第16章 敵の武器に潜む違和感

ヴォルフ平原の会戦から、二週間が過ぎた。


 連合軍は勝利したものの、戦場には多くの残骸が残されていた。


 破損した武器、壊れた甲冑、魔物の死体——それらを回収し、分析する作業が続いていた。


         ◆


「師匠、これを見てください」


 リーゼが、一振りの剣を持ってきた。


 見た目は、通常の剣と変わらない。だが、明らかに異質な雰囲気を放っている。


「これは?」


「戦場から回収された、魔王軍の剣です。研究のために持ち帰るよう、宰相府から依頼がありました」


「……見せてくれ」


 鋼太郎は、剣を受け取った。


 まず、重さを確かめる。


 ——軽い。見た目より、ずっと軽い。


 次に、刃を見る。


 ——滑らかだ。研磨の痕跡が、ほとんどない。


 最後に、ノギスで寸法を測る。


「……」


 鋼太郎の表情が、固まった。


「どうしました、師匠」


「この寸法……規格化されている」


「規格化?」


「刃渡り、刃幅、柄の直径——全て、きれいな数字だ。偶然ではない。設計図に基づいて、意図的に作られている」


 リーゼの顔に、困惑が浮かんだ。


「でも、魔王軍の武器も規格化されているのは、おかしくないのでは」


「いや、おかしい」


 鋼太郎は、剣をさらに詳しく調べた。


「この世界の職人は、『規格』という概念を持っていなかった。俺が教えるまでは。だが、この剣は——」


 鋼太郎は、刃の断面を見つめた。


 そこに、かすかな刻印がある。


 「V-38」


「……製造番号だ」


「製造番号?」


「製品を個別に識別するための番号だ。これは——」


 鋼太郎の声が、低くなった。


「地球の技術だ」


         ◆


「どういうことですか、師匠」


 リーゼが、困惑した声で尋ねた。


「地球って、師匠の故郷のことですよね。でも、なぜ魔王軍の武器に——」


「俺以外にも、この世界に来た者がいるということだ」


 鋼太郎は、剣を作業台に置いた。


「この剣を作ったのは、俺と同じ知識を持つ者だ。規格化、製造番号、精密加工——全て、地球の製造業の常識だ」


「……」


「つまり、魔王軍の側にも、転生者がいる」


 リーゼの顔が、青ざめた。


「そんな——」


 鋼太郎は、黙って考え込んだ。


 転生者が、もう一人いる。


 そして、その者は魔王軍に協力している。


 人類の敵として、技術を提供している。


 ——なぜだ。


 同じ地球から来た者が、なぜ人類の敵になる。


 何か、理由があるはずだ。


「リーゼ、この剣を保管しておいてくれ。あとで、もっと詳しく調べる」


「分かりました」


「それと、戦場から回収された他の魔王軍の武器も、全て集めろ。同じような特徴がないか、確認したい」


「はい」


         ◆


 数日後、回収された魔王軍の武器が、工房に運び込まれた。


 剣、槍、甲冑、盾——数百点に及ぶ装備品だ。


 鋼太郎は、一つ一つを丹念に調べた。


 結果、驚くべき事実が判明した。


 魔王軍の武器の約三割に、「V」で始まる製造番号が刻印されていた。


 これらの武器は、いずれも高い精度で製造されており、神崎鍛冶の製品に匹敵する——いや、一部は上回る——品質を持っていた。


「……これは、脅威だな」


 鋼太郎は、呟いた。


 敵にも、自分と同等の技術者がいる。


 その者が、魔王軍の武器を量産している。


 今回の会戦で連合軍が勝てたのは、兵力差と戦術の問題だ。武器の品質では、互角かそれ以下だったかもしれない。


「師匠」


 ナットが、報告書を持ってきた。


「調査の結果をまとめました。『V』で始まる製造番号を持つ武器は、全て同じ工房で作られた可能性が高いです」


「同じ工房?」


「はい。金属の成分、加工の手法、仕上げのパターン——全て一致しています。一箇所の工房で、統一された方法で製造されています」


「……組織的な量産体制が整っているということか」


「そうです。魔王軍の側にも、サプライチェーンが存在すると考えられます」


 鋼太郎は、腕を組んで考えた。


 敵も、同じことをしている。


 規格化、量産、品質管理——全て、自分がこの世界に持ち込んだ技術だ。


 その技術を、敵も持っている。


 ——いや、持っているのではない。先に持っていたのかもしれない。


 この「V」という刻印を持つ武器は、いつから存在しているのだろうか。


 もし、自分より先にこの世界に来た転生者がいるなら——


「ナット、調べてほしいことがある」


「何ですか」


「この世界の歴史を。過去に『異界から来た者』や『不思議な技術者』の記録がないか、古い文献を探してくれ」


