第19章 信念の対決

ヴェルナーの過去を知ってから、数ヶ月が過ぎた。


 その間にも、戦況は変化していった。


         ◆


「師匠、これを見てください」


 ナットが、前線からの報告書を持ってきた。


「魔王軍の新型兵器です」


 報告書には、詳細なスケッチが添えられていた。


 それは、巨大な弩——弓の一種——だった。


 だが、通常の弩とは違う。複数の矢を同時に発射できる機構を持ち、しかも連続射撃が可能だという。


「連装弩砲か……」


 鋼太郎は、スケッチを見つめた。


「報告によると、これ一基で数十人の兵を一度に殺傷できるそうです。前線は大混乱に陥っています」


 鋼太郎は、スケッチをさらに詳しく観察した。


 機構の設計、部品の配置、動力の伝達——全てが、地球の技術に基づいている。


「……ヴェルナーの作だな」


「間違いありません。『V』の刻印も確認されています」


 鋼太郎は、腕を組んで考え込んだ。


 連装弩砲。


 これは、前世でいえば機関銃のような存在だ。


 一人の兵士が、多数の敵を短時間で殺傷できる。


 戦場の常識を覆す、革命的な兵器。


 ヴェルナーは、技術の力で戦争を変えようとしている。


 だが、その方向は——人を殺すための技術だ。


「対抗策を考えなければならない」


 鋼太郎は言った。


「この兵器を無力化するか、あるいは——」


「あるいは?」


「俺たちも、同等以上の兵器を作るか」


 その言葉を言った瞬間、鋼太郎の胸に重いものがのしかかった。


 ——俺は、何のために技術を使っている。


 人を守るためか。


 それとも、人を殺すためか。


         ◆


 その夜、鋼太郎は一人で工房に残っていた。


 連装弩砲のスケッチを、何度も見返している。


 この兵器を作った者——ヴェルナーの心の中を、想像しようとしていた。


「師匠」


 声がして、振り向いた。


 リーゼが立っていた。


「また一人で考え込んでいますね」


「……ああ」


「連装弩砲のことですか」


「それもある。だが——」


 鋼太郎は、溜息をついた。


「俺は、何をしているんだろうな」


「何を、とは」


「俺の作った武器で、人が死んでいる。俺の技術で、戦争が行われている」


「……」


「ヴェルナーを批判する資格が、俺にあるのか。俺も、同じことをしているんじゃないか」


 リーゼは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「師匠、私に質問していいですか」


「何だ」


「師匠の武器で、どれだけの命が救われましたか」


 鋼太郎は、顔を上げた。


「ヴォルフ平原の会戦で、連合軍は勝ちました。師匠の武器がなければ、もっと多くの兵士が死んでいたでしょう」


「……」


「師匠の武器は、兵士を守っています。折れない剣、貫かれない甲冑、すぐに修理できる装備——それが、どれだけの命を救っているか」


「だが、敵も死んでいる」


「はい。それは事実です」


 リーゼは、鋼太郎の目を見た。


「でも、師匠。技術は、使う人の心次第です。師匠の技術は、守るために使われています。ヴェルナー様の技術は、殺すために使われています。同じ技術でも、使い方が違うんです」


