【短編/1話完結】鉛の空とひみつの距離

茉莉多 真遊人

本編

 年始明けの寒さもいっそう厳しくなる頃、外は雪が確実に積もるほどに降っており、それが外の音をかき消してくれている。今はスチーム暖房の音と窓を軽く叩くような風の音が鳴るばかりだ。


 そんな日の授業もすべて終わった放課後に、とある普通高校の教室では女の子1人と男の子1人が隣り合うように席に座って勉強をしていた。


「ん-っ! はぁ……なあ、樋口くん、頭がくたくたになっていないか? 少し休憩がてら雑談をしたい」


 固くなった身体を伸びでほぐしつつ、隣にいる男の子に話しかける女の子の名前は、飛騨ひだ満菜みつな


 彼女は黒髪のロングヘアを机の上に垂らしながら、ブレザータイプの制服からカーディガンが萌え袖のように飛び出ている両手で頬杖を突き始めて、こげ茶色の瞳で同意を求めていた。


「んっ……いいですね、飛騨さん。僕も頭を休めたいと思っていたところでした」


 飛騨の言葉に応じて、シャーペンをノートの上に落としてからボサボサの黒髪を軽く掻き始めた男の子の名前は樋口ひぐち光也みつなり


 彼はブレザータイプの制服だけでは寒さに耐えきれないのか、ネックウォーマーで首元を温めながら折りたたんだコートをひざ掛けにしていた。


「ひみつ研究同好会の活動だな」


「そうですね。集まって勉強だけじゃ、それっぽくないですからね」


 ひみつ研究同好会。


 この2人は高校で出会い、お互いに苗字と下の名前から「ひ みつ」ということで「秘密研究同好会」という集まりを飛騨がなんやかんやして発足した。


 基本的に放課後に勉強したり、お喋りしたり、図書室の本を読み合ったり、一緒に帰ったりという学生らしい過ごし方をしているだけで、「秘密」という言葉に関する活動がほぼ皆無の放課後仲良し倶楽部である。


「さて、雑談の定番と言えば?」


「おっと、雑談の話題はまだ決まっていなかったのですね」


 急に話題決めから振られた樋口が、少し驚いた様子で薄茶色の瞳を飛騨の方へと向ける。


 飛騨は彼と見つめ合ってから、ニコッと笑いかけた。


「雑談も話題決めから一緒にした方が楽しいじゃないか」


 飛騨は頬杖をついたまま、両手をグーからパーに変えて、彼女の細い指をピタリと顔に沿わせている。


「そうですね。では、あえて、定番中の定番、天気なんてどうでしょう?」


 ほんの少し瞼を閉じ気味にした飛騨の目が樋口に向けられて、彼は少しドキリとした様子で一瞬だけ目を逸らしてから、窓の外の雪を見て「天気」の話題を提案した。


 飛騨がクスッと笑う。


「あはは、いいじゃないか、ド定番もド定番。とはいえ、北陸の天気では、『良い天気ですね』と中々言えないな。今も吹雪いているしな」


 飛騨が樋口の奥に見える窓を見て、イタズラっぽい笑みで樋口にそう返した。


 樋口は頷いてから、再び飛騨の方に顔を向ける。


「そうですね……日本海側はやはりどうしても雨や雪が多いですしね。どれくらい多いかは……ちょっと待ってくださいね。えっと……ですね……ちょっとでも雨や雪が降ったとする降水日だと……えっ……ここで約180日にもなりますね」


 樋口は見つめ合い続けることを恥ずかしく思ったのか、視線を外すために手のひらサイズのスマホに目を落として、雑談用の情報を収集し始める。


 1mm以上の雨が降ったとされる降水日が180日。


 調べていた樋口はもちろん、飛騨も180日という数字に目を丸くした。


「おぉ……北陸で生まれ暮らしていて、たしかに全国天気を見ていて雨が多いと思っていたが、まさか半年は雨や雪か。まあ、だから『弁当忘れても傘忘れるな』って言われるのか」


