第25章(最終章) 新しい時代へ

魔王軍壊滅から、三ヶ月が過ぎた。


 世界は、平和を取り戻しつつあった。


         ◆


「神崎殿、王からお呼びです」


 使者が、工房に訪れた。


「王から? 何の用だ」


「詳しくは存じません。ただ、『正装で参内するように』との仰せです」


「……分かった」


 鋼太郎は、久しぶりに正装に着替え、王宮に向かった。


         ◆


 謁見の間に入ると、そこには多くの貴族や将軍たちが並んでいた。


 正面の玉座には、国王が座っている。


「神崎鋼太郎、前へ」


 鋼太郎は、玉座の前まで進み出た。


「神崎殿。このたびの戦争における貴殿の功績は、計り知れないものがある」


 国王が言った。


「貴殿の兵站システムがなければ、連合軍は勝利できなかっただろう。貴殿は、まさに人類の救世主である」


「過分なお言葉です」


「その功績を称え、貴殿に爵位を授けたい。伯爵の位と、領地を——」


「お断りします」


 会場が、ざわめいた。


「断る? なぜだ」


「俺は、職人です。貴族ではありません」


 鋼太郎は、真っ直ぐに国王を見た。


「俺の仕事は、ものを作ることです。現場に立ち、汗を流し、良いものを生み出すことです。貴族になれば、それができなくなります」


「しかし——」


「俺は一生、現場の人間です。それが、俺の誇りです」


 国王は、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……分かった。貴殿の意志を尊重しよう」


「ありがとうございます」


「だが、何か報酬を与えねば、私の面目が立たない。何か、望みはないか」


「……」


 鋼太郎は、考えた。


 そして、一つの答えを出した。


「技術学校を作らせてください」


「技術学校?」


「次世代の技術者を育てる学校です。俺の知識と、ヴェルナーの技術を、若者たちに伝えたい。そのための場所を、いただけないでしょうか」


「……」


 国王は、深く頷いた。


「素晴らしい提案だ。許可しよう。必要な土地と資金は、王家から提供する」


「ありがとうございます」


「学校の名は、何とする」


「神崎技術学校。そう名付けたいと思います」


         ◆


 一年後——


 神崎技術学校が、開校した。


 王都の郊外に建てられた、大きな建物。


 教室、実習室、工房、寮——全てが揃っている。


 初年度の生徒は、50名。


 大陸各地から、技術を学びたいという若者たちが集まってきた。


「皆、よく来た」


 開校式で、鋼太郎は生徒たちに語りかけた。


「俺は、お前たちに技術を教える。測定、加工、品質管理——製造業の全てを」


「……」


「だが、一番大事なことを、最初に伝えておく」


 鋼太郎は、生徒たちを見回した。


「技術は、人を幸せにするためにある。それを忘れるな」


「……」


「技術は、使い方次第で凶器にもなる。人を傷つけ、破壊し、殺すこともできる。だが、それは技術の正しい使い方ではない」


 鋼太郎の声が、力強くなった。


「お前たちは、これから技術を学ぶ。その技術で、何を作るかは、お前たち次第だ。だが、常に問い続けろ。『これは、人を幸せにするか』と」


「はい!」


「良いものを作れ。使う人のことを考えて、最高の品質を追求しろ。それが、技術者の本分だ」


 生徒たちの目が、輝いていた。


「授業を始める。ついてこい」


         ◆


 リーゼ、ボルト、ナット——三人の弟子たちは、それぞれの道を歩み始めていた。


 リーゼは、神崎技術学校の教官に就任した。


 品質管理の専門家として、生徒たちに検査技術を教えている。


「この寸法、規格外です。やり直し」


「えっ、でも——」


「品質に妥協はありません。師匠の教えです」


 ボルトは、鍛造部門の責任者になった。


 神崎鍛冶の生産現場を取り仕切り、若い職人たちを指導している。


「炉の温度、もう少し上げろ。そうだ、そこで止めろ」


「はい、ボルト師匠」


「師匠か……なんか照れくさいな」


 ナットは、経営管理の責任者になった。


 サプライチェーン全体を管理し、協力工房との連携を維持している。


「今月の生産実績、目標を10%上回りました」


「良し。来月は、さらに効率を上げよう」


「はい」


 三人は、それぞれの場所で、師匠の教えを実践していた。


         ◆


 そして——


 数十年の時が流れた。


         ◆


 神崎鋼太郎は、80歳になっていた。


 白髪になり、顔には深い皺が刻まれている。


 だが、目の輝きは変わらない。


「師匠、お体に障ります。少しお休みください」


 リーゼ——今は60歳を超えた老女——が、心配そうに言った。


「大丈夫だ。まだまだ動ける」


「でも——」


「俺は、現場の人間だ。死ぬまで、ものを作り続ける」


 鋼太郎は、工房に立っていた。


 若い職人たちが、周りで作業をしている。


「師匠! この寸法で合っていますか」


