第17章 50年前の転生者
調査が進むにつれ、ヴェルナーの人物像が浮かび上がってきた。
◆
「これが、現時点で判明していることです」
ナットが、報告書を読み上げた。
「ヴェルナーは、50年前、ゼルクハイム王国の北方にある小村で発見されました。身元不明で、言葉も通じず、最初は狂人だと思われていたようです」
鋼太郎は、黙って聞いている。
——俺と同じだ。
自分も、転生直後は言葉が分からず、混乱していた。
「しかし、彼は驚くべき速さで言葉を覚え、さらに驚くべき知識を披露しました。金属の精錬方法、効率的な農具の設計、建築技術——どれも、この世界には存在しなかったものでした」
「それで、王に見出されたのか」
「はい。当時の王——現国王の祖父にあたります——は、ヴェルナーを宮廷に招き、『王立技術顧問』に任命しました」
ナットは、ページをめくった。
「ヴェルナーは、約10年間、宮廷で働きました。その間に、多くの発明を行いました。水車の改良、製鉄炉の効率化、橋梁の新しい設計——どれも、革新的なものでした」
「成功していたのか」
「表面上は。しかし、内部では問題が起きていたようです」
ナットの表情が、曇った。
「ヴェルナーの発明は、多くの既得権益者を脅かしました。旧来の製鉄業者、伝統的な建築家、古い技術を守る職人たち——彼らは、ヴェルナーを敵視しました」
「……」
「さらに、宮廷内でも対立がありました。ヴェルナーの技術を独占しようとする貴族、それを阻止しようとする別の派閥——政治的な駆け引きに巻き込まれました」
鋼太郎は、溜息をついた。
どこの世界でも、同じだ。
新しい技術は、必ず抵抗を受ける。
既得権益を守ろうとする者、変化を恐れる者、技術を悪用しようとする者——様々な人間が、技術者の足を引っ張る。
「そして、『事件』が起きました」
ナットが、声を低くした。
「ヴェルナーが設計した新型の製鉄炉で、爆発事故が起きました。原因は不明ですが、炉が暴走し、大爆発を起こしたそうです。死者は30人以上」
「……」
「ヴェルナーは、その責任を問われました。しかし、彼は『自分の設計に問題はない。誰かが意図的に炉を改変した』と主張しました」
「妨害工作か」
「おそらく。調査は行われましたが、真相は解明されませんでした。結局、ヴェルナーは全ての責任を押し付けられ、宮廷から追放されました」
鋼太郎の拳が、握り締められた。
「追放された後は?」
「記録はほとんど残っていません。ただ、一つだけ——北方に向かったという目撃情報があります。その後、彼の消息は途絶えました」
北方。
魔王軍の勢力圏。
「そして、それから約40年後——魔王軍が活動を再開したとき、彼らの武器に『V』の刻印が現れ始めた、というわけです」
「……」
鋼太郎は、目を閉じた。
ヴェルナーの心情が、手に取るように分かる気がした。
技術者として認められ、活躍し、そして裏切られた。
自分の発明を悪用され、冤罪を着せられ、追放された。
人間への信頼を、完全に失った。
そして、人間の敵である魔王軍に身を寄せた。
自分の技術を、復讐のために使うようになった。
——俺だって、同じ状況なら……
その考えを、鋼太郎は振り払った。
いや、違う。
どんな状況でも、技術を人を傷つけるために使ってはいけない。
それだけは、絶対に。
「師匠」
ナットが言った。
「どうしますか」
「……分からない。だが、ヴェルナーのことは、頭に入れておく。いずれ、対峙する日が来るかもしれない」
◆
その夜、鋼太郎はガルドを訪ねた。
「ギルドマスター、お時間をいただけますか」
「神崎か。どうした」
鋼太郎は、ヴェルナーについての調査結果を報告した。
ガルドは、黙って聞いていた。
「……そうか。50年前に、お前と同じような者がいたのか」
「はい。そして、その者は今、魔王軍に与しています」
「厄介な話だな」
「ギルドマスター、一つお聞きしたいことがあります」
鋼太郎は、ガルドの目を見た。
「50年前の事件——製鉄炉の爆発について、何かご存知ありませんか」
「……」
ガルドは、しばらく沈黙していた。
そして、重い口を開いた。
「俺は当時、まだ若い職人だった。だが、噂は聞いていた」
「どんな噂ですか」
「爆発は、事故ではなかったという噂だ。誰かが意図的に、炉を破壊したと」
「誰が」
「……分からない。だが、ヴェルナーの技術を恐れた者、彼を排除しようとした者——そういう連中が、宮廷にはいた」
ガルドの顔が、苦々しくなった。
「神崎、俺はあの事件を、ずっと後悔している。俺は当時、何も知らなかった。ヴェルナーが追放されたとき、俺は『当然だ』と思っていた。だが——」
「……」
「後になって、真相を知った。いや、真相ではない。『真相かもしれないこと』を知った。ヴェルナーは、無実だったかもしれない。それなのに、俺たちは彼を見捨てた」
ガルドの声が、震えていた。
「俺たちの世界は、新しいものを受け入れるのが下手だ。変化を恐れ、古いやり方に固執する。それが、ヴェルナーを追い詰めた。そして今、それが魔王軍の力になって返ってきている」
「ギルドマスター——」
「神崎」
ガルドが、鋼太郎の肩を掴んだ。
「お前は、ヴェルナーと同じ道を歩むな。俺は、お前を守る。お前が何者であろうと、お前の技術がどれほど革新的であろうと——俺は、お前の味方だ」
「……ありがとうございます」
鋼太郎は、深く頭を下げた。
「俺は、ヴェルナーとは違う道を歩きます。技術は、人を幸せにするために使う。それが、俺の信念です」
「分かっている。だからこそ、俺はお前を支持する」
二人は、固い握手を交わした。
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