう、本が訴えている気がして止まなかったのだ。


読み進めていてふと時計を見る。大きな振り子時計があったが時計は止まっていた。

本当に奇妙なことに、この図書館の時計がすべて同じ時間に止まっていた。

しかし、ずっと同じ体勢で読んでいたものだから、体が痛い。少々散歩でもしようか。自分は本を大切に抱えたまま、図書館の外へ出た。


図書館の周りをゆっくりと歩く。

この町はある日を境に、大きく姿を変えた。

原型をとどめていないガードレール。

誰もいない住宅地。

道に乗り上げる大きな漁船。


この本を読んだ時と同じ感覚に陥った。涙が止まらない。でも、今、はっきりと涙の理由が分かった。

なぜこんな大きな出来事を忘れていたんだろう。いや、忘れたかったのか。


ここは、海の中だ。そうだ。あの日。図書館の時計が止まったあの日も自分はあの図書館で一人過ごしていた。

しかし、突然鳴り響くサイレンとともに、すべての時が止まり、世界が海底に沈んだ。

サイレンとともに鳴り響く、人々の叫び、そして攻め来る水の音。

気づいたときには、自分は、もう、ここにはいなかった。

でも、この図書館が大好きだった。パパとママと通った図書館。どんなに成長しても、あの図書館に来ればどれほど辛いことも、思い出と本たちが吹き飛ばしてくれた。

ずっと図書館にいたかった。だからかな、今もこうしてここで一人眠っている。

ここに来てから、まだ誰にも会ってない。会えない。見つけてもらえない。でも、誰かを呼びたいわけじゃない。誰にも来てほしくない。でも、会いたい。

矛盾する自分の心が、うっとおしい。


いや、大丈夫。僕には本たちがいる。ここに来て何年も経つけど、まだ知らない本があるんだ。その子たちに挨拶して、仲よくなろう。そうすればきっと、寂しさなんてなくなるよね。

どうしても人肌が恋しくなったら、この水中から、今も地を歩く人々に想いを馳せよう。幸せに生きてくれと、願おう。


僕のこと、ずっと探してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だよ。僕はここでみんなと生きるはずだった分だけ過ごすからさ。

みんなも、幸せな時間を過ごしてよ。僕も、みんなが幸せに笑いあう日々を過ごすこと、願ってるからさ。


また逢う日まで

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