第15章 最初の勝利——補給戦の成功
連合軍と魔王軍の、初の大規模会戦が迫っていた。
場所は、北部のヴォルフ平原。
広大な草原が広がる、戦場に適した地形だ。
連合軍は総勢八万。魔王軍は推定十万。
人類の命運を賭けた、決定的な戦いが始まろうとしていた。
◆
「前線への補給物資、最終確認します」
ナットが、リストを読み上げた。
「剣:予備15,000本
甲冑:予備5,000セット
盾:予備8,000枚
矢:200万本
食料:三ヶ月分
医療物資:負傷者10,000人分」
「十分か」
鋼太郎が尋ねた。
「正直、足りるかどうか分かりません。戦闘の規模と期間によります」
「なら、追加の備蓄を進めろ。前線の補給拠点に、さらに二割増しで送る」
「分かりました」
◆
鋼太郎は、自ら前線に向かうことを決めた。
「師匠、危険です」
リーゼが、反対した。
「前線は戦場です。鍛冶師が行く場所ではありません」
「俺が行かなければ、現場の状況が分からない」
鋼太郎の声は、落ち着いていた。
「兵站は、現場を見なければ改善できない。どこでボトルネックが発生しているか、何が不足しているか——それは、現場でしか分からない」
「でも——」
「俺は戦わない。剣も振らない。だが、兵站を支える者として、前線に立つ責任がある」
リーゼは、しばらく黙っていた。
そして、諦めたように言った。
「……分かりました。でも、絶対に無理はしないでください」
「ああ。約束する」
◆
前線に到着した鋼太郎は、まず補給拠点の視察を行った。
巨大なテントが立ち並び、その中に武器、防具、食料が山積みになっている。
兵士たちが、慌ただしく物資を運び出している。
「神崎殿、お待ちしておりました」
補給担当の将校が、駆け寄ってきた。
「状況を聞かせてくれ」
「はい。物資の量は十分ですが、配給に時間がかかっています。特に、武器の交換が——」
「見せてくれ」
鋼太郎は、武器庫に案内された。
そこでは、兵士たちが列を作って待っていた。
破損した剣を持ち込み、新しい剣と交換するのだが、手続きに時間がかかっている。
「何をしている」
鋼太郎が、担当者に尋ねた。
「剣の番号を確認し、帳簿に記録しています。誰がどの剣を持っているか、管理するために」
「……」
鋼太郎は、帳簿を見た。
一本一本の剣に番号が振られ、持ち主の名前が記録されている。
確かに、管理としては正しい。だが——
「これでは、時間がかかりすぎる」
「しかし、管理のためには——」
「管理より、兵士の命が優先だ」
鋼太郎は、決断した。
「交換手続きを簡略化しろ。番号の記録は不要だ。破損した剣を持ってきたら、すぐに新しい剣を渡す。それだけでいい」
「でも、管理が——」
「神崎鍛冶の剣は、全て同じ規格だ。どの剣も同じ品質で、互換性がある。誰がどの剣を持っていても、問題ない。だから、個別管理は不要だ」
将校の目が、大きく見開かれた。
「そういうことですか……。互換性があるから、個別管理が不要になる……」
「そうだ。これが、規格化の真の意味だ」
◆
交換手続きの簡略化により、武器の配給速度は三倍に向上した。
兵士たちは、すぐに新しい武器を手に入れ、戦場に戻っていく。
「神崎殿、ありがとうございます」
将校が、深く頭を下げた。
「これで、前線の武器不足が解消されます」
「まだだ。他にもボトルネックがあるはずだ。全ての工程を見直せ」
鋼太郎は、補給拠点の隅々を歩き回った。
武器庫、食料庫、医療品庫、馬具庫——全ての場所で、改善点を見つけていく。
「ここの動線が悪い。物資の配置を変えろ」
「この記録用紙は複雑すぎる。もっと簡素化しろ」
「緊急時の連絡経路を決めておけ。誰が何を担当するか、明確にしろ」
三日間かけて、補給拠点の業務を徹底的に改善した。
その結果——
物資の配給効率は、二倍以上に向上した。
◆
そして、会戦の日が来た。
朝靄の中、八万の連合軍が隊列を組んでいる。
向かい側には、十万の魔王軍。
角と牙を持った魔物の大軍が、不気味な唸り声を上げている。
鋼太郎は、後方の丘の上から戦場を見つめていた。
角笛が鳴り響き、両軍が激突した。
剣と剣がぶつかり合う金属音。
魔法が炸裂する轟音。
兵士たちの怒号と悲鳴。
戦場は、地獄絵図だった。