「見せてみろ……ああ、合っている。良い仕事だ」


「ありがとうございます!」


 若者たちの目が、輝いている。


 かつての自分の弟子たちと、同じ目だ。


         ◆


 アルヴェリオン大陸は、大きく変わっていた。


 神崎鋼太郎が持ち込んだ製造業の知識は、大陸全土に広まっていった。


 公差管理、5S活動、品質管理——これらの概念は、今や常識となっている。


 各地に工場が建ち、大量生産が可能になった。


 農具、工具、日用品——様々なものが、安価で高品質に作られるようになった。


 人々の生活は、飛躍的に向上した。


 これは、まさに——産業革命だった。


         ◆


「師匠」


 ある日、リーゼが言った。


「王立図書館から連絡がありました。師匠の伝記を編纂したいそうです」


「伝記? 大袈裟だな」


「いいえ、大袈裟ではありません。師匠は、この大陸の歴史を変えた人物です。『製造業の父』として、教科書に載るべきです」


「製造業の父か……」


 鋼太郎は、窓の外を見た。


 かつて、この世界に来た時——自分は、何も持っていなかった。


 ただ、58年間の製造業の経験だけを持って、この世界に放り出された。


 そこから、全てが始まった。


 工房を作り、弟子を育て、技術を広めた。


 戦争を支え、敵と戦い、世界を救った。


 そして今——自分の知識は、次の世代に受け継がれている。


「……俺は、大したことはしていない」


 鋼太郎は、静かに言った。


「俺は、ただ——図面通りに作っただけだ」


「師匠……」


「図面通りに作る。それだけのことが、世界を変えた。技術とは、そういうものだ」


         ◆


 その夜——


 鋼太郎は、工房の屋根の上で、星空を見上げていた。


 異世界の星空。


 だが、どこか——地球の空に似ている気がする。


「俺は、この世界に来て良かった」


 独り言のように、呟いた。


「前世では、定年を迎えて、静かに余生を送るはずだった。だが——こっちの世界で、もう一度働けた」


「……」


「ものを作り、人を育て、世界を変えることができた。技術者として、これ以上の幸せはない」


 鋼太郎は、静かに笑った。


「ヴェルナー。お前も、この景色を見ているか」


 答えはない。


 だが、どこかで——同じ星空を見ている気がした。


「俺たちは、技術者だ。良いものを作ることが、俺たちの使命だ」


「……」


「俺は、その使命を果たした。あとは——次の世代に、託すだけだ」


 鋼太郎は、目を閉じた。


 心の中に、様々な顔が浮かんでくる。


 リーゼ、ボルト、ナット。


 ガルド、アルベルト、レオンハルト。


 そして——ヴェルナー。


 皆が、自分の人生を彩ってくれた。


 皆が、自分の技術を受け継いでくれた。


「ありがとう」


 鋼太郎は、心の中で礼を言った。


「俺は、幸せだった」


         ◆


【エピローグ】


 さらに数十年後——


 アルヴェリオン大陸は、近代化を遂げていた。


 蒸気機関が発明され、鉄道が敷かれ、工場が立ち並んでいる。


 かつての中世的な世界は、産業革命を経て、まったく新しい時代に入っていた。


 その中心には——神崎技術学校があった。


 今や、大陸最大の教育機関に成長した学校。


 そこで学んだ技術者たちが、大陸各地で活躍している。


 学校の正門には、一つの石碑が建っている。


         ◆


「神崎鋼太郎先生の言葉」


「図面通りに作る。


 それが俺の、唯一無二の"魔法"だ。


 技術は、人を幸せにするためにある。


 良いものを作れ。


 使う人のことを考えろ。


 品質に妥協するな。


 それが、技術者の本分だ」


         ◆


 石碑の前を、若い技術者たちが通り過ぎていく。


 彼らは、神崎鋼太郎の名前を知っている。


 「製造業の父」として、教科書で学んだ。


 だが、彼らにとって——鋼太郎は、遠い過去の偉人ではない。


 彼の教えは、今も生きている。


 工房で、工場で、現場で——彼の言葉が、受け継がれている。


「品質に妥協するな」


「図面通りに作れ」


「使う人のことを考えろ」


 これらの言葉が、技術者たちの心に刻まれている。


         ◆


 ある若い技術者が、石碑の前で立ち止まった。


「神崎先生……」


 彼女は、リーゼの曾孫だった。


 曾祖母から、鋼太郎の話を何度も聞いてきた。


「私も、あなたのような技術者になりたい」


 彼女は、石碑に向かって誓った。


「良いものを作ります。人を幸せにするものを」


 風が、優しく吹いていた。


 まるで、誰かが——微笑んでいるように。


         ◆


「図面通りに作る。それだけのことが、世界を変えた」


 ——神崎鋼太郎が、この世界に残した言葉である。


                                    ——完——

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