第20章 ものづくりの戦い

連合軍は、ついに総攻撃を決断した。


 魔王城への進軍——人類の存亡をかけた、最終決戦だ。


         ◆


「神崎殿、お願いがあります」


 宰相アルベルトが、鋼太郎を訪ねてきた。


「何でしょうか」


「魔王軍の生産拠点——ヴェルナーが兵器を作っている場所を、特定しました。その拠点を破壊すれば、魔王軍の補給線を断つことができます」


「……それで」


「少数精鋭の特殊部隊を送り込みたいのです。貴殿にも、同行していただきたい」


「俺が?」


「ええ。拠点の中には、ヴェルナーの技術による様々な仕掛けがあると予想されます。それを理解し、無力化できるのは、貴殿だけです」


 鋼太郎は、しばらく考えた。


 危険な任務だ。


 だが、ヴェルナーの拠点を破壊できれば、戦況を大きく変えられる。


 そして——ヴェルナーと直接話す機会が、得られるかもしれない。


「分かりました。行きます」


         ◆


 特殊部隊は、総勢20名で編成された。


 精鋭の兵士たちに加え、魔法使いが数名。そして、鋼太郎。


 夜陰に紛れて、魔王軍の領域に潜入する。


 敵の哨戒を避けながら、山岳地帯を進んでいく。


 三日後——


 目標の拠点に到達した。


「あれが、ヴェルナーの工房か……」


 山の斜面に、巨大な建造物が建っていた。


 煙突から黒い煙が立ち上り、内部から金属を叩く音が聞こえてくる。


 ——まるで、工場だな。


 前世で見た、大規模な製造工場を思い出した。


 この世界では、異質な光景だ。


「突入します」


 部隊長が、合図を送った。


 兵士たちが、静かに移動を開始する。


 見張りを排除し、建物の中に侵入していく。


 鋼太郎も、その後に続いた。


         ◆


 建物の中は、まさに工場だった。


 炉が並び、金床が置かれ、様々な機械が動いている。


 魔物の職人たちが、黙々と作業をしている。


 そして——


 連装弩砲の部品が、大量に積まれていた。


「すごい生産能力だ……」


 鋼太郎は、呟いた。


「俺たち以上かもしれない」


「神崎殿、これを」


 部隊長が、一つの機械を指さした。


 それは、金属板を自動で切断する機械だった。


 動力は——魔法だ。魔力を込めた石が、機械を動かしている。


「魔法と機械の融合か……」


 ヴェルナーは、この世界の魔法を、地球の技術と組み合わせている。


 その発想は、正直に言えば——素晴らしい。


 ——もし、この技術が人のために使われていたら。


 その考えが、頭をよぎった。


「奥に行きましょう」


 部隊長が言った。


「ヴェルナーがいるとすれば、中心部のはずです」


         ◆


 建物の最奥部に、一人の男がいた。


 白髪の老人。


 だが、目だけは鋭く光っている。


 作業台の前に座り、何かの図面を描いていた。


「ヴェルナー……」


 鋼太郎の声に、老人が顔を上げた。


「お前が、神崎か」


「そうだ」


「噂は聞いている。同じ世界から来た者だと」


 ヴェルナーは、ゆっくりと立ち上がった。


「50年前、俺はこの世界に来た。お前は、いつ来た」


「5年前だ」


「5年か……。俺の50年に比べれば、短いものだな」


 ヴェルナーの目が、冷たく光った。


「俺は50年間、この世界で生きてきた。人間の愚かさを、嫌というほど見てきた」


「……」


「技術を理解しない者たち。変化を恐れる者たち。新しいものを排除しようとする者たち——そいつらに、俺は潰された」


「知っている。お前が冤罪で追放されたことも」


「知っているなら、分かるだろう。人間は、技術者を道具としか見ていない。利用できる間は持ち上げ、邪魔になれば捨てる」


 ヴェルナーの声が、震えていた。