「……」


「師匠は、『誰のために作るか』を忘れていません。それが、ヴェルナー様との違いです」


 鋼太郎は、リーゼの言葉を噛みしめた。


 ——誰のために作るか。


 そうだ。


 自分は、兵士を守るために武器を作っている。


 使う人の命を守るために、品質にこだわっている。


 その目的は、間違っていない。


「……ありがとう、リーゼ。少し、楽になった」


「師匠——」


「お前は、いい弟子だ。俺よりも、よほど物事が見えている」


「そんな——」


「いや、本当だ。お前たちがいるから、俺は道を踏み外さずにいられる」


 鋼太郎は、立ち上がった。


「連装弩砲への対抗策を考える。ヴェルナーの技術を超える方法を」


「どうやって」


「分からない。だが、やるしかない」


         ◆


 翌日から、鋼太郎は連装弩砲の分析に没頭した。


 スケッチを基に、機構を再現してみる。


 どのような原理で動いているのか。


 どこが弱点なのか。


「なるほど……」


 数日間の分析で、鋼太郎は連装弩砲の構造を理解した。


 動力源は、大型のバネ。これを複数組み合わせ、順番に解放することで連続射撃を可能にしている。


 弱点は、バネの耐久性だ。高い張力を繰り返し受けるため、一定回数使用すると疲労破壊を起こす。


「ナット、計算してくれ。このバネの設計なら、何発まで耐えられる」


「はい……」


 ナットが計算を始める。


 数時間後、結果が出た。


「およそ500発です。それ以上使用すると、バネが破断する可能性が高いです」


「500発か……」


 戦場で500発。


 十分な数だが、永続的ではない。


「消耗品として設計されているのか。使い捨て……」


 鋼太郎は、さらに考えを巡らせた。


 連装弩砲を無力化する方法は、いくつかある。


 一つは、射程外から攻撃すること。だが、連装弩砲の射程は長い。


 一つは、盾で防ぐこと。だが、連続射撃には耐えられない。


 一つは、機動力で回避すること。だが、歩兵には無理だ。


「……直接対抗するのは難しいな」


 では、別の方法は。


「待てよ——」


 鋼太郎の頭に、閃きが走った。


「連装弩砲は、固定設置されている。動かせない。つまり、配置された場所を避ければ——」


「でも、どこに配置されているか分かりません」


「分かる方法がある」


 鋼太郎は、ナットを見た。


「斥候部隊だ。連装弩砲の設置場所を事前に調べ、地図に記録する。そして、その情報を基に、攻撃ルートを選ぶ」


「偵察と情報共有……」


「そうだ。兵器そのものを無力化できなくても、その効果を最小化できる」


         ◆


 鋼太郎の提案は、すぐに連合軍の指揮官たちに伝えられた。


 斥候部隊が編成され、魔王軍の陣地を詳細に偵察する任務が始まった。


 連装弩砲の設置場所、射角、射程——全ての情報が収集され、地図に記録されていった。


 さらに、鋼太郎は別の対策も提案した。


「防御用の移動盾を作る」


「移動盾?」


「車輪のついた大型の盾だ。複数人で押しながら前進し、連装弩砲の矢を防ぐ。これで、歩兵が安全に接近できる」


 神崎鍛冶の工房で、移動盾の試作が始まった。


 構造は単純だ。木製の盾に、鉄板を貼り付ける。下部に車輪をつけ、後ろから押せるようにする。


 重要なのは、重量と耐久性のバランスだ。軽すぎれば矢を防げず、重すぎれば動かせない。


 何度も試作を繰り返し、最適な設計を見つけた。


「これでいける」


 鋼太郎は、完成した移動盾を見て言った。


「これを50台、一ヶ月で作る」


「50台ですか。厳しい納期ですね」


「だから、協力工房を総動員する。全てのリソースを投入しろ」


         ◆


 一ヶ月後、50台の移動盾が完成した。


 前線に送られた移動盾は、次の会戦で威力を発揮した。


「報告です!」


 伝令が、興奮した様子で駆け込んできた。


「移動盾が、連装弩砲の射撃を防いでいます! 歩兵隊が、安全に接近できています!」


 鋼太郎は、安堵の息をついた。


 ——技術で、技術に対抗できた。


 ヴェルナーの連装弩砲に、自分の移動盾で対抗した。


 殺す技術に、守る技術で答えた。


「師匠!」


 リーゼが言った。


「やりましたね!」


「ああ。だが、これで終わりじゃない。ヴェルナーは、次の手を打ってくるはずだ」


         ◆


 予想通り、魔王軍は新たな兵器を投入してきた。


 今度は、移動盾を貫通する強力な矢だった。


 通常の矢より重く、速度も速い。移動盾の鉄板を、紙のように貫いていく。


「くそっ——」


 鋼太郎は、報告を聞いて舌打ちした。


「ヴェルナーめ、すぐに対応してきたか」


 だが、鋼太郎も負けていなかった。


 移動盾の鉄板を二重にし、間にクッション材を挟む。


 これで、強力な矢も防げるようになった。


 すると、今度は——


「焼夷矢が投入されました! 移動盾に火がついて——」


 燃える矢だ。


 木製の盾に火がつき、兵士たちが混乱している。


 鋼太郎は、盾の表面に不燃性の塗料を塗った。


 すると、今度は——


「酸を塗った矢が——」


 いたちごっこだった。


 ヴェルナーが新しい攻撃を考え、鋼太郎が防御策を考える。


 その繰り返し。


         ◆


 ある夜、鋼太郎はふと思った。


 ——俺たちは、技術で戦っている。


 戦場では、兵士たちが剣を交えている。


 だが、その背後では、技術者たちが知恵を競い合っている。


 ヴェルナーと自分。


 二人の技術者が、互いの技術で勝負している。


 それは、ある意味——純粋な技術勝負だ。


 どちらの技術が優れているか。


 どちらの発想が勝っているか。


 ——いや、違う。


 鋼太郎は、首を振った。


 これは、技術の優劣を競うゲームではない。


 これは、人の命がかかった戦争だ。


 自分が負ければ、兵士たちが死ぬ。


 ヴェルナーが勝てば、人類が滅ぶ。


 だから、絶対に負けるわけにはいかない。


「ヴェルナー……」


 鋼太郎は、北の空を見た。


 ——お前は、何のために技術を使っている。


 復讐か。


 憎しみか。


 それとも——


 その答えは、まだ分からない。


 だが、いつか、直接聞く日が来るだろう。


 その日まで、自分は技術を磨き続ける。


 守るための技術を、極限まで追求する。


 それが、技術者としての自分の答えだ。

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