鋼太郎は、目を逸らさなかった。
これが、自分が支えている戦争の現実だ。
自分が作った武器で、人が殺し、人が殺される。
その重さを、直視しなければならない。
◆
戦闘は、三日間続いた。
その間、補給拠点はフル稼働だった。
破損した武器は次々と交換され、負傷者は後方に運ばれ、食料は途切れることなく前線に届けられた。
「神崎殿、報告があります」
将校が、駆け寄ってきた。
「剣の交換が、累計で5,000本に達しました。通常の三分の一の時間で処理できています」
「よし。このペースを維持しろ」
「甲冑の修理も順調です。現場で部品交換できるので、後方に送る必要がありません」
「互換性のおかげだな」
規格化された武具の真価が、実戦で証明されていた。
同じ規格で作られた部品は、どの武具にも使える。
壊れた部品だけを交換すれば、すぐに使えるようになる。
以前なら、武具全体を後方に送って修理するしかなかった。それでは、何日もかかる。
だが今は、その場で数分で修理が完了する。
これが、「互換性」の力だ。
◆
四日目の朝、決着がついた。
魔王軍の指揮官が討ち取られ、魔物たちは四散して逃げ始めた。
連合軍は、追撃を開始した。
勝利だった。
戦場には、両軍の死体が累々と横たわっている。
連合軍の損害は、死者約8,000、負傷者約15,000。
魔王軍の損害は、推定30,000以上。
決して軽くない犠牲だ。
だが、十万の魔王軍を撃退した意義は、計り知れない。
◆
戦闘終了後、鋼太郎は補給拠点に戻った。
「お疲れ様でした、神崎殿」
将校たちが、敬礼で迎えた。
「皆もご苦労だった」
「いえ。神崎殿のおかげで、補給が滞りなく行えました。現場の将軍たちも、『今回の勝利は兵站の勝利だ』と言っていました」
「……そうか」
鋼太郎は、複雑な思いだった。
勝利を支えた——それは事実だ。
だが、その勝利のために、多くの命が失われた。
自分が作った武器で、多くの敵を殺した。
それを、誇るべきなのか。
それとも——
「神崎殿」
将校が、真剣な顔で言った。
「あなたの武器がなければ、我々はもっと多くの兵を失っていたでしょう。壊れない剣、すぐに修理できる甲冑——それが、どれだけの命を救ったか」
「……」
「あなたは、多くの命を救ったのです。それを、忘れないでください」
鋼太郎は、深く頭を下げた。
「ありがとう。その言葉、覚えておく」
◆
王都に戻った鋼太郎を、弟子たちが出迎えた。
「師匠、お帰りなさい!」
「無事で良かった!」
リーゼ、ボルト、ナット。
三人とも、安堵の表情を浮かべている。
「ただいま。皆、留守を守ってくれてありがとう」
「報告があります」
ナットが言った。
「師匠がいない間も、生産は順調でした。先月の実績は、過去最高を更新しています」
「よくやった」
鋼太郎は、三人を見回した。
成長したな、と思った。
一年前は、まだ不安そうだった。
師匠がいなければ何もできない——そう思っていた。
だが今は違う。
自分たちで判断し、自分たちで行動できる。
——技術は、人から人へ受け継がれる。
その連鎖が、確実に繋がっている。
「師匠」
リーゼが言った。
「戦場は、どうでしたか」
「……」
鋼太郎は、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「俺たちの仕事が、役に立っていた。武器が兵士を守り、補給が勝利を支えた。それを、この目で見てきた」
「……」
「俺たちは、正しいことをしている。そう信じられるようになった」
三人の弟子が、真剣な顔で聞いている。
「だが、戦争は終わっていない。魔王軍は、まだ健在だ。これからが、本当の戦いだ」
鋼太郎は、北の空を見た。
雲の向こうに、魔王城があるという。
「俺たちは、ものを作り続ける。兵士を守る武器を、勝利をもたらす武器を。それが、俺たちにできる最大の貢献だ」
三人の弟子が、力強く頷いた。
「はい、師匠」
「一緒に、頑張りましょう」
神崎鍛冶の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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