「俺は、人間のために技術を使おうとした。良いものを作り、皆を幸せにしようと思った。だが、何が返ってきた。裏切りだ。濡れ衣だ。追放だ」


「……」


「だから俺は、人間を見限った。魔王軍に力を貸すことにした。人間どもを滅ぼすために」


 鋼太郎は、黙ってヴェルナーの話を聞いていた。


 その怒りは、理解できる。


 その絶望も、理解できる。


 自分が同じ目に遭っていたら——同じ道を歩んでいたかもしれない。


 だが——


「ヴェルナー。お前は、本当にそれでいいのか」


「何?」


「お前の技術で、多くの人が死んでいる。連装弩砲で、何百人もの兵士が殺されている」


「当然だ。それが目的だからな」


「違う」


 鋼太郎は、一歩前に出た。


「お前は、本当は違うはずだ。技術者として、『良いものを作りたい』という想いがあるはずだ。人を殺すために技術を使うことは、その想いに反しているはずだ」


「……」


「50年前、お前は人のために技術を使おうとした。それが本当のお前だ。今のお前は、憎しみに囚われているだけだ」


 ヴェルナーの顔が、わずかに歪んだ。


「黙れ。お前に、俺の何が分かる」


「分かる。俺も技術者だからだ」


 鋼太郎は、ヴェルナーを真っ直ぐに見た。


「俺は、58年の人生を製造業に捧げた。良いものを作ることだけを考えて生きてきた。その想いは、お前も同じはずだ」


「……」


「お前が作った連装弩砲——あれは、見事な設計だ。機構の精密さ、部品の互換性、量産への配慮——全てが、一流の技術者の仕事だ」


「当然だ。俺は、地球でも一流だった」


「だからこそ、もったいないんだ。お前の技術は、人を殺すためではなく、人を幸せにするために使われるべきだ」


 ヴェルナーは、しばらく黙っていた。


 その目に、複雑な感情が渦巻いている。


「……お前は、甘いな」


「甘くても構わない」


「人間は、俺を裏切った。お前も、いずれ裏切られる」


「かもしれない。だが、俺は人間を信じることをやめない」


 鋼太郎は、言葉を続けた。


「俺には、弟子たちがいる。協力工房の仲間がいる。ギルドマスターがいる。彼らは、俺を支えてくれている。俺一人じゃない」


「……」


「お前は、一人だった。支えてくれる人がいなかった。だから、絶望した。だが、俺は違う。俺には、仲間がいる」


 ヴェルナーの顔が、苦しそうに歪んだ。


「黙れ……」


「ヴェルナー。今からでも遅くない。俺と一緒に、人のために技術を使わないか」


「今さら、戻れるわけがない。俺は、多くの人を殺した。その手は、血で汚れている」


「それでも——」


「黙れ!」


 ヴェルナーが叫んだ。


 その声には、怒りと——悲しみが混じっていた。


「俺にはもう、戻る場所がない。50年間の憎しみは、簡単には消えない。お前の言葉が正しいとしても——俺には、できない」


 ヴェルナーは、背を向けた。


「この拠点は、お前たちにくれてやる。どうせ、もうすぐ魔王城での決戦だ。ここにいても意味がない」


「ヴェルナー——」


「次に会う時は、敵同士だ。その時、決着をつけよう」


 ヴェルナーは、部屋の奥にある扉を開けて姿を消した。


 鋼太郎は、追いかけなかった。


 追いかけても、今は何も変わらないと分かっていた。


「神崎殿——」


 部隊長が、声をかけた。


「追いますか」


「……いや。拠点の破壊を優先しろ。ここの設備を全て壊せ」


「了解」


 兵士たちが、作業を開始する。


 機械を破壊し、材料を焼き払い、図面を回収する。


 鋼太郎は、ヴェルナーが消えた扉を見つめていた。


 ——次に会う時、お前を説得できるだろうか。


 それとも、戦うことになるのか。


 答えは、まだ分からない。

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