「分かりました」


         ◆


 数週間後、ナットが調査結果を持ってきた。


「師匠、見つけました」


「何を」


「50年前の記録です。『異界の知恵者』と呼ばれた人物についての文献が、王立図書館にありました」


 ナットが、羊皮紙の写しを広げた。


「この人物は、50年前に突然現れました。どこから来たのか、誰も知りませんでした。ただ、彼は驚くべき知識を持っていました」


「どんな知識だ」


「金属の加工、建築、農業——様々な分野で、革新的な技術を提案したそうです。当時の王は、彼を重用し、宮廷技術者に任命しました」


 鋼太郎は、黙って聞いている。


「しかし、数年後、彼は突然姿を消しました。記録によると、『ある事件』をきっかけに、宮廷を追われたようです」


「『ある事件』?」


「詳細は分かりません。ただ、彼の発明品が原因で大きな事故が起き、多くの死者が出たとか。彼は責任を問われ、追放されたと」


「……」


「その後、彼は行方不明になりました。一説には、北方に逃れたとも言われています」


 北方——魔王軍の勢力圏だ。


「その人物の名前は」


「文献には、『ヴェルナー』と記されています」


「ヴェルナー……」


 鋼太郎は、その名前を反芻した。


 ドイツ語圏の名前だ。


 地球から来た者であることは、ほぼ確実だ。


「ナット、もっと詳しく調べてくれ。ヴェルナーという人物について、できる限りの情報を集めろ」


「分かりました」


         ◆


 その夜、鋼太郎は一人で工房に残っていた。


 魔王軍の剣を手に取り、じっと見つめる。


 ——ヴェルナー。


 50年前にこの世界に来た、もう一人の転生者。


 優秀な技術者だったが、何らかの理由で人間社会を追われ、魔王軍に与した。


 なぜだ。


 何があったのだ。


 技術者が、人を傷つける側に回る。


 それは、技術者としての最大の悲劇だ。


 ——俺だって、同じ立場になったかもしれない。


 その考えが、胸をよぎった。


 もし、自分も迫害されていたら。


 技術を否定され、追放されていたら。


 同じ道を歩んでいたかもしれない。


「……いや」


 鋼太郎は、首を振った。


 どんな状況でも、技術を人を傷つけるために使うことは、許されない。


 技術は、人を幸せにするためにある。


 それが、製造業の原点だ。


 自分は、その信念を曲げない。


 たとえ、どんなことがあっても。


「師匠」


 背後から声がして、振り向いた。


 リーゼが立っていた。


「まだ起きていたのか」


「師匠こそ。また一人で考え込んでいますね」


「……まあな」


 リーゼは、鋼太郎の隣に腰を下ろした。


「ヴェルナーという人のこと、考えていたんですか」


「ああ」


「どんな人だったんでしょうね」


「……分からない。だが、技術者だったことは確かだ。俺と同じような知識を持ち、俺と同じように、この世界を変えようとした」


「でも、人間の敵になった」


「そうだ」


 鋼太郎は、窓の外を見た。


 夜空に、星が瞬いている。


「リーゼ。技術者として、一番大切なことは何だと思う」


「……良いものを作ること、ですか」


「それも大事だ。だが、もっと大事なことがある」


「何ですか」


「『誰のために作るか』を忘れないことだ」


 鋼太郎の声が、静かに響いた。


「俺たちが作る武器は、兵士を守るためにある。品質を高めるのは、兵士の命を守るためだ。その目的を忘れたら、技術者は道を踏み外す」


「……」


「ヴェルナーは、もしかしたら、その目的を見失ったのかもしれない。人間に裏切られて、何のために技術を使うのか、分からなくなったのかもしれない」


「師匠は、そうならないんですか」


「ならない」


 鋼太郎は、きっぱりと言った。


「俺には、お前たちがいる。弟子たちがいる。協力工房の仲間がいる。俺一人じゃない。だから、道を踏み外さない」


 リーゼの目に、涙が浮かんだ。


「師匠……」


「泣くな。明日も仕事があるぞ」


「はい……」


 リーゼは、袖で目を拭った。


「師匠、私、約束します。師匠の教えを、絶対に忘れません。良いものを作ること、使う人のために作ること——ずっと、守り続けます」


「ああ。頼むぞ」


         ◆


 翌日から、ヴェルナーについての調査が本格化した。


 王立図書館、各地の記録保管所、古老への聞き取り——あらゆる手段で情報を集めた。


 少しずつ、ヴェルナーの過去が明らかになっていった。

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