 飛騨はカバンの中に入れていた折り畳み傘をポンと外に出して、いつでも常備しているとアピールした。


 樋口も同様にポンと折り畳み傘を机の上に置く。


 2人が少しだけ口の端を上げて笑った。


「まあ、降水日なので、ほんのちょっと降ってもカウント、ということですが、まあ、そうなりますね。さらに山間部になると、220日ほど降水日だとか」


 スマホで情報収集を続ける樋口がそう呟くと、飛騨は驚きよりも呆れたという雰囲気で外の方を見る。


「多すぎる! むしろ、晴れだと絶対に雑談にしたくなるな。『良い天気ですね!』と」


 樋口は飛騨の言い分に納得したように数度頷いた。


「飛騨さんは晴れの日が好きですか?」


「まあ、嫌いではないな。しかし、夏の暑い日の晴れは苦手だがな」


 飛騨は夏の暑い日を思い出したのか、パタパタと手で扇ぐ仕草をした。


「なるほど、たしかに。ちなみに……雑談ということで話題を変えていきますが」


「ん? いいだろう」


 樋口が何かを思い立ったようで、話題を変えると飛騨に断りを入れてから言葉を続ける。


「飛騨さんは大学や就職を晴れの多い場所にしたいと思っていますか? たとえば、関東……東京とか」


 天気に絡めてはいるものの、唐突な進路の話。


 飛騨は一瞬戸惑ったが、樋口の真剣な表情に応えるように視線を上に向けて考え始める。


「ふむ。天気からの進路か。唐突ではあるものの、雑談としては悪くないな。で、返答だが、まあ、今のところ、関東や関西、名古屋などの都会に憧れることはないな。博多はここからじゃ遠いので、イメージがまったく湧かない」


 飛騨が視線を樋口の方へと戻す。


 樋口は数度頭を縦に振った。


「なるほど」


「そういう樋口くんは……都会に憧れがあるのか?」


 飛騨からの逆質問。探りを入れている雰囲気がありありとあったが、樋口はそれに気付いた様子もなく、聞かれた問いに答えるべく彼女と同じように一旦視線を上に向けた。


「いえ、別にそういうことはないですね。僕は偏差値とにらめっこして決める予定ですから」


 やがて、出た答えは「必須とはいえない」という存外無難な答えだった。


「そうか。きっと私もそうなるだろうな」


 ここで2人とも、一旦目線を外してからホッと小さな溜め息を吐く。


 お互いに探りを入れながらも、お互いに打ち明けることのない秘密を持っているような雰囲気である。


「飛騨さんの学力、偏差値ならほとんどどこにでも行けますよ」


「どこでも行けるかもしれないが、どこでも行きたいわけではないからな」


「おや、それは気になりますね。偏差値や都会以外で、何か選ぶ要素がありますか」


 飛騨がもったいぶった言い方をするため、好機とばかりに樋口が問いを重ね始める。


「もちろん」


「かかるお金とか?」


「まあ、それもあるにはあるが、それが1番じゃないな」


「1番はなんですか?」


「……人間関係かな」


 樋口が明らかにしようとして、飛騨が若干濁している。


 それも最終的に、飛騨は静かに「人間関係」と打ち明け、彼女の視線が一瞬だけ若干熱を帯びたままに樋口を見た。


 樋口がその視線に気付き見つめ返す。


 5秒ほど、互いに顔を赤くしていきながら、瞬きを忘れて見つめ合う。


「い、意外ですね。飛騨さんなら誰とでも仲良くできるでしょうから、新しい知人や友人も多くできるでしょうに」


「ははは、樋口くんもまだまだ私の解像度が高くないな。私はな、多くの知人や友人を得るよりも、大切にしたい人の傍にずっといたいと思うよ」


 傍目に「もはや告白ではないか」と思える言葉や仕草でも、今の2人の距離をこれ以上近づけることにはならなかった。


 お互いにお互いを特別に思うからこそ、心の中に踏み出せない一線を引いてしまっている。


「飛騨さんにそう言ってもらえる人は幸せですね」


 樋口のその言葉に、飛騨が顔を逸らして残念そうな表情を浮かべるも、すぐに何事もなかったかのように少し乾き気味の笑顔で向き直す。


「……幸せか。大切な人にそう思ってもらえるなら本望だな」


 飛騨の目が樋口に訴えかけている。


「……ちなみに、誰なのか、聞いてもいいですか?」


 アンニュイな雰囲気を醸し出している飛騨に対して、樋口が1歩だけ引いている線に近付いた。


 ここで飛騨も1歩近付けば、お互いが引いている線の上で、手をそっと繋ぎ合えるような状況になる。


「ふふっ、秘密だ」


 しかし、飛騨はここで退いてしまった。


 樋口が残念そうな顔を隠せずに飛騨を見つめる。


「秘密ですか」


「今はな」


 近いようで遠く、遠いようで近い。


 そんな距離感を取り続けている2人は、この距離感に馴染みと安心感を覚えていた。


 樋口がようやく表情を笑顔に変える。


「では、そのいつかに期待したいですね」


「あぁ、期待して待っていてくれ。樋口くんには必ず打ち明けるさ。さて、勉強に戻ろうか」


「そうですね」


 こうして飛騨と樋口は雑談を終えて、再び最終下校時刻のチャイムが鳴るまで黙々と勉強するのだった。

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